みよこの部屋 コメントページ

2011 年 3 月 28 日

その462 私の3月11日(完)

カテゴリー: 思い出 — みよこ @ 3:16 AM

私が行ったときは店員さんは1人で非常時対応をされていた。まず最初に、食事は提供できず、ドリンクバーだけになる旨が説明される。入り口にもその旨は書かれているが、お客が来るたびにまずその旨を説明する。大変だ。中にはブツクサいう人もいるのだが、帰宅難民にとってはそれでも大変有り難い。

待つにしても椅子はあるので、ゆったりとした気持ちで待てた。名前が呼ばれて半円形のカウンター席へ。その席には地元に近い女性2人がいた。尾久駅で降ろされ、ここにたどり着いたそうだ。ということは、後から考えてみればガスト尾久店には同じ方向の人たちが集まっていたのかもしれない。

携帯の電池も風前の灯だ。歩いている間にマサノリから着信があった。留守番電話には「連絡くださーい」というメッセージが入っていた。ただし、こちらから電話してもつながらない。マサノリはメールは見ないので、席についてからTwitterに無事であることをつぶやいた。ブラウザで名前を検索すればリアルタイムでつぶやきが出てくる。でも、マサノリはそんなことは考えなかったらしい(まあそうだよね)。mixiにもつぶやいたけれども、mixiをやっていない彼が見るわけもなく(^^; それでも、交通事情についてはテレビで私よりわかっていたわけで(^^)

マサノリに連絡がついたのは、午前2時半になろうとする頃だった。携帯の電池はとっくに切れていたけれども、お店で充電してくださった。そうしたら迎えに行こうかと言うではないか。驚いた。何しろ遠いからねぇ。尾久に到着するまで、今度はこちらが心配になるが、やはり嬉しかった。ここで、ガストに入るときにチェックした項目が役立った。「明治通り沿い」「ガスト尾久店」これに対して町名も聞かれたので「昭和町2丁目かな」。

ガスト 尾久店

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ほっとして1時間ほどした頃、同じ方向のおふたりも一緒に帰れればと思い、意思確認をした。でも、これはもっと後、何ならマサノリが来てからの方が良かったかもしれない。それぞれに自宅とのやりとりがあっただろうから。

マサノリが到着した時は、既に午前4時を回っていた。マサノリにこちらのおふたりもと言い、それではということで、4人で車に乗った。走っているうちに空が少しずつ明るくなってくる。マサノリはそれぞれの家まで送ると言っていたが、1名は家に比較的近いところだけれども、もう1名が少し遠い。大宮駅に付く頃にはすっかり夜も明けたこともあり、おふたりはそこで降りられた。それから1時間半~2時間くらいで高崎線は運転を再開したようだ。

自宅に到着した時は6時を過ぎていた。テーブルの上にはマサノリのパソコンが広げてあった。マサノリがパンを買っておいてくれたので、それを食べてから爆睡した。その後、練馬まで行動を共にした相方に確認したところ、彼女は地図を買ってそこから歩いて帰り、23時前、無事に家に到着したとのこと。ほっとした。

後から考えれば、素直に赤羽行きのバスに乗ればもっと早く帰れたかもしれないと思ったけれども、赤羽でダメだったときのダメージを考えると不安だったので、これを機会に何かあったときの帰宅行程を良く確認しておこうと思う。

3月11日の帰宅行程:
中野富士見町―(徒歩)―中野―(バス)―練馬―(地下鉄)―上野御徒町(以降ガストまで徒歩)―上野―湯島―西日暮里―尾久―ガスト尾久店(以降車)―大宮―自宅

2011 年 3 月 27 日

その461 私の3月11日(1)

カテゴリー: 思い出 — みよこ @ 7:21 AM

3月11日は、午前中は京橋で仕事があり、午後からは中野富士見町にいた。そこで地震が発生し、夕方6時過ぎから帰宅の途につくわけだが、そこから家に着くまでの経過を記録しておきたいと思う。

電車が全部止まっているので、とりあえず中野富士見町から、他の人たちと中野まで歩いた。「中野についたらお茶でも」って感じで、この時はまだ気楽だった。ただ、途中で街頭テレビの映像を見たときは、その被害の大きさに驚いた。建物の倒壊等が一部で起こるだろうことは、地震が起きたときの揺れからある程度想像できたが、それよりも、津波の方が大きかった。

中野駅についたら、バス停留所が長蛇の列。とりあえずお茶とか食事とかと思っても、どこの店も満員。そこで、まずは早く帰ることを優先ということで、駅のそばにある京王バスの案内所に聞いてみることにした。

