みよこの部屋 コメントページ

2010 年 9 月 27 日

その456 JEPA 9月度セミナー DAISYとEPUBが提案する出版の将来と最新のTTS(音声合成エンジン)デモ

カテゴリー: ネットワーク, 仕事 — みよこ @ 7:48 AM

『鴨東綺譚』も『春琴抄』もまだ中途だけれども(^^; 9月22日に、JEPAのセミナーDAISYとEPUBが提案する出版の将来と最新のTTS(音声合成エンジン)デモに行ってきたのでまとめてみたいと思う。

1) DAISYとEPUBが提案する出版の将来

読書が難しい人たち

弱視はもちろん、それ以外にも加齢によって真ん中が見えなくなる症例、紙アレルギー、それから認知が難しい(視覚は正常なのだが、それを脳で処理できない)等、本を読みたくても読めない人たちが国内に50万人いるというお話から始まった。そういう潜在的需要を掘り起こしていくツールとして、DAISYやEPUBが活かせるのではないかと。

そこでDAISYなのだが、著作権法33条37条の改正により、出版者と著作権者が自らDAISYによる出版をした場合は独占できるが、権利者自らそれを放棄した場合は、図書館で作成し、公衆送信できるようになったそうだ。これについて詳しくはリンク先を読んでいただきたい。

DAISYは、現在バージョン2.02と3用のツール(ビューワー、コンバーター、バリデーター等)がいろいろリリースされているが、DAISY 4では、EPUBとDAISYは非常に親和性が良いことから、一緒に規格作りを進めているとのこと。それにより、EPUBをソースにしてDAISYを出力したり、DAISYからEPUBを出力することがスムーズにできるようになるそうだ。日本語や数式、表をフルサポート、試験に使えるようにインタラクティブ機能も含め、来年の6月までに規格を作る予定とのこと。DAISYについて詳しくは、DAISY研究センターによるエンジョイ・ディジーサイトに、ツール等も含め、情報が集まっている。

今のところでは、DAISY Pipelineというオープンソースで作られたツールや、Dolphin社のDolphin Publisherが対応しているようなことを聞いたと思うのだが、それならぜひ実験してみたいと思ってサイトに行ってみたが、サイトが英語なこと(^^; 等から、いまいちよくわからなかった。DAISY Pipelineについては、後で出てくるマイクロソフトのツールの裏でも動いているようだ。

ビューワーは、AMISがオープンソースで提供されている。

2) マイクロソフトの取り組みとDAISY Translator

マイクロソフトからは、DAISY Translator日本語版というツールが提供されている。Wordのアドインという形で使うようになっている。今回、このツールを使って、「私の好きな、源氏の女君たち」のDAISY版を、音声ファイルも入ってサイズが重くなるので「女君たち」だけで作ってみた。ビューワーをインストールして読んでみていただけたらと思う。合成音声が若干訛っているが、パソコンが勝手に読んでくれるのはなかなか楽しい。

ツールをインストールすると、WordにDAISY用のスタイルが用意されるので、それを各段落に適用してデータを作る。Wordのスタイルは、タグの認識に使われるので、スタイルを作り込んでも書き出されるデータには反映しない。見出しの体裁等を変えたい場合は、書き出されたCSSを修正する。DAISYは各ファイルがそのままで、圧縮しなくていいので、修正も楽なようだ。実行してみて、読み間違いがあれば、辞書登録をして再度変換することになる。

3) TTS(Text to Speech)デモ & 懇親会

デモは、懇親会の時に各社のテーブルが置かれて、参加者が興味のあるテーブルに行って説明を聞くという形で行われた。マイクロソフト株式会社の他、株式会社エーアイ、日立ビジネスソリューション株式会社のボイスソムリエ、HOYAサービス株式会社のVoiceTextが出展されていた。

マイクロソフトのテーブルでは、先ほどのアドインと連携して使うドキュメントトーカ 日本語音声合成エンジンのCDと、使い方のマニュアルが置かれていたので、早速使わせていただいて、先ほどのサンプルを作った。Webサイトの読み上げもできるので、かなり便利。ボイスソムリエは、音のきれいさが印象に残った。特に、Android携帯でのWebサイトを読み上げは、携帯を持っているのが自分ではなくても、内容がすっと頭に入った。VoiceTextは体験版のCDをいただいたが、この使いやすさはいいわね。ただ、価格はどうなのだろうと思ってWebサイトを見たけど、どこにも見当たらないのは残念(^^;

懇親会では、XMLの集まりのメンバーの方にくっついて歩いて何人かの方にご紹介いただいた。その方は途中で会社に帰られたが、その後も少し残ってお話などをした。
ビールを注いでくださった方には、グラスが私のかどうかと戸惑ってぎこちなくなってしまい、申し訳なかった。その他にも、顔が合って、名刺をと思ったら間に人が入ってしまい、こちらが諦めてしまった方もあり(^^; はにかみ屋はこういう時に困るんだわね(T_T)

