この作品は、『愛すればこそ』の翌年、大正12年1月号の『改造』で発表された。この作品の中には既に佐藤春夫はいない(読者は佐藤春夫を頭に浮かべていただろうが)。登場するモデルは、谷崎、千代夫人、せい子さん、それから女性にモテるけど生活力がないらしい男性である。
ちなみに谷崎一家と和田青年が初めて出会うのは、この年の8月なので、この作品の執筆時点ではまだ和田青年とは出会っていないことになる。
物語は、主人公である梅沢要次郎が、情婦と結婚するため、友人の小倉と自分の財産を報酬にして次のような契約を結ぶところから始まる。
先ず第一に、お杉を説きつけて、僕と離縁することを承諾させる。
第二に君は日頃の色魔たる手腕を以って、お杉を誘惑し、彼女と肉体的関係を結ぶことに成功すること。
第三に、その結果として少なくとも当分の間、君は彼女と正式に結婚すること。そうして世間には、君が僕の妻を誘惑して横取りした、という印象を与えるようにすること。
ちなみに、第三には、「ここが一番重要なんだよ。」というセリフも入る。
どうだろう。これまでラブレターズを読んでこられた方や小田原事件から細君譲渡事件について興味のある方ならムムッ? と思うのではないだろうか。
和田青年と千代夫人との恋愛については、谷崎がそのように仕向けたという説がある。実際、初めて出会った後の和田青年の現れ方は不自然といえばいえる。例の負い目があるので、そんな画策もありえないことではない。
なぜそれほど谷崎が負い目に感じるか。
そこには父への複雑な感情が横たわっているのではないかと私は思っている。
谷崎の父は商売が下手で、母の父、つまり谷崎の祖父から任された商売をことごとくつぶしてしまった。そのため、谷崎家は大変な窮乏を強いられたからだ。
その表れの1つが、同じように家業をつぶした松子夫人の前夫から、松子夫人とその姉妹を結果的に奪い、なおかつ彼を非常に憎んでいたことである。このような松子夫人の前夫に対する感情については晩年に自らのエッセイで書いており、しかも、その中には、その贅沢な姉妹を引き取ると大変なことになると人から忠告されたにも拘らず、それを強行したことも書かれている。つまり、贅沢に育った母を苦労させた父への対抗心もあって、あえて苦難の道を選んだのではないかと思うのだ。
そんな父なのに、末、終平という子供が生まれるくらい、夫婦の関係はうまく行っていたため、その点で妻に不満を言われるというのは、谷崎としてはかなりつらいことだったのではないかと思うのだ。
しかしその一方、千代夫人がそう簡単に谷崎を裏切るとは思っていなかったことも確かだろう。千代夫人の裏切りに衝撃を受けたことを示しているのが、その403でも触れた『白日夢』(谷崎潤一郎文庫 第二巻 谷崎潤一郎全集 第十一巻)である。
現実には和田青年の情熱は高まり、結婚の話も進んだ。しかし、この結婚話は不可解な形で壊れた。そのあたりの疑問についてはこれまでもラブレターズで書いているが、今回この作品を読んで、それが確信に変わった。
つまり、和田青年と千代夫人との結婚が決まったと佐藤春夫に手紙を出した時には、明らかに佐藤春夫が壊してくれることを確信していたということである。
なぜかといえば、この作品は、小田原事件のことを題材にして谷崎と佐藤春夫が作品の発表合戦をしている真っ只中のものであり、佐藤春夫がこの作品を読んでいないわけがないからである。
その399に引用している通り、この手紙で谷崎は佐藤春夫を家に呼んでいる。当然千代夫人は佐藤春夫に相談するし、佐藤春夫もどういうことかと問い詰める。すかさずそれを終平さんが東京にいる和田青年にご注進。和田青年が怒り、話はオジャンという結果になった。つまり、利害の一致している谷崎と終平さんの連携プレーなのだ。
