その404 『卍』と『捨てられる迄』、そして『細雪』(その7)
その6を書いたときまだ途中だった、『黒白』を読み終わった。この作品は、主人公である作家が「人を殺すまで」という作品を書いている途中で、モデルに使った人物の実名を誤って書いてしまったことで、そのモデルが実際に被害に遭う可能性に気づいたところから話が転がっていく。その場合、確実に主人公である作家が疑われるということで、それを回避するために、続編である「「人を殺すまで」を書いた男が殺されるまで」を書こうとするのだが…というお話だ。
結局、続編は間に合わず、予想通りに事件が起き、予想通り主人公が取り調べられ、そこで彼がわざわざ饅頭怖いよろしく自分は痛さに極度に弱いから、拷問などされたらあることないことしゃべってしまうかもしれないなどと言うことによって、自らその方向に飛び込んでいってしまうというところでこの小説は中断している。中断だが、もうこの時点で真犯人が誰か、他の人間ではありえないくらいわかるし、ちょうど主人公のマゾヒストらしいところが出たところで、その続きを書く意味がなくなってしまったのかもしれない。
この作品がまた、主人公の作品のファンによって追い詰められ、最後は破滅させられるというところが『捨てられる迄』とよく似ている。『白日夢』(谷崎潤一郎文庫 第二巻 谷崎潤一郎全集 第十一巻)で、昔、従兄弟の妻と恋をした頃を思い出し、芥川との論争のきっかけになった『日本に於けるクリップン事件』では『捨てられる迄』の後に書かれた『饒太郎』と同じように、マゾヒストの心理について力説している。大正13年から連載された『痴人の愛』でどうしようもなく広まってしまい、しかも自分の妻にまで信じられてしまった谷崎の女性の好みに対する「誤解」を解きたいという心理が働いたのかもしれない。
『白日夢』『日本に於けるクリップン事件』と読み進み、『黒白』を読んで、『卍』は芥川の死と関係があるという仮説が確信に変わっていった。谷崎が、芥川の死を自分の中で消化するために『黒白』と『卍』の2作が必要だったのだと(何しろ谷崎との論争の最中に、しかも谷崎の誕生日の朝に芥川は自殺している)。
よく、『卍』と『蓼喰う虫』は双子の作品と言われる。確かに、完成した作品だけを見て、和田青年とのことをキーにすればこの2作が双子になる。しかし、『卍』は『黒白』と同時に昭和3年3月から発表されたのである。私は、『卍』は、『黒白』の中で描かれる、ある人間がある意図を持って誰かを死に追いやる作品をイメージして書かれた、まさに『黒白』とセットの作品なのだと思う。
『卍』は、何らかの事情で自殺をしたい徳光光子が、何の関係もないけどどうやら自分のことを好きだと思っているらしい柿内園子、およびその夫を心中に巻き込もうと画策し、結果、園子には自分の生きた証を預け、園子の夫と心中するという結果で終わっている。何らかの事情で自殺をしたいというのは私の想像だが、最後、無理やり心中へ持っていったのは、明らかに光子なのである。
芥川との論争は、谷崎が『日本に於けるクリップン事件』で次のように書いたことから始まった。谷崎が本来注意を留めて欲しかっただろう部分、筆の勢いなのに芥川に取り上げられてしまった部分を合わせて引用する。
私は讀者諸君に向つて、此の事に注意を促したい。と云ふのは、マゾヒストは女性に虐待されることを喜ぶけれども、その喜びは何處までも肉體的、官能的のものであつて、毫末も精神的の要素を含まない。人或は云はん、ではマゾヒストは單に心で輕蔑され、翻弄されたゞけでは快感を覺えないの乎。手を以て打たれ、足を以て蹴られなければ嬉しくないの乎と。それは勿論さうとは限らない。しかしながら、心で輕蔑されると云つても、實のところはさう云う關係を假に拵へ、恰もそれを事實である如く空想して喜ぶのであつて、云ひ換へれば一種の芝居、狂言に過ぎない。何人と雖、眞に尊敬に値ひする女、心から彼を軽蔑する程高貴な女なら、全然彼を相手にする筈がないことを知つてゐるだらう。つまりマゾヒストは實際に女の奴隷になるのではなく、さう見えるのを喜ぶのである。見える以上に、ほんたうに奴隷にされたらば、彼等は迷惑するのである。故に彼等は利己主義者であつて、たま〳〵狂言に深入りをし過ぎ、誤つて死ぬことはあらうけれども、自ら進んで、殉教者の如く女の前に身命を投げ出すことは絶對にない。彼等の享樂する快感は、間接又は直接に官能を刺戟する結果で、精神的の何物でもない。彼等は彼等の妻や情婦を女神の如く崇拝し、暴君の如く仰ぎ見てゐるやうであつて、その眞相は彼等の特殊な愉悦を與ふる一つの人形、一つの器具としてゐるのである。人形であり器具であるからして、飽きの來ることも當然であり、より良き人形、より良き器具に出偶つた場合には、その方を使ひたくなるでもあらう。芝居や狂言はいつも同じ所作を演じたのでは面白くない。絶えず新奇な筋を仕組み、俳優を變へ、目先を變へて、やつて見たい氣にもなるであらう。
芥川は、この最後の、「絶えず新奇な筋を仕組み、俳優を變へ、目先を變へて」というところに反応した。志賀直哉の『暗夜行路』を読んでから、それまでの自らの作風を後悔していた芥川は、ここに谷崎批判の最初の一声を上げるのである。
実際芥川は、その後一生懸命志賀直哉風の心境小説を書いていたようだ。そして確かに当時の谷崎は『痴人の愛』が成功した以外、随分長いことスランプに陥っていた。この当時の谷崎は、まだ自分の中にある理想の女性像の原点を認識できておらず、自分が理想としている女性像を見つけられていなかったのかもしれない。それを感じた芥川が、谷崎が作品を書く精神について、芥川が自分に引き寄せて「材料を生かす為の詩的精神がない」と指摘したのが、『文芸的な、あまりに文芸的な』である。
ところが、その第1回の谷崎への文章を読んでいると、谷崎を挟んで佐藤春夫に対するやきもちまでほの見えてくる。
それを読み取ったからなのだろうか、昭和2年3月、佐藤夫妻と谷崎夫妻と芥川の5人で芝居見物をし、その帰りに谷崎と芥川の2人だけで大阪の旅館に泊まっている(『当世鹿もどき』では、なぜかそれを大正15年末のことと書いている。しかも2度も。その時期を、どうしても論争と結び付けたくない意識が働いたのかもしれない。)。
さて、ここからは私の推測なのだが、この時、芥川は谷崎とできれば心中したいと思っていたのではないだろうか。この時、芥川はダンスホールに行く谷崎のタキシードか何かのボタンを、谷崎の前に膝をついて嵌めてあげる等、尋常ではない行動をとっている。だから、芥川のファンだった松子夫人が芥川に会いに来たいと言っていることを知った谷崎が、気の進まない芥川に対して一緒に会ってくれよと口説いたのに対して
「少し馬鹿々々しいやうな氣がするな」
と言っていたのかもしれない。
結局この出会いにより、芥川が谷崎に言いたかった、当時の谷崎の不足な点が埋められることになった。晩年、谷崎が『当世鹿もどき』で改めて「芥川龍之介が結ぶの神」としてこのことをあえて取り上げる気になった理由がわかる気がする。







