気分でゴシック・・・(~_~;)

Posted on 9 月 21st, 2011 in calligraphy, ことばのちから by mysticlaw

ここんとこ早起きできてます。
なので、朝、1行でもイイからと思って、カリの朝練を。

しばらくイタリックを練習してました。
今日は、たまたま休みってこともあり、久方ぶりにゴシックを。
(ゴシック・・・多分嫌いな書体の3本の指に入るかも…)

で、何気に書いた文章が、今の自分の背中を押してくれているような気がして、それなら清書のつもりでもう一回描いてみよ~ってしてみたら・・・まあ、ひどいもので、綴り間違いばっかりです。(多分、お腹が空いているから???)

たった6行ほど書くのに、6か所も間違えてしまいました**
目も当てられません++



ほとんど最近は書くことのなかったゴシック・・・
↑ 見ての通り、いろいろ問題ありなのですが、それはちょっとスル―していただき、文章の方を。

Do not compare yourselves to others.
Be true to who you are and continue to learn with all your might.
Even if you are ridiculed,
even if you suffer disappointments and setbacks,
continue to advance and be not defeated.

他人と比べるんじゃないよ。
自分を信じて、力の限り学び続けていきなさい。
失意や挫折があったとしても、
前へ前へ、そして負けちゃいけない。

こんな感じ? 

他人と比べることはあんまり無いんですが、哀しいことがあって落ち込んだりしてしまうと、自分を信じるとかってことは横に置いたまんま、ついつい下を向いている時間が長くなります。

どんどん言葉を失っていくようで、それはある意味、『Wicked』に出てくるロバの先生のよう。

そういう時だからこそ、言葉の大切さを、改めて感じます。

先日、会社の倉庫整理をしていて、一枚のプリントを見つけました^^



うちの会社、結構「言葉の暴力^^;」が飛び交っているので、こういうのこそ、ちゃんとどっかに貼っておいたらイイのに~って思ってしまいました。(だから、倉庫に捨てられていたのかも^^;)

「ことば」って、すごい力があるのと思います。
プラスの力、マイナスの力。
「ことば」一つで、人を殺めることもできる。
それを敢えて使う人もいてる。
恐いです。

だからこそ、プラスへベクトルを向けていけるような「ことば」を出していける自分になって行きたいと思った、気まぐれゴシックの今日の午前でした。

ていうか、やらないとアカンことがあるのに、目の前にそれがあると、ついつい他をしてしまいたくなってしまう。
これ、中学高校の定期試験前と同じ感覚。
いつまでも、大人になりきれないでいてるんかな・・・

昼から、その「やらないとアカンこと」頑張ります(^^ゞ

・・・と、時計を見たら、もう2時半やん><

詩2編。。。

Posted on 9 月 9th, 2011 in ことばのちから, 思うこと by mysticlaw

ツイッターをやっています。
須川さんに勧められて始めて、かれこれ10か月くらいでしょうか。

先日、そのツイッターの自分のフォロワーさんの一人が、TLで『祝婚歌』のことを書かれてました。
どこかで聞いたことがあると思い、リンク先へ。

あ~これこれ^^; 思い出しました。
有名ですよね。

これの英語版があれば、カリのテキストにするのやけど~って思いつつ、あちこち検索かけたものの、全くもってダメ**
全文の一部をどなたかが英語に訳されてるのはありましたけど。

その『祝婚歌』の英語版を求めてネットサーフィンしいているときに、とてもシンプルで、とてもあったかく優しい詩に出会いました^^

その詩を載せておられたブログの管理人さんに了承を得たので、リンク先を載せておきます。 

ちなみに、そのブログは、リンクもさせていただきました。

Good News Collection

↑ のブログの中に書かれてありますが、この詩は、『ふたり World of Elegance』 (詩 中山恵子 写真 稲越功一 福武書店 1986年刊)という本からの引用です。
手に入るのかな~

 

さて、『祝婚歌』

全文は。。。

 

『祝婚歌』

二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派過ぎないほうがいい
立派過ぎることは
長持ちしないことだと
気づいているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい

二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい

互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい

立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい

健康で風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと胸が熱くなる
そんな日があってもいい

そしてなぜ 胸が熱くなるのか
黙っていても二人には
わかるのであってほしい
 (『贈る歌』(吉野弘著 花神社 より)

    

    二つの詩を何度も読み返して思ったことがあります。 人間、イイとこもあれば、困ったとこもある。
見ててアブナッカシイな~って思えることもあれば、さすが!って、快哉を叫ぶようなものを備えている人もいる。
四六時中、愚痴と文句ばかりの人もいれば、自分のことはどうするの?ってくらいに、あの人のため、この人のためって、いつも誰かの世話にいそしんでいる人もいてる。(亡くなった、うちのオカンがそうでした)

もちろんそれは、西欧風の二元論ではなくて、云ってみれば東洋風の一元論。
つまり、コインの裏表という「形」ではなく、シンプルにいえば、丸い球体のなかから、あれが出たり、これが出たりするっていうもの。
裏表っていう形では無いと思うんです。

だから、自分が日頃心がけているのは、「そのひと」を少しでも全体で観るようにするっていうこと。
自分にとって嫌なことがあったからって、それがその人の「全部」ではない、「一部」に過ぎないって理解すること。
そうしていると、さらにその人のことが見えてくることがあります。
その代わり、結構長い時間かかりますけどね~(~_~;)
でも、それがまた楽しいって云えば語弊ありでしょうか?

