みよこの部屋 コメントページ

2010 年 1 月 20 日

その435 『夢の浮橋』の乳母

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 3:20 PM

その433で予告させていただいた、乳母と加藤医師の件だが、まず、乳母の問題を整理したい。

『夢の浮橋』に、次のようなシーンがある。まず生母とのシーン。

夜九時になると、
「糺さん、もうおやすみ」
と云われて、私は乳母に連れられて行く。父と母とは何時頃まで起きているのか分からなかったが、夫婦は奥座敷の勾欄の間に寝、私は廊下を一つ隔てた、奥座敷の北側にあたる六畳の茶の間で乳母と寝た。私が駄々をこねて、
「お母ちゃんと寝さしてえな」
と甘ったれて、なかなか寝つかないでいることがあると、母が茶の間を覗きに来て、
「まあ、ややさんやこと」
と云いながら私を抱き上げて、自分の閨に連れて行く。十二畳の間には夫婦の寝床がすでに延べられているけれども、父は合歓亭へでも行っているらしく、まだ床に就いていない。

母を恋しがって父や乳母を困らせた時。

「よしよし、そなお父ちゃんと寝よ」と、十二畳の間へ連れて行って、抱いて寝てくれることもあったが、父の男臭い匂いを嗅ぐと、母の匂いとはあまりにも違う気味の悪さに私は少しも慰まなかった。父と寝るよりはまだ乳母と寝る方が優しであった。
「お父ちゃん気味が悪い、やっぱりばあと寝るわ」
と云うと、
「そな、そこの次の間アでばあとねんねしい」
父がそう云うので、それからは奥座敷の次の間の八畳で乳母と寝た。
「お父ちゃんが気味悪いたら、何でそんなことお云いやすのでござります」
乳母は、私の顔は父にそつくりで、母には似ていないと云うのであったが、そう云われると私はまた悲しかった。

父が再婚して

二三年この方、父と襖一重を隔てて寝る癖がついていた私は、新しい母が来た夜から再び乳母と六畳の茶の間で寝た。父は新しい妻を得て全く幸福を感じているらしく、亡き母の時と同じような夫婦生活を送り始めた。

父はなぜ合歓亭に行っていたのだろうか。亡き母の時と同じような夫婦生活って?

千葉俊二著『谷崎潤一郎『夢の浮橋』草稿の研究 : その四「ねぬなは物語」』という論文がWeb上で公開されている。この論文で『夢の浮橋』の第一稿の一部が読めるのだが、次のような文言がある。

これから先、[お前を大っきいして行く為にも、]あゝ云ふ人[に]〈が〉ゐて[もらはんと、何かにつけて、工合悪い、]〈くれたら〉お前を大きいして行く為にもどない助かるや知れんと思ふ、

[ ]の部分が削除された部分、〈 〉の部分が加筆された部分ということだが、どうだろう。もらはんと、何かにつけて、工合悪い、の文言は。

さらに乳母は、父がちょうど夫婦生活を禁じられた時期に暇を取っているのである。

乳母が暇を取る理由には、糺と母との関係を作るには乳母がいると具合が悪いということもあると思うのだが、この削除の意味は結構大きいように思う。

今、これらの謎を解決するために『アンナ・カレーニナ』を読み始めているのだが、こ、これは…… 松子夫人と出会い、妹尾夫妻と出会った時の谷崎の興奮がいかばかりだったかが想像できる。『細雪』にしても『春琴抄』にしても、『夢の浮橋』の中に見落としそうなほどさらっと出してきているこの小説の世界こそが自らの人生のフィクション化の台本だったのかもしれない。

コメントはまだありません »

コメントはまだありません。

このコメント欄の RSS フィード

コメントをどうぞ

*
画像に書かれた文字を入力してください

スパム対策用画像
ログインすると画像認証なしで投稿できます

Powered by WordPress

ホットワード 部屋 コメント 乳母 padding margin
割引クーポンまとめ情報 - クー割