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2010 年 12 月 31 日

その457 『夢の浮橋』2010年まとめ ほぼ結論か!?

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 5:45 PM

今年も一年間谷崎潤一郎著『夢の浮橋』にこだわってきたわけだけれども、紆余曲折の末、ようやく結論らしきものに至った。ただし、最後の締めまでは行っていないので、来年もこの旅はまだまだ続くものと思われる(^^;

今年の最終的な大きな発見は、『蘆刈』の静の役割を担った人物は合計4人いるということだ。これは今日午前中にようやく気付いた。そこに至るまでの推移をかいつまんで書いてみる。

今年最初にしたことは、『幼少時代』とのシンクロを確認することだった。いろいろ調べていくうちに、『幼少時代』との関連は、『夢の浮橋』を口述筆記で書くうえでの練習としても、また谷崎の父母の実家筋の話をまとめて自分を主人公として1つの物語にするうえでも大いに役立ったらしいことが確認できた。

次にこだわりだしたのが「加藤医師」だ。この人のモデルが『蘆刈』と同一人物であるらしいというところから、その周辺情報もさぐった。この作業で一年間ほとんど使ったと言ってもいいかもしれない。実際、『夢の浮橋』では、最後のポイントで『蘆刈』が必要になるという構成になっているように思うが、果たして葦間の男と加藤医師が同一人物かどうかはあやしくなった。

それから、『春琴抄』の黒漆の表紙の本を見せていただいたことから、谷崎がなぜ赤と黒の表紙で本を作ったのかを考え始めたところ、スタンダールの『赤と黒』につながり、主人公がルソーの『告白録』を読んでいることを知った。再び『春琴抄』をよく読んでみると、本文にルソーが登場するではないか。で、『告白録』を今読んでいる最中だが、この作品に描かれている女性像は、まさに谷崎が関西移住後一貫して作り出そうとしていたものであることに気付いた。この作品を読んでいると、この登場人物はあの人に似ているとか、ここはあの作品に使われたとか、いろいろ思い当たる。『幼少時代』で谷崎が汽車の中で見た令嬢の話の原型と思われるものもあった。『春琴抄』の謎もこの作品からほぼ解けると思われる。その流れで『夢の浮橋』についても多くの示唆を与えられた。ルソーの『告白録』は谷崎にとってバイブル的な存在だったのかもしれない。

転機は谷崎潤一郎研究会のWebサイトで、『国文学 解釈と鑑賞2010年10月号』に『夢の浮橋』についての論文が掲載されているという記事を見たことだった。早速購入して読んだところ、登場人物が『源氏物語』の登場人物に当てはめてられていた。確かにそれはあるだろう。

ではということで、その後再び『夢の浮橋』の本文を注意深く読んでいくと、沢子の娘時代の行動から、彼女が「斎院」であることに気付いた。そのためのヒントのつもりなのか、「はたの見る眼も氣の毒なほど萎れ返つて」いたり、「真つ青になつて」いたりする。つまり、朝顔の斎院だ。この人は源氏の求愛を受け入れなかったので少し変に感じるが、ここではとりあえず「斎院になりたかった人」ということでいいだろう。

ポイントは糺の父の一周忌だ。この日彼女はまるで嫁入りのような格好をしていた。ここで彼女はどうしても亡き糺の父と結ばれなければならない事情があったのだ。

父の遺言は、「せみの小川が氾濫し、池へ逆流して池の水が泥のやうに濁つてゐた」日に行われた。それまで続けられていた「静」の役割である玉依姫命が、ここから別の神様で似たような名前と性質を持つ玉依比売に変わるのだ。

いきなり神話の登場で申し訳ないが、これらについては私のはてなブックマークを見ていただきたい。その他にもいろいろな歴史上の人物についてもピックアップしてある。つまり、『夢の浮橋』の登場人物は、それぞれの家の後継者の他に「武」にあたる子供を作り、誰が正当かを競っているわけだ。それは父の一周忌の後、糺と沢子の婚礼で決定的になる。そこは糺がこの手記を書くにあたり決めたことなのだろう。