人間は限られた時間を生きている。
生れて、成長して、社会にでて、いずれは死んでいく。
それが人間。人間だけじゃなくて、生きとし生けるものは、みんなそうです。
ユゴーが云うてました。

「人間は刑期を定められていない死刑囚」

生きていく過程で、突然目の前に大きい山、小さい丘が出てくることがある。
そんなとき、出てきたものやから、消えるまで待っていよう・・・じゃ、何も変わらない。
山も丘も、しんどくても、面倒でも、歩いて登って頂上まで行ってみたほうが、自分の来し方を振り返ったときに、とてもよく見えるし、そして、行く先の概観も目にすることが出来る。
そして、登るとき、一人ではなくて、誰かが傍にいれば、どれだけ心強いかわからない。
介添えをするわけではない。
でも、時々、休憩するのにしゃがみ込んだりしたとき、ふと振り向いたときに、話しかけられる相手がいたら、それだけでも心が和むもの。

人間は、決して一人で生きているわけではないのやし。

あ~、また長々と書いている**

今日も夕焼けがキレイです。

脈絡無きは我に有り・・・ってか。
この続きはまたどこかで^^;

ことばのちから。。。(8) 『赤毛のアン』編

Posted on 9 月 4th, 2011 in ことばのちから by mysticlaw

先日、「ことばのちから。。。(7)」で書いた、『赤毛のアン』のツイートのこと。
今日はそこから抜き書きしてみます^^

『赤毛のアン』 読まれた方、多いのかな~

ご存知の方は、アンやマリラのセリフで、その場面がすぐに浮かんでくるかもです。
今日は、ごちゃごちゃ云わずに、引用だけ^^

 

これから発見することが一杯あるって素敵だもの。
もし何もかも知ってたらきっとつまらないわ。
だって想像することがなくなっちゃうでしょう?

人生は広くもなれば、狭くもなる。
それは、人生から何を得るかではなく、人生に何をそそぎ込むかにかかっている。

一生懸命やって勝つことの、次にいいことは、一生懸命やって負けること。

でも、あたしは、自分がこの世に生きているために、ほかの人たちが、いっそうたのしく、暮らせるというようにしたいの。

キレイなものが置いてある部屋で寝た方が夢がよく見られるの。

アイスクリームのおいしさは言葉ではとても言い表せないわ、マリラ。
ほんとにほっぺたが落ちそうだったわ。
崇高なるものって、ああいうもののことを言うんじゃないかしら?

アン、悪かった。あたしが悪かったよ。
今まであんたが一度も嘘をついたことがないんだから、あんたの話を疑っちゃいけなかったんだよね。(マリラ)

私をこんな目に遭わせて、いつか心から後悔することがあると思うわ。マリラ。
でも…私、許してあげるわ。その時が来たら私が許したこと、忘れないでね。

決めたということは、行動するということ。

こんな日に生きていられて、よかったと思わない?
まだ生まれていなくて、今日という日を知らない人って、気の毒ね。

いまはわからないことってたくさんあるけど、いつかはわかるって思うと楽しくない?

こんな日に生きているっていうだけで幸せじゃない?
それを逃しちゃうんだもの、まだ生まれてない人がかわいそうだわ。
もちろんその人たちにだって素敵な日は巡ってくるでしょうけど。
でも、今日という日は二度と永遠に来ないんだもの。

あたしの一生は完全に“うずもれた希望の墓場”だわね。

曲がり角のむこうになにがあるか、今はわからないけど、きっとすばらしいものが待っていると信じることにしたわ。
それに道が曲がっているというのも、またなかなかいいものよ、マリラ。
あの角を曲がったら、その先はどうなっているんだろうって思うもの。

あたし、車がガラガラ音をたてるところが大好きなの。
この世の中にこんなに好きなものがたくさんあるって、すてきじゃない?

 
 

『赤毛のアン』 
…アンみたいな新鮮な心を持ち続けられるひとって、世界に何人くらいいてるのやろか。
新鮮な心でいるためには、新鮮なものを観るってことと、新鮮な気持ちで観るってことが大切やと^^

ことばのちから。。。(7)

Posted on 8 月 23rd, 2011 in ことばのちから, 思うこと by mysticlaw

チェックしてみたら、去年の11月から、この分はアップしてませんでした^^;
振り返ったら、いろいろと込み入り過ぎのややこしいことがありましたからね。
しょうがないというか、こういうときに、余裕とかゆとりとか持てない自分を、やや反省しつつ、今日は久しぶりに「ことばのちから」です。