終平さんがその後もどこまでも千代夫人を追いかけて、時には千代夫人に迷惑がられながらも谷崎への要望の取次ぎをお願いしていたということは前にも書いたが、終平さんは和田青年(後の大坪砂男)のところにも、彼が亡くなるまで定期的に現れていることが瀬戸内寂聴著『つれなかりせばなかなかに―文豪谷崎の「妻譲渡事件」の真相』に書かれている。しかもこれまた多少迷惑がられながらだ。これはいったい何を意味するのだろう。そして千代夫人の死後、終平さんによってこの恋愛事件が世の中に発表されたのだ。
物語に戻るが、その後計画はうまく行き、主人公も情婦と結婚する。しかしその後元妻の危機を知った主人公が取った行動は……。
この結末には、谷崎の中でのせい子さんの位置がにじみ出ている。それに対して、千代夫人を危機から救うためなら自分の命さえも投げ出せるということが、この時点でのシミュレーションの結果だった。
この作品は、大正10年12月に第一幕を、大正11年1月に第二幕、第三幕が発表された戯曲である。大正10年は、1月に小田原事件があり谷崎と佐藤春夫の間で激しい手紙の往復の後絶交し、お互いにこの事件を題材にした作品を発表し合っていた時期である。
内容は、悪人を自認し妻を虐待しているにも関わらず、いざ別れると言われると泣いてすがる男と、夫に虐待されながらも別れられない女、そういう彼女を愛している高潔な人格を自認する男の間で繰り広げられる人間模様である。
それぞれの登場人物が誰をモデルにしているかは一目瞭然だが、それを一般にわかりやすいように、今日のいわゆる“だめんず”に尽くすような設定にした上で、それぞれの性格を突き詰めたらどういうことになるかをシミュレーションしているような作品である。
この作品は、タイトルの良さもあって当時大ヒットしたそうだが、この作品以外にもこの時期の谷崎はこのような戯曲を立て続けに書いている。自分の意見をあえて書かず、登場人物に語らせていくことでことのなりゆきをシミュレーションしていくのにこの形式が向いているということもあったのかもしれない。
それにしてもこの作品、登場人物がそれぞれウニウニしていてじれったくなることこのうえないのだが、それでも、思わずどこかの国まで思い浮かべてしまうようなセリフも登場する。たとえば高潔な人格を自認している男の次のようなセリフだ。
「山田君は僕に勝ちました。なぜ勝ったかといえば、僕より悪人だったからです。山田君は自分の悪をどしどし募らせて、そしてその悪であなたの同情を買って行きます。悪いことをすればするほど、一層シッカリとあなたの愛をせしめて行きます。───僕は山田君の持っている悪という武器を、つくづく羨まずにはいられませんよ。」
一方、こういうセリフも登場する。
「あの人は悪い人ですし、始終嘘ばかりつきますけれど、その嘘の中にほんとうのことがあるように思います。山田は自分では嘘をつく気で、ほんとうのことを云っている時があるのでございます。私にはそれが悲しゅうございます。ほんとうのことを云うにしても、嘘のつもりでなきりゃ云えないような、山田という人が可愛そうでございます、……」
まったくその通りで、これまでいろいろ読んできて、谷崎にはそういうところが確かにあるように思う。
ところで、この作品は戯曲なので、最初に登場人物の名前が出てくるのだが、これを見て何か思い出さないだろうか。
橋本牧子 ある高官の未亡人
圭 之 助 牧子の長男
澄 子 圭之助の妹
三好数馬 圭之助の友人
山田礼二 澄子と同棲している男
秀 子 ある小劇場の女優
(以下略)
三好という名前は『細雪』にも登場する。妙子という姉妹の中の困ったちゃんが最後に落ち着いた誠実な相手だ。圭之助は澄子の兄なのだが、『細雪』の貞之助が義理の妹である妙子を心配しているように、圭之助は妹の澄子を心配している。義理と実の違いがあるが、立場的には似ている。『細雪』を書いた時、このあたりをどの程度意識していたのだろうか。
もう1つ気になる名前が「澄子」である。この役どころのモデルは言うまでもなく千代夫人だが、相手が落ちぶれても離れなかった、谷崎の叔父の彼女であるお寿美さんと共通するところでもある。