案内所の人はとても親切に、親身になって相談に乗ってくださった。私は、中野からならばということで、「池袋行き」のバスはどこから出るかを聞いたが、反対口だった。ただ、道路が混んでいるので、池袋に付くまでに最終になってしまう可能性もあるとのこと。実際、たとえ池袋についたところで、池袋の混雑を考えるとこれまた不安ではある。

一緒にいた女性は「練馬行き」のバスを見て、それに乗ることに決めていた。やはり一緒にいた男性からも、女性が一人で行動するよりも、二人でいた方がというアドバイスをいただき、この時はその女性の家に泊めてもらうつもりで、一緒に「練馬行き」のバスに乗ることにした。

それにしても長蛇の列。とりあえずトイレに行きたいということでマクドナルドに入ることにしたけれども、やはり混んでいるので、まずトイレに行ってからということにしたが、これまた並んでいた。そのうちに店員さんから3階にもトイレがありますという案内があり、列が短くなった。有り難かった。

練馬まで、やはり長かった。沿道には歩いている人たちがいっぱい。途中からは、降りた人の分しか人を乗せられなくなっていた。やっとついて、練馬駅に入ってみたら、西武線も地下鉄もまだ止まっていた。

駅の交番では、数人のおまわりさんが外に出て対応されていた。赤羽までバスがあるとのことなので、バス停留所に行ってみたところ、これまたいつになったら乗れるかわからないので、こういう時は動かないのがいいと思い、とりあえず食事をしようということになった。ガストが見つかったけれども、やはり満員。吉野家で食べた。

また駅に戻ったところ、バスの列は少なくなっていた。駅の中を見てみると、どうやら大江戸線が動き出したようだった。そこで、私はとりあえず大江戸線に乗ることにした。実は、手持ちがかなり微妙で、これ以上一緒にいると迷惑をかけることになるかもしれないということもあった。家族にまったく連絡が取れず、心配のあまり食欲が低下していた相方とそこで離れるのは申し訳ない気持ちもしたのだけれども、私の頭はすでに地下鉄に向かっていた。

地下鉄に乗ってから、さてどこで乗り換えようかと路線図を見た。新宿だとやはり混雑が予想され、土地勘がないところで立ち往生というのも困ると思い、上野御徒町まで行って、上野からJRに乗ることにした。

やっと上野についたら、何と、JRはまだ復旧していなかった。シャッターがしっかりと閉っている。ならばマクドナルドでと思ったけれども、これまた閉っていた。広小路通りには、上野で夜を明かす決意をした人たちがかなりいた。しばらく歩き回ってお店を探したが、飲み屋さんしか開いているところはなかった。

歩いていると、防災無線で交通機関の運行状況が放送された。あまり聞き取れない。最後の「運行を再開しました」だけ聞き取れて、これは! と思い上野駅まで戻ってみたけれども、やはりJRはシャッターが閉っていた。運行を再開したのは地下鉄の話だったようだ。

ならばとりあえず湯島駅まで歩いて西日暮里までと思ったが、湯島駅は長蛇の列。仕方がないので西日暮里までの間、途中でファミレス等があれば入ろうと思い、歩き出した。池之端あたりでは、臨時の避難所が作られ、その表では歩いている人たちに、温かい笑顔と共に熱いお茶が配られていた。寒さが一入身に沁みている中、これはとても有り難かった。同じ方向を向いて歩いている人とも、「有り難いねえ」と声を掛け合った。

不忍通りは歩いている人が多かったので、かなり夜遅くなっても心強かった。千駄木あたりになると、初めてそのあたりを歩く人も多かったようで、地下鉄の駅の場所を聞かれたりした。通り沿いに千代田線が走っているので、これは説明がしやすかった。

西日暮里駅が見えてきたときは、線路には電灯がともっており、その灯りに向かって歩いていた。到着したときはシャッターが半開きだったり、完全に開いているところもあったが、JRは動いていなかった。駅員さんが外に出て対応していたが、なぜ動かないと詰め寄っている方々もいらっしゃった。

西日暮里を過ぎると、歩いている人たちもだいぶ少なくなってきた。かなり心細い。マクドナルドはどこも閉っている。ようやく人が出てくるファミレスを見つけても、ちょうど閉ったところとか、そんな状態。尾久駅を過ぎて少しして、道路を挟んだ反対側にようやく窓から人が見えるファミレスを見つけた。ガストだった。こういう時は心身とも危機対応になるようで、道路をわたるときにはすかさず信号機の下の表示をチェック。店に入ったときにはガストの何店かチェックした。信号は「昭和町2」店は「ガスト尾久店」だった。