ツイッタ―で「名言bot」って云うのがあります。
毎時17分くらいになると、自動的に送られてくる「名言・箴言」のツイートなんですが、これが結構イイ^^
毎時なので、1日に一応24回は送られてきます。
重複してるものもありますが、それはそれでまた味もあり。

自分の好きな作家の一人でもある「三島由紀夫」氏ワードを送ってくれるツイートや、『赤毛のアン』の引用ツイートのもあったりします。

今回は「名言bot」から引っ張ってみます^^

この世で経験することは、なに一つ空しいものはない、歓びも悲しみも、みんな我々によく生きることを教えてくれる。 (山本周五郎 『花匂う』)

あとは、おしえてもらったことを、学ぶかどうかっていうこちら側の問題なのでしょうね^_^;
それが難しい・・・でも、それが、人間の証でもあるのかも。

 

どれだけ実験を重ねても、私が正しいことを証明しきれはしないが、たった一つの実験で、私が間違っていたことが証明されることはある。 (アインシュタイン)

アインシュタインなればこその謙虚な言葉です。

 

愛とは相手に変わることを要求せず、相手をありのままに受け容れることだ。 (Diego Fabry イタリアの劇作家)

その相手をありのままに受け容れるには、どこまで自分の中のフィルターを限りなく透明にできるかってことだと思います。そこで邪魔になるのが、「イメージ」と「思いこみ」と「決めつけ」
ありのままに受け容れていると思っていることも、実は自身の自己満足やったってことが、ここ最近の自分にあったことを発見。これで少しは成長できたらイイのですが・・・^_^;

 

あなたの知らないところに
    いろいろな人生がある
    あなたの人生が かけがえのないように
    あなたの知らない人生も また かけがえがない
    人を愛するということは
    知らない人生を 知るということだ  
(灰谷健次郎 『ひとりぼっちの動物園』)

灰谷さんのファンなら、知らない人は恐らく少ないだろうと思われる有名なフレーズ。
灰谷さんが亡くなられて、もう5年。もっと長生きしてもらいたかった人です。

 

人に小言を言われたときに腹を立てるな。腹の立った時に小言を言うな。 (新島襄)

「はい! 気をつけます!」って言うしかありません・・・(~_~;)

 

信念のためには、たとえ敗れると分かっていても、己を貫く、そういう精神の高貴さがなくて、何が人間ぞと僕は言いたいんだ。 (岡本太郎 『強く生きる言葉』)

岡本太郎さんのこの本、前から読みたい読みたいと思っていました。今、注文しました^^

 

群を抜く方法は、当たり前の仕事を、当たり前ではない情熱で行うことである。 (Letterman 米作家)

レターマンという人、自分は知りません。同じくアメリカで、プロデューサーしてはるレターマンっていう方は有名らしいですが。どなたかご存知ではないかな・・・

 

怒る人に怒りを返さない人は、勝ちがたい争いに勝つ。 (釈尊)

怒りに怒りをもって対しても、恨みに恨みをもってかえしても、嫉妬に嫉妬で応じても、結局問題の根元にあるものって、解決されないし、自身の値打ちがさがるだけです。20代とかの若い時ならいざ知らず。
自分は、これは結構気をつけて心がけているかも。って、いつもいつもではないですけど^^;

 

落ち着け。人を恨んで自分をダメにするな。 (指揮者カラヤン)

結局は、自分の中を変えるしかないし。

 

ありのままの自分を見せるほうが、ありもしないものに自分をみせかけようとするよりも、本当は得になるはずなのだ。 (ラ・ロシュフコー)

ラ・ロシュフコーの箴言集、かなり前に読んだことがあります。
結構手厳しいことを書いてはります。なので、当時若かった自分は、この箴言集、読んだというよりも「読まれた」っていう感じでありました。向かう先は、いろんなフィールドの「批評」・・・若いとどうしても、こうなってしまうのかも。
でも、「批評」することを経験してないと、きちんとした「批判」をすることまで出来なくなってしまうとも思います。
いつまで経っても、「批評」しか出来ないっていうのも困り者ではありますが。

 

人に施したる利益を記憶するなかれ、人より受けたる恩恵は忘るるなかれ。 (バイロン)

「人間は、人にしてあげたことは忘れないが、人にしてもらったことは、すぐに忘れてしまうものだ」ということを言われた方がいてました。その方は、どんなことも「見返り」というものを求めないで、親切に親切に、ちょっとでも困った人がいたら、その人のためになることをしてあげてた人のことを見て言われたのですが、言われた人も、「それでイイのです」ときっぱり。
清々しい世界を見るようでした。

 

ほほえみ、ふれあいを忘れた人がいます。これはとても大きな貧困です。 (マザー・テレサ)

生まれてすぐの赤ちゃんを抱きながら、母親がその子を見つめて、笑顔で声をかけると、赤ちゃんはキャッキャと笑うものです。
反対に、抱いた子を見ながらも、ずっと無表情・無反応でいると、赤ちゃんは泣きだしてしまいます。泣いての表現しか出来ませんし。
これが、大人ならどうなるか…今の世界が如実に表してくれているように思うのですが。
特にこういう貧困は残していきたくないですね。

