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2009 年 12 月 13 日

その427 『夢の浮橋』と『春琴抄』―佐助犯人説と絡めて

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 7:43 AM

mixiの谷崎コミュで、『春琴抄』の「佐助犯人説」についてコメントを書いた。その時に、ラブレターズでずーっと拘ってきた『夢の浮橋』のことも引用したので、ここで改めて整理して書いてみたいと思う。

私が「佐助犯人説」に出会ったのは、もう20年も前になるだろうか、秦恒平氏の著書でだった。この時大いにうなづいたのを覚えている。だから、『夢の浮橋』について書き始めた時も、これを踏まえて真犯人を頭に描いている。

ところが、2008年に読んだ細江 光著『谷崎潤一郎―深層のレトリック』では、これを真っ向から否定。そうかしらと思って、「佐助犯人説」および『夢の浮橋』の解釈も遠慮がちになった。

そんな中、最近源氏物語の最終巻である「夢の浮橋」を与謝野晶子の訳で読む機会があり、『夢の浮橋』のタイトルに含まれた最大の意味が、弟の得三氏のことであり、そこにアクセントとして妹尾君子さんのことを書いた『お栂』の原稿発見が加わっていることを改めて確信することができた。そこから新たに「『夢の浮橋』執筆動機の考察」というタイトルでラブレターズ用の原稿を書いているさなかに、mixiの谷崎コミュで「佐助犯人説」についてのスレッドが上がってきたのだ。

「佐助犯人説」について、コミュで書いた内容を含めて書いてみる。

谷崎の作品に『日本に於けるクリップン事件』というものがあるが、これは、マゾヒストの殺人を扱ったものである。ここで谷崎は、マゾヒストがそれまでのパートナーを殺害しようとする時は、必ず次の人が心の中にあると書いている。つまり、自分の希望する生活に対する障害になるものはなんとしても排除したいという意識が谷崎の中にあるように思うのだ。その際に、自分が犯罪者としてつかまってしまったのでは希望する生活を手に入れることはできないので、そのためには細心の注意を払う。ちなみに、『日本に於けるクリップン事件』では飼い犬に妻を襲わせるように訓練して実行させている。

そこで、『春琴抄』『夢の浮橋』について考えてみると、いずれもヒロインが受難する。『春琴抄』は顔に熱湯を浴びせられ、『夢の浮橋』では、心臓に持病を抱えるヒロインの胸に百足(むかで)を置くという未必の故意で殺害される。
そこには、谷崎としては何としても受難させなくてはならない理由があるわけである。

春琴の場合は、佐助は彼女の笑い顔が嫌いだったと作中で言っている。つまり、笑顔が見たくないのだ。現実の松子夫人の笑顔についてはどうだっただろう。当時の写真などを見ると、なんとなくわかるような気がしないでもない。

『春琴抄』のときは、松子夫人と同棲し始めた頃であり、これからこの人と飽きずに生活していく自信をつけたかったことと思う。それには、母が丹毒になった際にその顔を見たくないがために見舞いにも行かず、それが千代夫人に遷ることを嫌い、千代夫人にも見舞いに行くなと命令したかつての自分について、作中で試す必要もあったと思われる。つまり、熱湯をかけることで、笑い顔を見なくて済むようになると同時に、顔に損傷を負った人と暮らしていくことができるか、それを作中で実験したかったのだと思う。

ところがそういう状態になってみると、今度は春琴の気が折れてきた。これでは実母のイメージとは離れる。そこで、それならば自分が見なければ良いということで、自分の眼をつぶす、つまり、イメージと合わないところは見ないで、後は思う存分自分の頭の中で理想の女性に作り上げるという選択をしたのだと思う。これが私の『春琴抄』に対する解釈である。