谷崎の乳母も谷崎の家が没落して、女中さんを雇えなくなっても彼女だけは亡くなるまで谷崎家を離れなかったし、松子夫人の妹である重子さんも、松子夫人の前夫の家に松子夫人、信子さんと共に住んでいたのだが、前夫の家が没落して、松子夫人も谷崎と同棲するようになっても、谷崎が「重子お嬢様をあのままあんなところに置いておくわけにはいかない」と主張して迎えに行くまでそこを動かなかった。
谷崎にとって、どうやら女性はセットで揃っていることが必要だったように思える。
叔父の妻と彼女については谷崎にとって二人で一人みたいなものだし、母と乳母も合わせて「母」だ。そう考えると、千代夫人とせい子さんは乳母と母、松子夫人と重子夫人には母と乳母というように、母と乳母それぞれのキャラクターを分割して割り当てていたように思える。晩年はそれが猫にも及び、双子の猫の片方をかわいがり、片方をいじめるという挙にも出ていたらしいが、これは、もしかしたら人間相手では問題が多いので猫に肩代わりさせたのかもしれない。
久しぶりに谷崎のことを書きたい。
この作品は、大正2年に発表された戯曲で、大店のだんながお妾に生ませた子が、まずは奉公人として本家に入り、異母弟を自らの欲望のために奉公人である恋人と共謀してあやめるという話である。異母弟はどうしようもなくわがままな子供なのだが、この異母姉に一目ぼれをしてしまい、彼女の魂胆をうすうす知りながら、進んで彼女の罠にかかることになる。
この作品を書いているときに谷崎が頭に浮かべていたのは、偕楽園の女中さんだったそうだが、もしかしたらお寿美さん(幼少時の叔父の彼女)のことが影響していたのかもしれないということが『幼少時代』に書かれている。
だが、それよりもこの作品を読んで印象に残ったのは、幼少時の谷崎そのものの少年伸太郎に対する乳母と母との位置関係である。これは本家で暮らしていた時の乳母と母を映しているように思う。
伸太郎がどんなにわがままを言っても動じず、それに対して更に興奮した伸太郎が、乳母に火熨斗を当てようとしたときには「これで火傷をしたら、あやは死んでしまいますよ」と言っていさめ、これを聞いた伸太郎は大声で泣いてしまう。
このように密接に接しながら伸太郎の暴力から他の奉公人を守り、一方で他の奉公人含むいろいろな人間から伸太郎を守っている乳母と、普段は奥にいて、あまり伸太郎のわがままが過ぎてうるさかったりすると出てくる母、そんな図が見えてくるのだ。
そこで思い浮かべるのが千代夫人のことである。
よく、谷崎は千代夫人に母を重ねてしまったために夫婦としてうまくいかなくなってしまったと言われるのだが、それは母ではなく乳母だろうと思うのだ。
時に女を感じてしまうほど美しく、それを意識するくらい普段あまりそばにいなかった母をイメージしたのならば、かえってインセストタブーは働かなかっただろう。朝から晩まで常に一緒にいて、どんなにわがままを言っても彼のことを誰よりも大切にしていた乳母と重ねてしまったからこそインセストタブーが働いたのだろうと私は思う。
だからこそ、小田原事件では千代夫人を手放せなかった。
翻意の理由を、千代夫人の妹であるせい子さんとの結婚が叶わず、そのまま千代夫人と別れてしまったらせい子さんとも会えなくなってしまうからだろうとする説もあるのだが、私からすれば、それは逆だろうと思うのである。
女性として愛して欲しいという千代夫人の希望に添えない自分に負い目があるため、千代夫人には幸せになってもらいたい。それなら千代夫人の義弟になって、そんな負い目を持たずに千代夫人と交際していければと思ったのがではないかと思うのだ。それができないのならば、とても千代夫人と別れることなどできないということだ。
同じことが和田青年との時にも起こった。
和田青年と不倫に堕ちてしまった千代夫人とはもう夫婦ではいられない。でも、千代夫人とは今後も交際していきたいので、和田青年との結婚を自ら取りまとめた。だが、たとえ自らが取りまとめたとしても和田青年と結婚するのでは、いずれ谷崎は千代夫人を完全に失うことになる。だから土壇場で壊しにかかった。