 

闇があるから光がある。そして闇から出てきた人こそ、一番本当に光のありがたさがわかるんだ。 (小林多喜二)

光があることが当たり前であれば、光のありがたさはわかりません。
それは、太陽が毎日、自分を照らしてくれていることに、何も感じないことと似ているかもしれないな~って、この種の言葉を読む度に考えてしまいます。
どんなことにも、「感謝」出来るかどうかって、生きるうえでとても大切ですよね。

 

誰かを深く愛せば、勇気が生まれる。誰かに深く愛されれば、強さが生まれる。 (老子)

「勇気」も「強さ」も、何も無いところからは決して生まれないもの。
東北の人たちのことを思います。

 

と、偉そうに縷々書いてきましたが、自分も単なる凡人の一人に過ぎません。
でも、これからも、いろんなイイ言葉を大切にしながら、新旧の人との出会いも、昨日より今日、今日より明日と、大切にしていきたいです。

折角涼しくなったと思ったら、また蒸し暑い日々。
季節・気温の変化に、体調崩されませんように。

ことばのちから。。。(7)

Posted on 5 月 15th, 2011 in ことばのちから by mysticlaw

久しぶりに「ことばのちから」
イイ言葉に出会うと、ちゃんとチェックして溜めこんではいるのですが、ついつい出すのを後回しにしてしまい、これもまた半年ぶりくらいになります。
恥ずかしい限り。

言葉って不思議で、たった一つの言葉が人に活力を与え、たった一つの言葉が人を奈落に突き落とすこともある。
言葉一つで、人を死に追いやることも出来るってことは、日々の報道でも耳にし目にすること。
これは、今という時代の病なのでしょうか?
それとも、時代を問わずに「ある」ことなのでしょうか。

珠玉の言葉に出会う度、自身の使う言葉に反省頻りになりながら、またこの瞬間から、誰かを苦しめたり悲しませたりするような言葉を遣わないように気をつけなくては…って、思案至極の片言隻句。

 

友情は喜びを二倍にし、悲しみを半分にする。
   (シラー)

「友情」って、結構死語になりつつある言葉に思えます。
でも、やっぱり「友情」は必要。
「愛情」も当然必要。
「友」との間の友情も、大切な人との間の「愛情」も、どちらもこころに留めおいて、相手を想い、無事を祈り、お互いの幸せを祈り…
シラーといえば、彼の『オルレアンの少女 (岩波文庫)』をまた読みたくなってきました^^

 

愚かな人に嫌われることを喜びなさい。彼らに好かれることは侮辱でさえあるから。
  (カナダの詩人フィリックス・レクエア)

なかなかよろしいですね、これ。
フィリックス・レクエアっていう詩人のことは、実は何も知りません。
今、そのまま「フィリックス・レクエア」で検索かけてみました。
↑ の言葉、結構有名なんですね(^_^;)
その手の名言サイトで、かなりの割合で載っているようです。
今の自分には、かなり背中を押してもらえる言葉です。

 

妬みは地獄におち、たくらみと悪意とは挫かれるであろう。
  (ミルトン)

これは有名。
43歳で過労からの失明、迫害と投獄等々の逆境の中で『失楽園』を完成させた詩人の障害は、その自分の不幸とも思える境涯を、「惨めなのは不運でなく弱さだ」と云ってのけました。
所謂「教会」と戦い続けて、信教の自由を訴え続けた自身の人生の仇打ちを、「言葉」でもってやり遂げたのかもしれないって思います。強いです。

 

心が燃えずに、かつて偉大なことの成就されたためしはない。

罪はただひとつ、限界を持つことだ。
  (以上、エマソン)

岩波から「エマソン論文集」上下が出てましたけど、もう無いのかな・・・
読み応えがあります。でも、興味ある方は、是非読んでほしい良書と思います。

 

海は川をこばまない。森は落ち葉をこばまない。
  (マレーシアの諺) 

こういう境涯になれたら^^;
死ぬまでには、こうなりたいって思った「マリンロードの国」の箴言。

 

僕は手紙より直接に話し合う方がずっと大事だと思っている。直接に語られたことばには納得させる力がある。
  (ハンス・ショル)

人間を救うことのできるのは、日毎の、瞬間毎の決意だけである。
  (インゲ・ショル)

ナチス・ドイツの狂気の時代に、そのナチスに抵抗運動を起こした勇気ある学生たち。
その中心にいたのが、ハンス・ショルとゾフィー・ショルの兄妹。
インゲ・ショルはその姉で、戦後、ふたりのことを本にまとめている。
ハンスは断頭台で処刑。妹ゾフィーも処刑。
因みに、その本『白バラは散らず 改訳版―ドイツの良心ショル兄妹』は、自分も持っており、読んだことがあります。
こういう本こそ、今の10代20代の人たちに読んでもらいたいのですが。

 

荒れ狂う海に漂う小舟に命を託したことのない者には、あの澄み渡った空のありがたさがわからない。
  (デュマ著「モンテ・クリスト伯」より)

至言です^^

 