つまり、春琴の顔に熱湯を浴びせたのは、実行者が誰かは別としても、明らかに佐助の意志であるということは間違いないという結論に達した。

一方、『夢の浮橋』の「母」は、受難する前に次のような変化が出ている。

母は金遣ひが細かい方で、僅かな金銭の出入りにも気を配り、私達にも努めて冗費を省くやうに戒めてゐた。特に澤子に対しては監督が嚴しかつたので、台所の帳面を預かる彼女は相当に気を遣つた。母がますます色つやがよくなり、頤が二重頤になりかけ、これ以上太つたら醜くなると云ふ程度に肥えて来たのは、父の生前に比べて気苦労がなくなつた証拠と思へた。

金遣いに細かく、嫁に厳しいというのは、贅沢に育ち、千代夫人のことを気に入っていた母とイメージが離れる。このことで、この「母」を排除することにしたのだと思う。

もちろん、これだけの理由では実行できない。そこには武(=得三)との生活を夢見る糺がいるのだ。それに対する障害は排除する必要があるのである。これが私の『夢の浮橋』に対する解釈である。

つまり、実行したのは澤子だとしても、そのように仕向けたのは糺であるという結論に達した。

それを裏付けるものに、次の文章がある。

その後考へるところがあつて、去年の春妻を離別した。その際妻の実家からいろいろ面倒な条件を持ち出されたのを、結局先方の云ふがまゝに承諾せざるを得なかつたいきさつは、あまり面白くもない事件だから書き記す気にもならない。

糺が作中で主張するように澤子が犯人だとしたら、この一文は入るべくもないのだ。

現実には、松子夫人およびその一族と別れることはもちろん出来なかったが、この小説の最後の一連の文章が印象に残る。少し長くなるが引用したい。

そして黒田村の芹生にゐた武を、當人もなかなか帰りたがらず、里親も離したがらないのを強いて連れ戻して、一緒に暮らすことにした。私は又、故郷の長濱で安らかな余生を送つてゐる今年六十五歳の乳母に、せめて武が十ぐらゐになるまで面倒を見てくれるやうに頼んだところ、まだ幸ひに腰も曲らず、孫子(まごこ)の世話をしてゐた彼女は、「さう云ふことなら、もう一度ちつさいぼんちやんのお相手をさせて戴きませう」と、お神輿(みこし)を上げて出て来てくれた。武の歳は今年七歳、当座はなかなか私や乳母になついてくれなかつたが、今では事情を理解してすつかり親しみ深くなつた。武は来年小学校の一年生になる。私に取つて何よりも嬉しいのは、武の顔が母にそつくりなことである。のみならず、母のあの鷹揚な、物にこせつかない性分を、どうやらこの児も受け継いでゐるらしいことである。私は二度と妻を娶る意志はなく、母の形見の武と共にこの先長く暮らして行きたいと考へてゐる。私は幼にして生母に死なれ、やゝ長じては父と継母にさへ死なれて、淋しい思ひをさせられたので、せめて武が一人前になるまでは生きながらへて、この弟にだけはあのやうな思ひをさせたくないと願ふのである。

登場人物を現実の人に当てはめてみると、頭の中では何をしたかったのかが浮かんでこないだろうか。ちなみに乳母は、当初糺の手記が書かれた頃には故人になっている設定だったのだが、最後で武の面倒を見る人が必要になり復活したということが、『われよりほかに―谷崎潤一郎最後の十二年』に書かれている。

2 件のコメント »

  1. 『夢の浮橋』の「母」の変化については、『谷崎潤一郎=渡辺千萬子往復書簡 』も合わせて読まれることをお薦めします。
    この中で千萬子さんは松子夫人のことを「経済ノイローゼ」と評しています。

    また、谷崎が作品執筆中に松子夫人の姿が見えることを極端に恐れたという話は結構有名ですが、『春琴抄』に対する解釈で、この理由は説明がつくのではないかと思います。


    コメント by みよこ — 2009 年 12 月 13 日 @ 7:49 AM

  2. なお、顔の損傷実験については、『本牧夜話』の中で千代夫人に対しても行っています。
    この場合は事故で夫婦共に硫酸を浴びることになるのですが、その後の夫婦がどうなるかについて作中でシミュレーションしています。


    コメント by みよこ — 2009 年 12 月 13 日 @ 8:26 AM

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