一方、その少し前、谷崎と佐藤春夫が和解した時には、千代夫人と佐藤春夫の間には友情が成立していた。谷崎はこの友情に嫉妬したのではないだろうか。自分が千代夫人と友人になりたいと。だから今度こそは千代夫人を佐藤春夫にもらってもらおうと頑張ったのではないかと思うのだ。
結局、その後の松子夫人との結婚により、佐藤家と直接交際を続けることはできなくなったが、千代夫人を慕う谷崎の末弟終平さんがその後も千代夫人が亡くなるまで千代夫人を追い続け、千代夫人に迷惑がられながらも時には兄に対する要望の取次ぎを頼んだ行動には、谷崎の意志も含まれていたのではないかと、私は勝手に思っている。
きのうは人見記念講堂ライブだったというのに今頃なのだが、6月21日のコンサートについて書いておきたいと思う(といってももううろ覚えだなぁ(^^;)。きのうのコンサートは抽選に当たらなかったので残念ながら行けなかった(T_T)
この日はコンサートの前に東京駅のドンピエール エクスプレスカレーでお食事。マサノリは特製ビーフカレー、私は安心野菜カレーにした。
でも、ここはホワイトカレーが有名なのね。どういうものかいまいち不安で頼まなかったけど、後で説明を読んだら、ホワイトソースに青唐辛子ということで、それにすればよかったと思ったわ(^^; 今度また機会があったらぜひホワイトカレーを食したいと思う。
この日のコンサートは早めの時間に始まったので、時計が何時を示すのか確認。どうやらスタート時の時間はリアルタイムではなく、夜始まりを想定しての時間設定のようだ。でも、ラストはリアルタイムだったような気がする。
例のコッパズカシイやつでは、「神田川」が出てきた。そういえば横浜のときも、「神田川」を歌うつもりが「岬めぐり」になってしまったような感じだったな。
ご当地ワードは何だっただろうか。ううっ、忘れている(^^;
田中さんへの、「奥さんと一緒で嫌じゃない?」という質問には、「そんなことありませんよ。もう慣れました」になった。
この日のMCで特に印象に残ったのは、「私のいないところでピンクレディーと言われているらしい」から始まるダイエットネタ。体力を落とさないダイエットの本、本当に出たらいいな。
その衣装についてもいろいろ工夫をしたことが語られていたけど、そういえばこの日の衣装は、裾の房というか、すだれというかが長くなっていた。スカートは超ミニのまま少し露出を調節という感じだろうか。
コンサートの後、ロビーで何人かの方と遭遇。時間が早いので、めずらしくマサノリもちょっと余韻に浸ってもよいという雰囲気だったが、残念ながら私の方が都合が悪く、またしても真っ直ぐの帰宅となった(T_T)
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正解
「瞳はダイアモンド」 7名 正解された方は結構いらっしゃったのですが…。正解された方はぜひ思い入れや感想等を下さいね(^^)
その他の回答
「白い朝まで」 3名 確かに。こっちの方がしっくりくるかもしれませんね。
ヒントの表示 4名
※ここで表示した○名という数字は、スペルの書き換え等のために続けて回答された分を差し引いた数字です。
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2009年06月 瞳はダイアモンド
歌詞情報:瞳はダイアモンド 松任谷由実 歌詞情報 - goo 音楽
アルバム:Yuming Compositions:FACES
たっき~さん
やはり聖子ちゃんの曲のイメージが強いですね。
ちょっと悲しい内容なのに詞の比喩が秀逸なのと
メロディとのギャップが実に面白い作品だと思いました。
キャサリンさん
これしかないわな。
みよこの思い入れ
絵が画ければ、相合傘から飛び出した彼女が、上を向いて幾千もの雨の矢を浴びている様子を画きたかったのだけど、哀しいかな絵が苦手なので、2番の歌詞をイメージして素材を加工しました。
それにしても悲しい詞ですよね。いつ過去形に変わったの……、胸に響きます。