その458 『夢の浮橋』年表と系図
6年前に作った『夢の浮橋』年表に誤りを見つけてから随分たったが、ようやく年表を作り直し、併せて系図も作り直した(コメントの通り、修正しました)。
この間に年立ての矛盾点を見つけ、登場人物の関係についてもいろいろ詰めていったが、この作品は歴史上の人物や、谷崎がこの作品を書くにあたって協力した人をそれぞれ主役として読むことができるように書かれているため、誰を主人公にするかで系図も変わってくる。とりあえず神話と源氏物語をベースに作ってみた。
年表のポイントは、網掛けしてある年だ。植物の開花や実のなる時期と数字の読み方の思い込みのトリックを使って、この1年間が無かったことにされている。そのうえで、翌年とか足掛け三年とか、一昨年とか昨年とかを数えて年表に配置している。糺の年齢については、無かったことにしている1年を隠すためもあってか、その後は年齢は表記されず、大学何年という表記のみになる。
乳母の年齢については、58歳で暇を取るときと、65歳で「武」の世話のためにお神輿を挙げる時のみ書かれている。年齢が合わないのは、(糺の大学入学年と結婚年を分けることで、年齢が合いました。)糺が13歳頃までの乳母と、58歳で暇を取った乳母が別人なためと考える。
経子の亡くなった年齢は、本当は藤壺や紫の上が亡くなった37歳としたいところ。数え方によってはそれも可能なのだが、「大学三年」という記述があるため、とりあえず一番落ち着くところに置いてみた。(これのために、当初は35歳にしていたのを修正してしまっていました(それでも36歳))
第二の武は、無かったことにされた1年の間に沢子が産んだことになる。
系図については、神話と源氏を元に作ってみた。茅渟と経子はお静の代わりに子供を産んでいると考えると、お遊様が産んだ子の妻としてお静やその身代わりの茅渟と経子が産んだ男子のうち4番目の子がふたりの武ということになり、そのいずれかが次の家督を継ぐことになる。ちなみに、お遊様とお静との関係については、系図に入れた神様を調べていただければと思う。『蘆刈』の葦間の男の母がお遊様かお静かという論争はこれで解決すると思うし、『蘆刈』の本文中にもそれを示唆する文言がある。
物語を見ていくと、兄弟が夫婦になることは許可されているようだが、子供を作ることは厳禁されているようだ。したがって、糺が弟に沢子を譲ったことには非常に意味がある。もし弟と沢子の間に子供を作ったら、厳しく罰せられることになるのだ。
経子の死の経緯についてはいろいろなケースを考えることができる。沢子の泣き方や、百足が扇で潰されていることなどと併せ、神話や元になっていると思われる物語から類推してみると、この物語がにわかに人間臭く目の前に迫ってくる。元になっている物語等の情報は、ツイログやはてなブックマークをご覧いただければと思う。







年表の一部を修正し、PDFにしました(458KB)。
http://www.mediakiryu.biz/miyoko/letter/images/ukihashi_nenpyo.pdf
経子が亡くなった年齢を素直に35歳にしました。
37歳にはどうしてもならないようです。
これでいろいろすっきりしますが、乳母の年齢もすっきりします。
ということで、乳母は一人でも通じるのですが、
源氏のことや、神様の役割を考えると、やはり二人いたと思えるので、
二人のままにしています。
なお、系図の方も『瘋癲老人日記』を踏まえて少し修正しました(452KB)。
http://www.mediakiryu.biz/miyoko/letter/images/ukihashi_keizu.pdf
コメント by みよこ — 2011 年 5 月 9 日 @ 9:39 AM
さらによくよく読んでみると、経子の亡くなった年齢を37歳にすることも可能でした。
もう少しよく検討してからまた改めて修正したPDFをアップすることにします。
コメント by みよこ — 2011 年 5 月 11 日 @ 3:45 AM