そこでいよいよ今年の結論に入るが、糺には武の他にもう一人弟がいた。茅渟が子供を宿したまま亡くなったというときに生まれた子だ。この子はおそらく加藤医師が別の乳母と共に育てたのだろう。当初は、糺の乳母が両方ともと思ったのだが、それはやはり難しい。糺の乳母は糺の乳母として玉依姫命の役割をしているわけだから。

玉依姫命は、姉の代わりに育てた子供と後に夫婦になり、合計4人の子供を産む。その4人目が後に神武天皇になるあるわけだが、各候補の家ではそれぞれに候補の子供を産んだのだろう。それが「武」になるはずなのだが、結局それは加藤医師の家に生まれた子が正当と判断されたと思われる。

つまり、最後に糺が一緒に住むことにした、乳母と武と糺は、そのレースからはじき出されたメンバーということになる。糺は武の将来のためにこの手記に仕掛けを施したのだろう。

この小説は、谷崎の周囲にいる人間がそれぞれ「これは自分のことか?」と思うように、さらに古今東西の歴史的人物や小説にも対応するように書かれている。つまり、谷崎は紫式部よりさらに普遍的な『源氏物語』をこの作品で書こうとしたのだと思われる。

きのう、「夢の浮橋」という名前の石があることを知った。徳川美術館で見ることができるそうだ。この石は、後醍醐天皇から徳川家康まで、多くの時の権力者の手に渡っていったそうだ。この石はそれぞれの場所で男女、親子、兄弟の間の愛憎や情に絡まるいろいろな事件を見てきたことだろう。『夢の浮橋』で谷崎はそれらを映し出したかったのかもしれない。

調べていく中で、谷崎が古典回帰物を書き始めた当初から『夢の浮橋』に至るまで何人もの協力者がいるのだが、その中で、最初から最後まで協力していたのが吉井勇だったことがわかった。長崎の永見徳太郎という人物を谷崎に紹介したのが、吉井勇と芥川龍之介だったと思われるが、一連の作品を書くきっかけには芥川の自殺もあったのかもしれない。

最後に、部屋と池が続いている、物語の舞台に似通うような場所をいくつかみつけた。淡路島や京都のそれらの場所にも、いつか行ってみたい。

2 件のコメント »

  1. その後いろいろ調べた結果、現時点での結論は、以下のようになりました。
    ○糺の父の一周忌は、三回忌のはず
    (植物の季節と数字のトリックを使い、1年短縮している)
    ○その短縮した年の夏、沢子は妊娠している
    ○最後の武の年齢から、最後に糺が引き取ったのは武ではなく、糺と沢子の子と思われる
    ○最後の乳母の年齢から、こちらも糺の乳母と同一人物ではないと思われる
    ○沢子が妊娠したのは、父の遺言の前日の嵐の日と思われる
    ○植辰の梶川というネーミングに工夫あり
     実際に、似たような経歴を持つ梶川という苗字の知人が谷崎にはいますが、ここではそれに加えて「辰」と「梶」に意味を持たせたと思われます。

    また、最初から最後まで協力していたのは吉井勇ですが、『夢の浮橋』第二稿のバタバタの中、一番役立ったのは、川田順著『葵の女』だったのだろうと推測されます(もちろん発行前にも本人からいろいろ聞いていたと思われる)。
    これはまだ読んでいないので、ぜひ読みたいと思います。
    (『夢の浮橋』も入る、谷崎潤一郎全集・中央公論社1981~83年刊30巻本の第18巻には、そのヒントも豊富に含まれているように思います。川田順著『葵の女』についての記述もこの中から見つけました。)


    コメント by みよこ — 2011 年 1 月 7 日 @ 2:48 AM

  2. さらにわかったこと。

    糺の祖父が元々いた場所が日吉神社のあるところであり、武が預けられたのも日吉神社であることはわかっていました。
    そこで改めてご祭神を調べてみると、いろいろ登場人物にあてはまります。
    竃神・庭の神・玄関の神・土の神が兄弟ということで、経子の茶色の座布団はこれを表現するためだったのですね。
    また、最後に乳母がお神輿を上げて来てくれたのは「武」の将来のため、糺に加勢するため
    だと思われます。


    コメント by みよこ — 2011 年 1 月 8 日 @ 1:50 AM

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