喜びを見つけるゲーム。。。

Posted on 2 月 18th, 2010 in 読書 by mysticlaw

タイトル見て、ピンときた人は通です^^

昨日・一昨日の二日間、仕事の隙間時間を全部つぎ込んで、エレナ・ポーター作の「少女パレアナ (角川文庫クラシックス) 」を読みました。

 

お母さんを亡くし、そして牧師をしていた最愛のお父さんをも亡くした11歳のパレアナは、お母さんの妹である、ミス・パレ―の元へと引き取られます。
ただし、それは、ミス・パレ―にとっては、単なる「義務」から。
あてがわれた部屋は、殺風景な屋根裏部屋。
でも、ここから、新たな「喜びを見つけるゲーム」の日々が始まります。

パレアナは、行くところ、行くところで出会う人たち、老若男女を一切問わず、その人に、笑顔が無ければ余計のこと、すぐに話しかけていきます。
そして、「ゲーム」を教えていくのです。

でも、パレアナにとって、そのゲームを一番教えたかったのは、実はパレ―叔母さんでした。
なぜなら、いつだって、「義務」にしか生きていないから。
そんなのは、パレアナにとっては、「生きてる」ってことじゃない・・・そう思ったのです。

けれど、パレ―叔母さんには、そのゲームを教えることはできません。

そのゲームは、実は、天に召されたお父さんと始めたものでした。
しかしながら、パレ―叔母さんは、まさにそのパレアナのお父さんが大嫌いで、パレアナに、お父さんの話は一切するなと、厳しく云いつけてあったのです。
ゲームのことを、パレ―叔母さんに教えるには、お父さんのことを話さなくてはいけません。
だから、教えることができなかったのです。

喜びを見つけるゲーム♪

どんなにイヤなこと、辛いことがあったとしても、そこには必ず「喜び」がある。
それを見つけるゲームです。

例えば・・・パレ―叔母さんのところで働いてるメイドのナンシ―は、月曜日の朝が大嫌いでした。そのナンシ―に、パレアナは云います。

「一週間のどの日より月曜日の朝、喜んでいいと思うわ。だって、次の月曜日が来るまでに、まる一週間あるんだもの」

これは生命力かもしれません^^
聴きようによったら、変な言い回しで、強いて云えば「牽強付会」にも聞えるけれど、パレアナに云われてしまえば、「その通りだ」って思えてしまうから不思議です。

叔母さんも、少しずつ変化していきます。
屋根裏部屋から、2階のキレイは部屋へと、パレアナを移したり。
もちろん、決して好意からだと気づかれたくない思いのままで。

そんなパレアナが、ある日、交通事故に遭ってしまいます。

自分、ここを読んだときは、ちょっと入院でもして、その間もパレアナは、倦むことなく「ゲーム」を続けて、周りの人たちに笑顔を思い出させていくのかなって思っていました。

…が、パレアナは二度と歩けない身体になってしまってたのです。

偶然、その事実を知った彼女は、絶望にとらわれ、「喜びを見つけるゲーム」も出来なくなってしまいます。

絶望・・・っていうのは、どういうことなんやろ。
人の心の中を見ることはできないし、自分自身は、今までその「絶望」に似た状況に陥ったことはあるものの、今から振り返ったら、まだまだ、そんな大したことではないって思えます。

自分が敬愛する、教育者の林竹二先生は、「絶望を越えなければ、本当の優しさは生まれない」っていう意味のことを云われていたことを、思いだします。

それはそれとして・・・

自宅で療養を続けるパレアナの元へ、次から次へとお見舞いのお客さんたちが来るようになりました。決して面会はできません。

それでも、その人たちが、ミス・パレ―にパレアナへの伝言を頼むのですが、それが、全部が全部、パレアナへの心からの感謝であり、ゲームを続けていますよってことであり、幸せな気持ちで過ごしていますよってことであります。
それを聞くパレアナは、その度に喜びます♪

驚いたのは、パレ―叔母さんです。
知っている人、知らない人、軽蔑してた人、まさか来るとは思いもしなかった人までが、毎日パレアナの事故と身体のことを悲しみ、感謝の言葉を伝え、そして、ゲームのことを話すのです。

とうとう我慢できなくなったミス・パレーは、メイドのナンシ―を問いただし、「喜びを見つけるゲーム」のことを知るのです。
パレアナが、そのことを知ったときの喜びようは一様ではなかったですね^^

運命が好転していきます。

パレアナの足を治すことができるかもしれない医者がいたのです。
その医者の友人が、パレアナの大好きなチルトン先生で、実はこの医者、ミス・パレ―と恋人同士だったのですね~
でも、ずっと昔に痴話げんかか何かで、お互いに意地を張り合い、パレ―おばさんも、別の医者をかかりつけにして、二度と会わないようにしているような状態でした。

でも^^ 自分の周りの幸せを、町中の幸せを、何の見返りを求めることもなく、唯ひたすらに祈って、出会う人出会う人に、幸せな気持ちになれるゲームを教えてきたパレアナを、天が見放すわけがありません。

かなりはしょりますが(^^ゞ

パレアナは優秀な医者の元へ行き、ほんの少しながら歩けるようになりました。
そして、パレ―おばさんとチルトン先生は結婚。
パレアナ自身も、絶望の中から、「大いなる希望」を見いだして、また再び「喜びを見つけるゲーム」を、日々やっていくのです。


愛する叔父さまと叔母さま――

(略)

近いうちに帰れるそうです。あたしここから家まで、ずうっと歩いていきいたいくらいです。もうもう一生涯、乗り物なんてほしいと思いません。そのくらい歩くのがうれしいのです。ああうれしい、なにもかもうれしくてたまりません。ちょっとのあいだ、足をなくしたこともうれしいのです。足がなくなってみなければ――歩ける足がですよ――足がどんなにありがたいかということはわかりませんもの。明日は八歩歩きますの。

 

「少女パレアナ」のメインテーマは何かって考えました。
それは、パレ―叔母さんの変化ではないかなって思うのです。
生きとし生けるものの中で、人間だけが、自らの生き方を変えていくことができる。
そして、その生き方を変えていくものは、結局は人の心なのだってこと。
エレナ・ポーターは、実はそれを云いたかったのではないか・・・
自分は、そう思いました。

パレアナのキレイな心から飛び出す様々な出来事と、人々との出会いも、もちろんメインテーマです。
人を憎んだり恨んだりすることとは無縁の一人の少女が、巻き起こした「喜びを見つけるゲーム」の数々。
そんなパレアナだからこそ、頑ななパレ―叔母さんの心まで変えてしまったのです。

今もあちこちの街で、パレアナと同じように、喜びと幸せな気持ちを、自分で作り出していくように、笑顔をふりまいて、力強く生きている人が、きっとたくさんいるであろうことを思って、mysticlaw の感想文???を終わります^^

 

これ、続編があるそうです。
いつか、読んでみたいです。

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