いいか、今日という日はもう二度とないのだぞ!
  (ダンテ「神曲」より)

ダンテの『神曲
自分が持っているのは、この平川祐弘訳のものと寿岳文章訳、それからギュスターヴ・ドレの版画ものの『神曲』の3種類。まだ完読できてません(~_~;)
さすがに大作だけあって、ササッとは読めませんね。
ドレの版画本は、3回ほど読んだ(見た)ので、ある程度の内容はわかりつつ、やっぱりきちんと読んでおきたいとは思っています。

二度と来ない「今日という日」を、改めて噛みしめて、残りの「今日」を生きたいです。

と・・・何か読書談義になってきていますが、最近そういえば、ほとんど本を読めていません。
今年に入って読んだのは、まだ両手にもなってないという体たらく・・・
他のことにいそしんでいるので、ある意味仕方のないことなのかもしれませんが、ちょっと工夫して、隙間時間にまた本を開きたいです^^

言葉の栄養。
マイナスではなくて、プラスになる栄養を、自分も摂って、廻りにも巡らせていけるように。

ありがとう。。。

Posted on 11 月 19th, 2010 in ことばのちから by mysticlaw

イイ文章に出会うと、ブログに載せておこうって思うのですが、結局時間が無くて、ついつい放置状態…
これが結構続きます。
逆に、時間がある時は、他に書いておきたいーーーって思うものがあって、これまた結局先延ばしになってしまう…

イイ文章に申し訳ないと思う日々です…

なので、今日こそは^^記録しておこうと。

とあるコラムに載ってたものですが、そのまま写すのはどうかと思うので、概略を。

一歩を越える勇気』(栗城史多著)の中にある話だそうです。(自分はまだ読んでませ~ん^^;)

世界6大陸の最高峰を、単独で登頂した青年登山家(著者)が、ある時体力測定をしたそうです。
医者は、結果をみて驚きました。すべての数値が平均以下やったからです。
しかしながら、彼にはデータで測ることのできない、限界突破の秘訣がありました。

それは、「ありがとう」とつぶやくこと。

8000メートル越える最高峰で、苦しくなればなるほど「ありがとう」を連発する。
そうすることで、目の前の困難が自分を磨いてくれるのやっていう力が湧いて、また次の一歩を踏み出すことができる…(ここまでが本の内容)

(間にいろいろ書かれてあって~)

「幸せに感謝する」のは当然として、実は「感謝できる人が幸せになる」のが真理では?
「ありがとう」って云うと、相手も嬉しくなるし、自分も元気になる。
だから、今日一日を「ありがとう」から始めてみよう。

こういう内容の話です。

自分は、思ったことを口(言葉)にするのがとても苦手で(今もそうですが)、それが、いろんな人たちとの出会いの中で、少しずつその壁に穴を開けつつ日々を過ごしているという状態。(壁はなかなか厚いですが…)
「ありがとう」という言葉についても、とにかく人間が不器用なので、言葉にするといっても、その「ありがとう」が余計であったり、蛇足であったり、言葉足らずであったりすることがあるようで、それが廻りをいらつかせたりすることも多々…

そんな時、人間てしんどいな~って思ってしまいます。

でも^^ 自分にとってとても大切な友人が、「ユウスケはユウスケのままで、無理に変わろうとしなくてもイイねんで」と云ってくれたことがあるんですね。
ま、その逆を云われたこともあるのですが…(^^ゞ
しかしながら、結句、それがある意味、自分のつっかえ棒になってくれているのは事実。

言葉は、それ一つで人を活かしも殺しもする。
今は、「ことばのちから」が薄れてしまっている時代だと思います。
もっともっと、本来「言葉」が持っていた「力」「パワー」が湧きでるような、そんな世界になってくれたら・・・ほんとにそう思います。

「力」「パワー」といっても、当然のことながら、人間を「活かし」ていくベクトルを持つものとしてのそれです。

時々、このブログにも書いてる「ことばのちから」としての箴言も、先ずは自分に向けて、そして、読んでくださった人たちにも、元気を湧きださせてもらえればとの思いで書き込んでいます。

そんなもん、知識のひけらかしやと言われたこともありますが、それはそれで、そう思う方の自由なので^^
イイもの、イイことは、自分一人で溜めこんでてもしょうがないと思いますし♪

カリの世界に限っても、いろんな大先輩の方々が、ブログやHPを立ち上げて、そこで自身の持っているものを、惜しむことなく披露してくださっています。
勉強になることがいっぱいです。
素敵な世界やと思うのですよ^^
上手くはいえませんが、縦横上下に交差するこの世界の目に見える・見えない交流が、これから先のカリグラフィーを、もっともっと広げ、深めてくれることを信じていきたいです。

その方々に感謝しながら^^

ありがとうございます♪

ことばのちから。。。(6)