まあ、はにかみ屋はあったけれども、大収穫のセミナーだったと思う。

2010 年 9 月 18 日

『春琴抄』―ふたりの子供について

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 7:55 AM

『春琴抄』の私の解釈に進展があったので、『鴨東綺譚』をお休みして、『春琴抄』について書きたいと思う。

春琴と佐助には子供がいることは皆さんご承知かと思うが、『春琴抄』には、子供についてはあえて前記の外に二男一女がありと書かれ、総人数は書かれていない。実は、それに対するヒントはいくぶん唐突な形で本文中に書かれているのだが、それについては後で書かせていただく。

で、前記というのは誰かということになるわけだが、まず最初に浮かぶのは、春琴が17歳の時に産んだ「佐助そっくりの男の子」だろう。ところが、この子についてはどこに遣られたかは書かれていない。二男一女については、どういう家に遣られたかについて書かれているので、これはバランスとして少し不思議だ。

佐助そっくりの男の子の他にもう一人、春琴と佐助の子であろうと思われるのが鴫沢てるだが、この人は春琴と佐助の墓の面倒を見ているが、なぜ彼女がそうしているかは書かれていない。ただ、春琴と佐助にとって気の置けない少女とのみ書かれている。

そこで、なぜこの女性が二人の子と思うかというと、春琴の死後、佐助は聴覚を以って春琴の不在を埋めたのだろうと書かれていることからだ。一見それは琴の音によってとも受け取れるのだが、それは佐助が検校になってからのことだろう。春琴の死後、佐助はひたすらてる女のみを話し相手としている。つまり、彼女の声は春琴と似ていたということになるのではないだろうか。

そのあたりを確認するには、春琴が産んだ子供の数を知らなくてはならないことになるが、実は、それについては『幼少時代』にヒントが書かれている。それは、『春琴抄』本文に書かれたヒントを誰も理解してくれないから、谷崎があえてここに書いたと思えるくらいハッキリと、次の一文から始まる。

伯父の妻であったお花、――私の父に取っては二重の意味で義理の姉、母にとっては真実の姉、私にとっては二重の意味で血縁の伯母であった人のことに、是非触れて置かねばならない。

彼女は男子を三人、女子を二人産んでいるのだが、末の子を産んだ年の秋から病床に臥して十年間足腰が立たず、そのまま亡くなったそうだ。病名は関節炎だったそうだが、夫の仕事が順調で、本家をしのぐ勢いになっていたことから、彼女は天下に恐いものなどなく、夫の久兵衛以下一家一族の者どもに寝ながら命令する有様だったそうで、そこに書かれている夫との関係は、まさしく春琴と佐助そのものなのだ。

さらに、彼女の弟が彼女に侮蔑的なあしらいを受けたとかで、谷崎の母のところへ来て泣いていたというエピソードまで付されている。これが『春琴抄』のヒントでなくして何と言えよう。

ということで、彼女が産んだ子供は合計5人。春琴抄に書かれている「二男一女」に漏れているのは「一男一女」と推定される。

となると、一女はわかるが、行方のわからない一男がどこに遣られたのかわからないというのが不自然に思えてくる。
そこで、利太郎の父が「九兵衛」だったことが思い浮かぶ。そう、利太郎は春琴と佐助の子だったというのが今回の発見なのだ。ということは、春琴が最初の子を産んだのが17歳、お湯をかけられたのが37歳ということで、この時利太郎は20歳の青年だったということになる。

つまり、一般に言われている利太郎犯人説に従うと、実の息子が母の顔にお湯をかけ、その後一生表に出られなくなるくらいの損傷を負わせたということになる。

となれば、『春琴抄』本文からのヒントがぜひ必要になるが、それは次のように書かれている。

盲目の美女の答(しもと)に不思議な快感を味わいつつ芸の修行よりもその方に惹き付けられていた者が絶無ではなかったであろう幾人かはジャン・ジャック・ルーソーがいたであろう

この部分は、読者も一度は「あれっ?」と思ったのではないだろうか。なぜに突然ルソーがと。ルーソーとなっているのは、谷崎が『告白』か何かを英訳で読んだからだろうと想像される。

このような性癖を持つ有名人なら、他にいくらでもいるだろうが、ここで谷崎がなぜルソーを持ち出したかが重要なポイントになる。ルソーは5人の子供を皆孤児院にやっている。生まれた子供をことごとく里流れにしている春琴・佐助と重なるのだ。これで春琴が産んだ子供の数が判明することになる。

ルソーを選んだ理由はそれだけではないと思われる。それについては『告白』を読んでみないことにははっきりとはわからないが、佐助やその佐助にそっくりな息子そのものを例えているということは十分に想像できる。

