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2009 年 12 月 15 日

その428 『夢の浮橋』執筆動機の考察

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 11:45 AM

源氏物語の最終巻「夢の浮橋」を青空文庫で読んだ。前に新潮古典集成で読んだことはあるのだが、今回は与謝野晶子版でおさらい。

ああ、こういう内容だったわねと思い出しながら読んでいくと、谷崎の『夢の浮橋』との共通点がまざまざと浮かび上がった。
やはり、これまでラブレターズで書いてきた、得三氏との件がまず一番、そこに妹尾君子さんをモデルにした『お栂』の原稿が思いがけなく出てきたことがこの作品執筆の大きな動機であることを改めて確認できたように思う。

源氏物語の「夢の浮橋」は、かつて薫と匂宮との三角関係の苦しみから浮舟が入水し、いきなり薫の前から消えてしまったのが、ひょんなことから今も生きていることを知り、薫が横川の僧都を訪ねるところから始まる。
そして浮舟の弟に薫の代理としてまず会いに行かせるのだが、浮舟は出家姿を弟にも見せたがらず、会ってくれないというところで終わる。出家を戻れない落ち橋にたとえた巻名と思われる。

つまり、一見、薫と浮舟の後日譚のように見えるのだが、実は兄弟の話でもあるのだ。谷崎はこの訳をしている時、得三氏のことを思い浮かべたのではないだろうか。

得三氏は、生まれてすぐ里子に出され、そのまま養子に行った人だったが、養家の没落からいろいろなことを経験し、不運な事情により結婚もせず職も転々としていた。
長年消息が不明になり、一時は朝鮮に渡ったという噂まで出たが、大正14年に得三氏から連絡が入るようになった。
しかし、その後再び消息不明になっていたところ、昭和32、3年頃に石川達三が和歌の浦の旅館に泊まった際、そこで下足番をしている人が谷崎の弟だという噂を聞くことになる。
そして、昭和36年には、谷崎が妹から得三氏のことを聞かれて、「得三は和歌の浦の宿屋で帳付けをしたり、客の荷物を運んだりしているが、年を取って働けないから老人ホームへ入りたいというので入れようと思う。が、どういうのかはっきり返事をしない。女がいるようだ。今度会う時に早く返事をするように伝えてくれ」と頼み、その後、さらに甥を使いにして老人ホームへ入るよう説得し、昭和37年にはホームへの入居が成ったようだということが、細江光著『谷崎潤一郎─深層のレトリック』に書かれている。

『夢の浮橋』の発表は昭和34年なので、得三氏の消息が知れてから老人ホーム入居を谷崎が勧める昭和36年のちょうど中間にあたる。この頃はまだ老人ホーム云々という話でもないだろうから、谷崎はこの弟を引き取ることを考えたのかもしれない。
しかし、松子夫人たちとの生活を考えるとそれは無理である。千代夫人の時とは違うのだ。

ここで思い出すのが、『日本に於けるクリップン事件』である。この中で谷崎は、マゾヒストの殺人について力説しているのだが、マゾヒストがそれまでのパートナーを殺そうとするときは、次の人が必ず心の中にいると書いている。つまり、松子夫人や重子夫人との生活で、谷崎の母に対するフラストレーションは解消できたので、新たな母のゆかりである弟を引き取りたいが、その障害になるものは排除されるべきというのが、谷崎の『夢の浮橋』ということになる。となると、真犯人は糺になるんだなぁ。

まあ、とにかく『夢の浮橋』の中では、あの時点で「母」がなんとしても死ななくてはならなかった理由はここにあるように思う。

で、武を引き取るには、一緒に育ててくれる人が必要だ。そこで乳母の復活になったということが伊吹和子著『われよりほかに─谷崎潤一郎 最後の十二年』に書かれている。

この時点で谷崎の中では、乳母=千代夫人だったのではないだろうか。
谷崎は、かつて千代夫人を作中でさんざん受難させていた時期があったが、その一方で、自ら離婚を画策しながらその後復縁しようとする『愛なき人々』という作品もある。谷崎は千代夫人を、自分を誰よりも愛してくれた乳母と重ねたために我儘を言っていじめもしたが、それだけにインセストタブーも働いた。つまり、それだけ精神的に大切な人だったとも言えるのではないだろうか。

それにしても、この作品で谷崎は、夫婦で母に仕えるということを実現させているが、本当は千代夫人と一緒にそれができればどんなに良かったかと、母が亡くなってから思ったんだろうね、きっと。

最後に『夢の浮橋』のタイトル及びストーリーに影響したと思われる、昭和31年から33年の出来事を並べてみる。

○昭和31年までに『幼少時代』の連載を終了、32年に単行本を刊行。幼少時代の出来事が自分の作品に深く影響していることを自ら実感したエッセイ。『夢の浮橋』のストーリーの下敷きになっていると思われる。

○昭和31年、谷崎が実父と重ねたと思われる、松子夫人の前夫根津清太郎氏が亡くなる。

○昭和32、3年、長年行方知れずになっていた得三氏の消息がわかる。

○昭和33年、妹尾君子さんをモデルにした『お栂』の原稿が思いがけず見つかり狂喜するが、君子さんの生前の夫だった妹尾健太郎氏に握りつぶされる。

思いがけないことでそれまで行方がわからなくなっていた人が突然目の前に現れたときに現れる、それまでの空白の時間をつなげる橋、それを谷崎は「夢の浮橋」と表現したのではないだろうか。

1 件のコメント »

  1. 「母」の死因について新たな発見があったので、これはまた後で書きます。


    コメント by みよこ — 2009 年 12 月 15 日 @ 12:25 PM

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