Posted on 11 月 12th, 2010 in ことばのちから by mysticlaw

久方ぶりに…さかのぼってみたら、5か月前以来になる「ことばのちから」

今回は、詩片を4つ。

☆ 死ぬ日まで空を仰ぎ
    一点の恥辱なきことを、
    葉あいにそよぐ風にも
    わたしは心痛んだ。
    星をうたう心で
    生きとし生けるものをいとおしまねば
    そしてわたしに与えられた道を
    歩みぬかねば  (韓国の詩人 伊東柱)


伊東柱という詩人がいたことを知る人は、今は本当に少ないと思います。
自分は一冊持っていますが、詩集自体も入手は難しいはず。評伝のようなものはありますが、高価なので…

伊東柱(ユン・ドンジュ)は韓国の学生詩人。
日本の軍国主義の元、留学中に、世紀の悪法・治安維持法違反の容疑で逮捕投獄、獄死。

このページを打ちこむ前にググッてみると、とてもいいページを見つけました^^
参考までに貼っておきます。

  カフェ・エクリ

興味ある方は、ここにて伊東柱の詩篇を味わってみてください^^

☆ 戦いのない人生は、弱い人生である。
  敵のいない人間は、強い人間にはなれない。
  困難なくしてできあがった仕事は、盤石な仕事とはいえない。
  戦うことに満足せよ!
  そして、困難を克服する勇気を持とう! (タイの初代芸術局長ワーターカーン)


ワーターカーンは、タイの外交官でもあり、かなり多才な人物でもあったようです。
彼の箴言はまとまったものは知らないものの、片言隻句ではないですが、時々散見することがあります。
単なる官僚では決してなく、自ら行動を起こし、自ら危機に身を置き、自ら問題を解決していく大いなる政治家。スケールが違います。日本にはそういう人物いないですね。

☆ またもや  黒雲が  わたしの上に
  音もなく  覆いかぶさってきた
  ねたみぶかい運命が  わざわいもて
  またもや  わたしをおどしている……
  
  わたしの  誇りたかき青春の
  ひるまぬ  我慢づよいこころを
  そいつに向かって  投げつけようか  (プーシキン)


ロシアの詩人と云えば、真っ先に頭に浮かぶのが、このプーシキン。
彼の「詩人に」って云う一詩は、かなり有名です。
↑の詩片は、敬愛する方から教えていただいて、メモってずっと置いていたものです。
雄々しいですよね~^^

☆ 悲哀が訪れたとき
  にぎやかな戯れに
  酔って騒ぐ友のなかで
  まぎらそうなどと考えるな
      
  春、青々と茂る森に
  もしくは、風強き草原に出るがいい
  広大な大地で、不幸と立ち向かうのだ
      
  明るく大声で歌を歌うがいい
  不幸自身も笑い出すぐらいに
  そうすれば、自己の悲哀と決別できるのだ
  そして、心は再び、穏やかさを取り戻す  (ウクラインカ)


そしてウクラインカ。
レーシャ・ウクラインカ。ウクライナの女性詩人です。
彼女の詩集も日本には無いはず。そのウクラインカの詩片を教えてくださった方に、今も感謝の気持ちはたえません。

ウクライナは日本からはとても遠い国ですが、彼女の詩は、それを充分越えてしまうくらいに優しくあったかい風を送ってくれます。
そして、それでいて力強い。
本来、女性のほうが男性よりも強いものなのです^^

ウクライナも強い国です。世界に先駆けて非核化を成し遂げたことは、つとに有名ながらそれを記憶いしている人はいかばかりか…
ウクライナのことを「平和の先進国」と云われた方もいました。

詩人ウクラインカも平和の人です。確か40代で早世。ロシア政府に逮捕投獄で健康を害したことが原因と記憶しています。

伊東柱が28歳、プーシキンは37歳かな。決闘での怪我が原因での夭逝です。そして、ウクラインカが40代前半・・・
ワーターカーンはわかりませんが、戦う詩人は何故か夭折する・・・

ここでまた、宮本輝さんの「生きてることと死んでることは、もしかしたら同じことかもしれへん」っていう、『錦繍』のあの言葉が浮かんできます。

今年もあと1カ月半。
何故か、年頭から「生きること」と「死ぬこと」が、まるでこの一年のテーマか課題であるかのように、纏わりついて離れない日々で、今もそれは続いています。
きっと、この一年に限ったことではなくて、その宿題をちゃんと提出できるまで生き切りなさいよっていう、誰かからの呼びかけかもしれません。

今週は風邪にやられました。
やっと峠を越したようです。

健康でいてるときに、その健康に感謝して無かったしっぺ返しみたいなものなのでしょうか^^;;;

久しぶりに、伊東柱の詩集を読んでみようと思います^^

ことばのちから。。。(5)

Posted on 6 月 17th, 2010 in ことばのちから, 思うこと by mysticlaw

こんなん見つけました^^

(引用は indigo window

 