子供の数とは別に、春琴と佐助が相擁して泣くという、感動的なクライマックスがあるが、そこにも『春琴抄』の謎を解く重要なヒントが隠れている。春琴が「誰の恨みを受けてこのような目に遭うたのか知れぬが」と言ったところ、佐助はこれは自分に対する悪意だと言い、鼻をあかしてやった等と言い募る。それに対して春琴は、「佐助もう何も云いやんな」と言って、盲人の師弟相擁して泣くのだ。春琴の言葉の意味をどう取るか、それはそれぞれにお任せするが、なかなか意味深いと思わないだろうか。

さて、その後の二人だが、佐助の労苦はますます増え、佐助はそれを望んでいたようだ。しかし、それをきっかけに春琴を表から引っ込め、部屋の中に押し込めてしまったのは何故だろうか。そりゃあ顔に大変な火傷を負っているのだから、春琴が人前に出たくないと言ったとも想像できるが、春琴は佐助に見られるのが一番嫌だとは言っているが、他の人の前に出るのが嫌だとは言っていないし、第一頭巾を被っているのだからその後も指南を続けようと思えば続けられただろう。ここには春琴よりも佐助の意志があると思って間違いないのではないだろうか。

決定的なのは、春琴が病になるきっかけになった揚げ雲雀だ。籠から放した雲雀はついに籠に戻らなかったのだが、記述からすると、5月末から6月初めと思われる。雲雀を揚げるなら、もう少し早い時期ではないか? 夏になると雲雀は飛べなくなるのだ。しかも、受難する前は、物干し台から雲雀を揚げ、その時は近所でも微笑む春琴を見たいがために屋根に上がる人や一緒に揚げ雲雀を競ったりする人が出たりと楽しい行事だったのだが、なんと、この時は中前栽に佐助と二人で降りて行っている。籠の戸を開ける役目の鳥籠の世話をしている女中がいないのだ(すみません、いました。『春琴抄』に読点がないのは、「私」は「ほんたう」のことを書いているけれども読者が自分の思い込みで読点を補って、それを見逃すことを期待しているのよね。)。この時はもはや春琴も季節の変化に気付いていなかったかもしれない。佐助は人に教えているのでそれはわかっていたことだろう。以来、春琴は怏々として楽しまずそのまま脚気による心臓麻痺で亡くなる。「怏々として」とは、辞書を引いてみたところ、心が満ち足りないさまや、不平不満のあるさまを言うそうだ。ここに春琴の絶望を見るのだが、どうだろう。何だか晩年の紫の上を思い浮かべる。

佐助は出家したりすぐに自殺したりすることはなかったが、その後も長く悲しみを忘れず、天鼓という鶯の啼く声を聞くごとに泣き、暇があれば仏前に香を薫じていたと書かれている。

さて、春琴にお湯をかけたのは誰だったのか。それはまた後で考えるとして、『春琴抄』にはまだ謎がある。たとえば

  • 一番下の妹に付いていた乳母は誰なのか
  • 春松検校はなぜ春琴を「こいさん」と呼ぶのか

等だ。鵙屋は佐助にとって累代の主家なので、乳母も恐らくは佐助にかかわりのある者だろうし、本来のこいさんは別にいるのに、春琴をとてもかわいがっていた春松検校はなぜ春琴をこいさんと呼ぶのか、本文中ではさらっと誤魔化されている。谷崎がさらっと誤魔化すことには何か大きな理由があるのが定番なので、そのあたりも折りに触れて考察していきたいと思っている。

2010 年 9 月 11 日

その454 『鴨東綺譚』(その2)

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 3:25 PM

その1を書いてから随分経ってしまったが、今回は、『鴨東綺譚』が具体的にどのように『蘆刈』の頃と重ねられ、それが『夢の浮橋』につながったかを、テーマ別に挙げていこうと思う(池長氏についての記述は、高見澤たか子著『金箔の港―コレクター池長孟の生涯』より抜粋)。

1. お屋敷

○紅塵荘
池長孟氏が、淀川富子さん(淀川長治氏の姉)と住むために建てた豪邸。

○垂水の別荘
池長孟氏の別荘。池長氏の長男の思い出に、

「ほとんど毎日曜日、やれ垂水へいちご摘みだとか、簡単な山歩きとか、父のあとについてゾロゾロと出かけたものです。」

というものがある。これは、淀川富子さんと破局後、池長氏と3人の子供たちで暮らしていたころのことだが、『蘆刈』の父子が巨椋池まで歩いていくシーンが連想される。また、上記の記述の直前には、

