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2009 年 7 月 19 日

その419 『恋を知る頃』

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 6:02 AM

久しぶりに谷崎のことを書きたい。

この作品は、大正2年に発表された戯曲で、大店のだんながお妾に生ませた子が、まずは奉公人として本家に入り、異母弟を自らの欲望のために奉公人である恋人と共謀してあやめるという話である。異母弟はどうしようもなくわがままな子供なのだが、この異母姉に一目ぼれをしてしまい、彼女の魂胆をうすうす知りながら、進んで彼女の罠にかかることになる。

この作品を書いているときに谷崎が頭に浮かべていたのは、偕楽園の女中さんだったそうだが、もしかしたらお寿美さん(幼少時の叔父の彼女)のことが影響していたのかもしれないということが『幼少時代』に書かれている。

だが、それよりもこの作品を読んで印象に残ったのは、幼少時の谷崎そのものの少年伸太郎に対する乳母と母との位置関係である。これは本家で暮らしていた時の乳母と母を映しているように思う。
伸太郎がどんなにわがままを言っても動じず、それに対して更に興奮した伸太郎が、乳母に火熨斗を当てようとしたときには「これで火傷をしたら、あやは死んでしまいますよ」と言っていさめ、これを聞いた伸太郎は大声で泣いてしまう。
このように密接に接しながら伸太郎の暴力から他の奉公人を守り、一方で他の奉公人含むいろいろな人間から伸太郎を守っている乳母と、普段は奥にいて、あまり伸太郎のわがままが過ぎてうるさかったりすると出てくる母、そんな図が見えてくるのだ。

そこで思い浮かべるのが千代夫人のことである。
よく、谷崎は千代夫人に母を重ねてしまったために夫婦としてうまくいかなくなってしまったと言われるのだが、それは母ではなく乳母だろうと思うのだ。
時に女を感じてしまうほど美しく、それを意識するくらい普段あまりそばにいなかった母をイメージしたのならば、かえってインセストタブーは働かなかっただろう。朝から晩まで常に一緒にいて、どんなにわがままを言っても彼のことを誰よりも大切にしていた乳母と重ねてしまったからこそインセストタブーが働いたのだろうと私は思う。

だからこそ、小田原事件では千代夫人を手放せなかった。
翻意の理由を、千代夫人の妹であるせい子さんとの結婚が叶わず、そのまま千代夫人と別れてしまったらせい子さんとも会えなくなってしまうからだろうとする説もあるのだが、私からすれば、それは逆だろうと思うのである。
女性として愛して欲しいという千代夫人の希望に添えない自分に負い目があるため、千代夫人には幸せになってもらいたい。それなら千代夫人の義弟になって、そんな負い目を持たずに千代夫人と交際していければと思ったのがではないかと思うのだ。それができないのならば、とても千代夫人と別れることなどできないということだ。

同じことが和田青年との時にも起こった。
和田青年と不倫に堕ちてしまった千代夫人とはもう夫婦ではいられない。でも、千代夫人とは今後も交際していきたいので、和田青年との結婚を自ら取りまとめた。だが、たとえ自らが取りまとめたとしても和田青年と結婚するのでは、いずれ谷崎は千代夫人を完全に失うことになる。だから土壇場で壊しにかかった。
一方、その少し前、谷崎と佐藤春夫が和解した時には、千代夫人と佐藤春夫の間には友情が成立していた。谷崎はこの友情に嫉妬したのではないだろうか。自分が千代夫人と友人になりたいと。だから今度こそは千代夫人を佐藤春夫にもらってもらおうと頑張ったのではないかと思うのだ。
結局、その後の松子夫人との結婚により、佐藤家と直接交際を続けることはできなくなったが、千代夫人を慕う谷崎の末弟終平さんがその後も千代夫人が亡くなるまで千代夫人を追い続け、千代夫人に迷惑がられながらも時には兄に対する要望の取次ぎを頼んだ行動には、谷崎の意志も含まれていたのではないかと、私は勝手に思っている。

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