戦争・フィリピン人と日本人
またまた、久々の投稿になってしまいました。時が経つのは本当に早いものです。 7月は少しだけ休暇をとって妻を富士山周辺に連れて行きました。 富士五湖・サファリパーク・牧場などを回って2泊3日の旅でしたが、やはり都会の空気と違うところでのんびりするのは私だけではなくフィリピン人の妻にとっても息抜きになったようです。 来月には2週間程度のフィリピン出張になりますが、既に友人もでき、両親にも箱入り娘のように支えられていますので、安心して旅立てます。 次回の出張では仕事以外は全てタガログ語でトライしようと思っています。勉強をはじめて1年半ですが、かなり急ピッチで勉強していますので、しゃべりたい盛りなようです。
さてタイトルとはかなり遠ざかりましたが、ここ数日、原爆や戦争の記憶について特集をやっているのをテレビで見ています。 マッカーサー元帥が登場した時に、「マッカーサーって知ってる?」と妻に聞いたところ?????という感じでしたので、レイテに彼の像があるとか、We shall return!などと詳細を説明。その後、爆笑しておりました・・・・なぜか。それは私のマッカーサーの日本語読みが、英語名MacArthurとかけはなれたものであったためです。「マッカー」までは良いのですが、「サー」はいけません。THが無い日本語では仕方がないのですが、やっぱりカタカナ読みって日本語を母国語に持たない人にとっては面白いのですよね。
その後、日本人一般としての戦争観を知ってもらうために2時間ほど同時通訳をしていました。先人達の悲しみが伝わって戦争の悲惨さを伝えられたと思います。ただ、妻は、日本人の戦時中のアジア諸国での振舞いについて強い不信感を持っているようで、ある意味で「しっぺ返し」である事を強調します。 彼女によると、隣人のおばあちゃんは日本兵にレイプされ、足を銃で撃たれた上に、妹を殺害され、彼女の赤子を上に投げたあげく、銃剣で突き刺した・・・と。どの程度の信憑性がある話なのかは私などに判断する事はできませんが、人間は状況によってはそういう事をしてしまう弱い生き物であると言う側面は否めないところです。。。私が学生の時には原爆の事や東京大空襲の悲惨さを教えられた記憶がありますが、特にフィリピンや中国・韓国その他の国々でどうであったのか、そういった詳細はあまり教えられた記憶はありません。私は、「戦争の記憶」を後に語り継ぐ事には大いに賛成しますが、日本人からみた日本人だけでなく、日本人から見た外国人、外国人から見た日本人も同じようにフォーカスを当てて語り継ぐ事で私たち日本人が誰に何を主張するべきなのかが見えてくるような気がしています。絶対的な正義はどこにも存在していないと思うからです。
Posted in フィリピン語, 妻との生活2年目 | 2 Comments »