2011 年 3 月 6 日

その460 Y MODE ブループラネットライブ

カテゴリー: 苗場 — みよこ @ 4:54 AM

オンデマンド配信のコンサート映像は、この後Bパターンと最終日パターン(知っている人が登場(^^))があるが、その前に、短かったけれども特に気に入ったY MODEコンテンツ、ブループラネットライブについて書いておこうと思う。

選曲は以下の通り。

1. Northern Lights
2. ジャコビニ彗星の日
3. 星のクライマー

いずれも北方・星・地球を思わせる選曲だ。

Northern Lights」では、岡田嘉子の話をされた。悲劇にはなったけれども、その瞬間の濃密さを、この曲で一緒に想像することができたような気がする。

ジャコビニ彗星の日」では、

「北方の感じの曲を作ると、静謐なものができる。今日の選曲はどれもそういう感じの強い曲」

と、ユーミン。

「文藝春秋」の3月特別号に、時代を創った女という連載の第1号としてユーミンのことが書かれているが、この中の「ひでちゃん」こと宮林秀子さんについてのユーミンのコメントが、この選曲とコメントにつながっているのかな、と感じた。

星のクライマー」は、故・植村直己氏へのレクイエムであることはよく知られている。2月の壁紙を作るときに、この作品と壁紙にした作品とで迷ったが、その時に何を見ていたか、神様につながるような詞が素敵だ。この作品からも、まさに静謐な空気を感じることができる。

ここで話は変わるが、この文藝春秋の記事を読みながら、谷崎の少年時代を思い浮かべたのは、私が常々谷崎の作品のことを考えているからだけれども、谷崎は少年時代、乳母がいれば母なんていなくてもいいと言っていた時期があった。子供の頃から、母はどこか遠い人で、常にそばにいたのは乳母だったから。そしてつい最近、『細雪』はもちろん、『夢の浮橋』(それどころか、初期の作品にも)に木綿問屋が登場する意味を、谷崎の好んだお酒「呉春」のサイトから発見し、谷崎の作品にずーっと流れている世界を思ったりした。これには松子夫人の前夫の家業が木綿問屋だったことや、谷崎と同郷の木綿問屋の四男と知り合ったこともあったかもしれないが、もっと深い理由があるのかもしれない。

今、これを書くために「呉春」で検索したら、Wikipediaにこの人物(人の名前だったのね)の記事が出ていた。金座の家に生まれ、上田秋成と交友があったと。そっか、これもあったのか。谷崎の友人に後藤末雄という人(この人については谷崎が初期の頃から密かに作品の主人公にしているように思う)がいるのだけれども、この人の家が金座だったのだ。『夢の浮橋』日本ペンクラブ:電子文藝館でも読めます)の五三の桐は、ここにもかかっているのかもしれない。

2011 年 3 月 5 日

その459 Y MODEコンサート映像オンデマンド配信(Aパターン)

カテゴリー: 苗場 — みよこ @ 2:39 PM

随分と遅くなってしまったが、今年の苗場の記録を残しておきたいと思う。残念ながら今年も現地には行けなかったので、Y MODEのオンデマンド配信の映像から記録させていただく。

オンデマンド映像は、普通のパターンとマルチアングルバージョンがあった。マルチアングルバージョンの曲目は、

1. もう愛は始まらない
2. セプテンバーブルームーン
3. GIRL a go go

だった。

セットリストは、皆様のお部屋に詳しく掲載されているサイトが揃っているのでそちらをご覧いただくことにして、ここではリクエストコーナーを中心に書いておこうと思う。

とはいえ、まったくそれだけというのも何なので、テーマ等くらいは書いておきたい。

今年の苗場のテーマは「タイムスリップしてしまったシンデレラ―現代版ロミオとジュリエット―」ということで、セットもそういう感じで出来ていた。ディズニーライブで作った資産を活かそうという趣向だ。ディズニー&ユーミンソングメドレーもあった。

で、いよいよリクエストコーナーの話になるが、ここでもディズニーのテーマらしく、かぼちゃが椅子代わりになっていた。普通の椅子に座るより、なんだかいい感じ。ステージに上がった人も、いくぶんリラックスできたのではないかしら。

で、Aパターンのオンデマンドの1人目は、ユーミン曰く「キャラの立つ人」だった。

ユーミンが「年齢不詳ですね。」と言った後、「財力で磨き上げているような」と言っていたが、そこまではわからないけれども、確かに上品な感じがあった。職業は会社役員ということで、ユーミン大正解というところかしら。