The Big Difference between Winner and Loser

This poem witten by Yaniv Konchitchki (at Stanford University) in Oct. 2004


 
  1. A Winner makes mistakes and says: I was wrong. But a Loser says: it wasn't my fault.
    勝者は間違ったときには「私が間違っていた」と言う。
    敗者は「私のせいではない」と言う。
  2. A Winner credits his good luck for winning even though it wasn't luck.
    But a Loser credits his bad luck for losing, but it wasn't about luck.
    勝者は勝因は「運が良かった」と言う。例え運ではなかったとしても。
    敗者は敗因を「運が悪かった」と言う。でも,運が原因ではない。
  3. A Winner works harder than a looser and has more time.
    But a Loser is always too busy too busy saying a failure.
    勝者は敗者よりも勤勉に働く。しかも時間は敗者より多い。
    敗者はいつでも忙しい。文句を言うのに忙しい。
  4. A Winner goes through a problem and a loser goes around.
    勝者は問題を真っ直ぐ通り抜ける。
    敗者は問題の周りをグルグル回る。
  5. A Winner shows his sorry by making up for it.
    But a Loser says his sorry but he does the same thing next time.
    勝者は償いによって謝意を示す。
    敗者は謝罪をするが同じ間違いを繰り返す。
  6. A Winner knows what to fight for and what to compromise on.
    But a Loser compromise on what he should not and fights for what isn't worth fighting for.
    勝者は戦うべきところと妥協すべきところを心得ている。
    敗者は妥協すべきでないところで妥協し,戦う価値がない所で戦う。
  7. A Winner says I am good, but not as good as I ought to be.
    But a Loser looks down at those who have not yet achieved the position he has.
    勝者は「自分はまだまだです」と言う。
    敗者は自分より劣るものを見下す。
  8. A Winner respects those who are superior to him and to him and tries to learn from them.
    But a Loser resents those who are superior to him and tries to find fault.
    勝者は自分より勝るものに敬意を払い学び取ろうとする。
    敗者は自分より勝るものを不快に思い,アラ捜しをする。
  9. A Winner is responsible for more than his job.
    But a Loser says, I only work here.
    勝者は職務に誇りを持っている。
    敗者は「雇われているだけです」と言う。
  10. A Winner says, "There ought to be a better way of doing it".
    But a Loser says why change it, that's the way it has always been done.
    勝者は「もっと良い方法があるはずだ」と言う。
    敗者は「何故変える必要があるんだ?今までうまくいっていたじゃないか」と言う。

  One of life little ironies in the fact that when you finally master a tough job, you make it look easy.


 

スタンフォード大学の学生さんが作ったらしい「詩」だそうです。
当大学のHPには、この原文はすでにありません。

なかなか、簡潔に表現されているし、勉強にもなります。

 


 

勝つか負けるか。
どうせなら、「勝つ」のがイイに決まっている。

でも、自分はそこに、「負けないこと」の大切さっていうものも入れておきたいなと思いました。


 

「勝敗」は時に、思わぬところで左右されてしまう。
が、たとえ「敗れる」ようなことがあっても、次に「勝て」ばイイではないか。
「敗れた」としても、その時「負けない」自分であればイイではないか。

「負ける」ことで、「敗れる」ことで、その辛さや苦しさを経験できるし、同じような立場に追い込まれた人間の思いを共にすることができる。

「敗れる」ことで、追い込まれたり、いじめられたり、四面楚歌に思えるような状態に落ち込んだとしても、そこに「負けない」自分がいれば、必ず次の「勝因」を育んでいくことができると思うのです。

ただ、「同じ負け」の繰り返しだけは避けなければいけないですが^^

 

それと・・・何に「勝つ」のか、何に「負けない」のかってことも大切かな・・・と^^


 

そう考えると、よわっちい自分に「負けない」で、また頑張ろうって思えてきます。
昨日よりも今日、今日よりも明日、その時々の自分に「負けない」でいられるようにってね。

ことばのちから。。。(4)

Posted on 5 月 20th, 2010 in ことばのちから by mysticlaw

 

「どうせ」という言葉を捨てよう。「無理だ」という言葉も捨てよう。
今、どんな状況にあろうとも、こう自分に言い聞かせて生きていくべきだ。
「自分は、最後には勝つに決まっている!」と。

ついつい後ろ向きになってしまう自分を、事あるごとに励ましてくれる言葉です。
何かあると、すぐに下を向いてしまっていたのが、今までの自分であるなら、「今」よりは、頤を上げて^^ 心もにこやかに、前に進んでいけばいいではないか、と。

 


人間、一人では生きていけません。
どこかで必ず壁にぶち当たる。
そんなとき、ほんの一言でも相談できる知友を持ってる人は幸せです。
それが、たった一人であっても、それに過ぎる幸せは、実は得難いものなのだと思います。

何も云わなくとも、ただ静かに聴いてくれるだけでも、どれだけ心が安らぐことか。

そういう存在を持つことなく生きてきた期間の長かった人間として、殊に最近、そのことを深く感じます。


言葉の力も確かに大きいのかもしれないけれど、それ以上に人間の力はもっと大きいのでしょう^^
言葉をつかさどるのは人間なのですから☆

自分、そんな存在のいてくれていることに感謝するとともに、これからも大切にしていきたいと思います。
自分もまた、そうありたいとも…

ことばのちから。。。(3)