大正十四年(一九二五)生まれの廣の幼稚園入園は、昭和六年のことである。

という記述がある。『夢の浮橋』の武が連想される。

○紅於荘
『鴨東綺譚』に登場する、父が晩年に隠棲した奈々子自慢の別荘。對龍山荘庭園をイメージしていると思われる。谷崎は、あえて「紅塵荘」を連想する名前をつけたと思われる。
また、リンク先に書かれている通り、この庭園を今の形にした人は、彦根の出身であり、奈々子も作中で「私の體には江州商人の血が流れている」と言っている。
ここに奈々子の母が住んでいるのだが、この人の名前を、本当は「美奈子」とつけるつもりだったのだろうが、谷崎が間違えたのか、誤植なのか、その名前が最初に登場するところで「美代子」になってしまっている(奈々子の母の名前は、「美代子」と「美奈子」の1回ずつしか登場しない)。父が天保年間の生まれと書かれているので、母も同じと考えると、天保年間の生まれの「おみよ」といえば、谷崎の乳母が思い浮かぶ。

○五位庵
谷崎が京都で住んだ、「後の潺湲亭」をほぼそのまま踏襲。ただし、「後の潺湲亭」に合歓亭にあたる建物は存在しない。

2. 茶室

○池長家
池長氏の養父が、京都から引いてきた

○五位庵
祖父がどこからか引いてきた。

3. 憑依?

○池長氏(蛇)

池長家が檀家になっているお寺の千年松と呼ばれる老木に大きな蛇が住んでいた。その松を切り倒した時には、中身はすっかり空洞になっていたので、人々は「さすが千年松」と言ったが、子供だった池長氏は「うそだ、うそだ! 千年も経っとるかい」と叫んだ。

○奈々子(白蛇)

紅於荘の前住者の時代に白蛇が棲むと言われている弁財天の祠があったが、工事の際に職人が取り壊し、その跡に泉水を築いたが、奈々子は物心がついた頃から、ひとりで庭の池のほとりを歩いていると折々白蛇に遇うことがあったと書かれているのだが、それだけでなく、次のような記述がある(括弧にひらがなは、ルビ)。

紅於荘の庭で遇ふばかりでなく、蓼山邸の彼女の居間にも出て來ることがある。それどころか、彼女がひとたび眼をつぶり心を凝らして辨天樣に祈願を籠めれば、(中略)いつ、どんな時、どんな所にゐても蛇(みい)さんの姿が現はれるので、いつしか彼女は、自分は蛇さんのお使い姫であり、自分の體には常に蛇さんが宿つてゐるのだと、固く信じるやうになつた。

これは重要な記述だ。これで経子の死の真相が解ける。ちなみに、池長氏の最初の奥さんの実家は荒木村重の血筋と言わる。荒木村重の先祖は藤原秀郷であり、百足退治の伝説がある。

○経子(大百足)(推定)

「ぼんさん、あきまへん、お母さんがお怒りやつせ」
と、外に立つてゐる乳母は気を揉んで、
「ほれほれ、こゝは大きい大きい百足(むかで)が出て参じます、百足に食べられたら恐いことどつせ」

次回は屏風や寝台等の道具類や「川」等についても考察をしてみたいと思う。『鴨東綺譚』で乾の娘に「高麗子」という名前をつけていることも、『蘆刈』の頃に恵美子さんが木津家の養女になったことや、荒木村重が「荒木高麗」という銘器を所有していたこと等、いろいろ符合することがあるのだ。

2010 年 9 月 1 日

2010年08月 夕涼み

カテゴリー: 思い出の壁紙 — みよこ @ 5:41 PM

夕涼み

正解

「夕涼み」 6名 今回は比較的多くの方に正解していただけました。

ヒントの表示 1名

※ここで表示した○名という数字は、スペルの書き換え等のために続けて回答された分を差し引いた数字です。



2010年08月 夕涼み

歌詞情報:夕涼み 松任谷由実 歌詞情報 - goo 音楽

アルバム:PEARL PIERCE

tcさん

noripi。さん

逗子を想い出す1曲です。
夏の午後の雰囲気たっぷりで、
遠い夏が蘇る感じ。
このしぶきの画像、まさにぴったりですね。

キャサリンさん

帰ったら水まきしよっと。

cygnusさん

今回は迷うことなく即答できました。今夏は記録的な猛暑、この曲を聴くと本当に涼しさを感じることができますね。この曲が収録されている「PEARL PIERCE」はお気に入りのアルバムのひとつ。もう28年も経つのですね、このアルバムが出てから。

Dさん

ばばさん

みよこの思い入れ

今回は途中でサーバー移転があった関係で、せっかくいただいた一部の方の思い入れが文字化けしてしまいました。申し訳ありません。
さて、この曲を聴くと、夏の午後の独特の空気が感じられて、うっとりしますね。今年は特に暑いので、ゴムホースから溢れる水を見て涼みたいと思いました(^^)
比較的多くの方に正解していただけて良かったです。

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