苗場は初めてとのこと。ユーミンの曲でほろにがい思い出を思い出すのだそうだが、肝腎のことは、ご主人と来ているので話せないとのこと。とはいえ、

「学校からご主人へという感じなのでそれほどのエピソードもないのですけれども、美しい先輩に憧れてチョコを作ったけれども渡せないという感じ」

と、控えめにお話しされた。無難にほどよいところにまとめたところがさすがだなぁと思った(^^)

リクエスト曲は「あの日に帰りたい」

私も好きだわ。何か甘酸っぱい気持ちにつながるのよね、この曲。

記念写真のときには、「メガネ」とつぶやいて外していた。

2人目は、やりとりが面白かった。

Frosen rosesのツアーで泣いたとのこと。「結婚しているのですか」というユーミンの質問に、

「はい。こんなところで発表して、やなんですけど」

と発言。これにはユーミンが少しして

「こんなところって何よ!」

面白かった(^^)

リクエスト曲は「Spinning Wheel」

お見送りのときにユーミン、

「またいらしてください、平日も休日も」

3人目は、恒例の松の曲オンパレードの方だった。以下、そのやりとり。

「DESTINY」を

「松の中の松の曲なんですよ」

「愛のWAVE」

「一緒に歌います?」 と聞いて、辞退されたところ、「できればデュエットじゃない方が…」とユーミン

「ANNIVERSARY」
「かなり松です。この後やるかもしれないなぁ。」
今日はあなたのためのような後半戦が待ち構えてますよ。もう一声。

「サーフ天国、スキー天国」

これには、おーい(^^;; と思ったけれども

「松だけど、今日はやらないので」

ということでこの曲に決まった。

「いじめているみたいになってしまって……ほっとしました。」

とユーミン。

35歳の方だったけれどもこの方は「正真正銘若く見える」とユーミン。

うん、確かに若かった。その後、

「初めての人が多くて嬉しいです。もちろんリピーターの方もありがたいんですけども。」

と締められた。

Aコースの選曲は、全体的に私としては好み。苗場で見たかったなぁ。

2011 年 3 月 2 日

2011年2月 SHANGRILAをめざせ

カテゴリー: 思い出の壁紙 — みよこ @ 12:29 AM

SHANGRILAをめざせ

正解

「SHANGRILAをめざせ」 9名 久しぶりに多くの方に正解していただけました。ありがとうございました。

その他の回答

「星のクライマー」 7名 これはよくわかります。壁紙を作る時点でもどちらの曲にするか迷ったくらいです(^^)

ヒントの表示 7名

※ここで表示した○名という数字は、スペルの書き換え等のために続けて回答された分を差し引いた数字です。



2011年2月 SHANGRILAをめざせ

歌詞情報:SHANGRILAをめざせ 松任谷由実 歌詞情報 - goo 音楽

アルバム:NO SIDE

noripi。さん

元気いっぱいになれる曲。大好きです☆彡
シャングリラの時のイントロが特に好き♪

cygnusさん

英語と日本語まじりのタイトルは難しいですね。「星のクライマー」か「SHANGRILAをめざせ」に絞って入力したのですが、残念ながら正解ではなかったのでヒントを見ましたらヤッパリ。SHANGRILA IIでの印象が強く残っています。その時はもうユーミン引退かとの思いで観に行きました。でも少なくとも苗場はつづいていくようなので40周年。50周年を楽しみにしています。

pikkaさん

久しぶりに正解しました!

私にとって、YumingといえばSHANGRILAというほど
思い出のある一曲です。

ばばさん

ノリノリのこの曲、大好きです!!
シャンIの頃が懐かしい~
ゆーみんかっこよかったなあ。。

今月は楽勝!!(一回間違えましたが。。)
ありがとうございました。

guaniesさん

雪を抱く峰が・・・ちゃらら~  行く手に聳え立つ・・だだだん・・・

この曲だけはどんなことがあってもはずされへん。
めちゃくちゃ思い入れのある大事な曲です。

ふるだぬきさん

SHANGRILA ツアーでさんざん聞いてたのに、なかなか分からないものです。

映画みたいなシーンが浮かびます。

当分ツアーで聞けないかもしれませんね。

みよこの思い入れ

今回は、「星のクライマー」にしようかと思ったのですが、苗場の月にそれは……ということで、こちらにしました。困難な情況でもポジティブに立ち向かう詞と曲に元気をもらえます。

壁紙を作る際には、映画「失われた地平線」のあらすじを読んで画像を選びました。

それはそれとして、この曲から思い浮かべるのは何といってもシャングリラのコンサートですよね。いろいろなところに行きました。楽しかったなぁ。で、シャングリラのマークがこの山の形だったことを、作ってから思い出しました(^^)

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