Posted on 3 月 25th, 2010 in ことばのちから by mysticlaw

ついこないだは、汗ばむくらいのあったかさやったのに、昨日今日と、また「冬?」って感じの気候で、この変化に若干身体がついていってないような「気がして」います。
まあ、「気がする」って程度なのであって、「ついていけな~い」などということでは、決してないということを、この場をお借りして申し述べさせていただいておきます(^^ゞ

突然ですが、自分は、「嫉妬」っていうものが、この上なく嫌いです。

「嫉妬」「ヤキモチ」「ジェラシー」。。。

どれをとっても、イイものとは思いません。
だからといって、自分自身が、ヤキモチを妬かないなどということもないですよ(~_~;)
ヤキモチ、特にここ2年くらいで、妬くようになりました。

戦前の哲学者で、戦後、獄中で亡くなった哲学者の三木清の名作に、「嫉妬について」っていう小論があります。

もし私に人間の性の善であることを疑わせるものがあるとしたら、それは人間の心における嫉妬の存在である。

ここから始まる名文、後輩たちにも、「読め~」「読め~」と、よくシャウトしてる自分であります(~_~;)

嫉妬は自分より高い地位にある者、自分よりも幸福な状態にある者に対して起る。だがその差異が絶対的でなく、自分も彼のようになり得ると考えられることが必要である。全く異質的でなく、共通なものがなければならぬ。しかも嫉妬は、嫉妬される者の位置に自分を高めようとすることなく、むしろ彼を自分の位置に低めようとするのが普通である。嫉妬がより高いものを目差しているように見えるのは表面上のことである。それは本質的には平均的なものに向かっているのである。

そんな時、人間は、「策」を弄します。
それは、自分が「ヤキモチ」を妬いているのではないっていうことをオブラートに包むために。
「ヤキモチ」を妬いていることが、後ろめたいので、それを隠したいがために。

だから…どうせ嫉妬を持つならば、大好きなPUFFYの由美ちゃんが再婚したからって、その旦那に妬いたところでどうにもならない「ヤキモチ」を妬く程度くらいのものに収めておくのが、よりよく生きていくための、一つの方途かもしれないと思う昨今です。

・・・くそ・・・由美ちゃん><

ちなみに、原典は、「人生論ノート (新潮文庫)

できたら読んでみてほしい、超お勧めの一冊です。

 

そんなこんなで、「嫉妬絡み」を含めての名言をここに^^

 


けだし、あらゆる狂暴性は小心から来るものである。 

(セネカ)

 

鈍重な習慣が、卑小なものと低劣なものが世界の隅々を満たし、重苦しい地上の空気としてすべての偉大なものを取り巻いてたちこめ、偉大なものが不死に向かって行くべき道の行くてに立ちふさがって、妨害し、たぶらかし、息をつまらせ、むせかえらせる。 

(ニーチェ)

 

卑しい下劣な魂にとってはあらゆるものが卑しく、貧弱で、醜く、悪いものに見える。  

(アミエル)

 

未来は躊躇する人々の味方ではなく、ひとたび選択がなされた以上、その選択の最後まで、弱気を出さないで進む人々の味方であるのは明瞭だ。  

 (ロマン・ロラン)

 

これまで、不幸を味わったことのない人がいたであろうか?
弱き者の習いは、希望を失ってしまうことだ。
この移り変わりの激しい世にあっても、不幸も、決して永遠には続かない。
雪深き厳冬のあとには、湖は満々と水をたたえ、緑の生い茂る季節が、必ず、やってくるのだ。

(カザフスタン共和国の国民詩人 アバイ先生)

 

一つの勝利、一つの記念碑、これが最高の真実の答えである。
虚偽は消え去り、真実が残る。
賢い人々は、特に後世は、真実に基づいてしか判断しない。

 (ナポレオン)

 

喜びは、苦悩の大木にみのる果実である。 

(ユゴー)

 

きょうすぐに始めたまえ、勇気、実在、自尊、明確、高貴を目指して君自身を鍛えることを、 君自身の「人格」を固め広めるまでは休んではならぬ。  

(ホイットマン)

 

才能と意思の欠けるところ、嫉妬が生ずる。

 (フィヒテ)

 

ホイットマンとユゴーは、かなり好きな詩人です。

前者の「ホイットマンとユゴーは、かなり好きな詩人です。

前者の「草の葉 (岩波文庫)
これは、上中下の3冊ものですが、もう3回は通して読みました。
↑の引用は、その「草の葉 (上) (岩波文庫) 」の中の『大道の歌』からだったと思います。

読んでて、元気が出てくる一詩です。

英語版は「Leaves of Grass (Bantam Classics) 」が、安くてイイかも。

カリグラフィーの作品を描くのに、イイ題材が見つかると思います^^

ホイットマンといえば、「嫉妬」からは、程遠い生き方をした大きな民衆詩人。
逆に、妬まれて、蔑まれて、馬鹿にされながらも、最後まで胸を張って行ききった「人間」です。

自分は、どこまでそこに近付いていけるのかな・・・

後者のユゴーのことは、またいずれかの機会に^^

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