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2008 年 11 月 20 日

その402 『卍』と『捨てられる迄』、そして『細雪』(その5)

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 2:27 PM

『卍』は、雑誌「改造」に昭和3年3月から断続的に連載され、5年4月で終わった。その間、確認している範囲で4年6月と4年11月に休載されているので、計24回ということになる。
新潮文庫版を見ると、その33で終わっている。ということは、1号に1~2話ということになる。江田治江さんが助手を引き受けたときには、少ししか進んでいなかったという証言があるので、当初は1号1話だっただろう。そして、江田さんが助手を担当したのが4年の2月号からなので、『卍』の連載が始まってから12号目からということになる。

ところで、昭和4年2月には、松子夫人の夫、根津清太郎氏が、松子夫人の実妹信子さんと駆落ちしている。1月に松子夫人が恵美子さんを産んだばかりの時である。
その九、その十では、綿貫と光子が宿屋で着物を盗まれるという事件が起こり、園子が光子と揃いの着物を届けるという事件が起きている。もしかしたらこの件も参考にされているかと思ったが、んー、少し時期がずれているか。
でも、駆落ちをする前に、ここまで行かなくても、松子夫人がこの2人のことを知らざるを得ない事件が起こっていたとしたら、それをその九~その十へ続く事件の参考にしたということもありえる。
これに続いて、今度は光子の妊娠事件が起こる。これは、結局光子による狂言ということになるのだが、このリアリィーは何だ。もしかしたらここでは千代夫人の妊娠・中絶騒動が、ある程度そのまま写し取られたのかもしれない。ただ、今の感覚からすると随分と乱暴なと思える表現があるが、当時の闇で堕ろさざるを得ない社会状況と、結局光子の狂言であるということを考慮しての表現と思えば納得はいく。

綿貫の容姿は前にも書いた通り、和田青年に思える。
そこでよーく名前を見てみると、苗字は和田青年で、それに松子夫人の夫、根津清太郎の清太郎と、和田青年の六郎、ほんの少し、谷崎の弟精二が組み合わさったような名前である。細江光著『谷崎潤一郎―深層のレトリック』によると、この当時、谷崎は千代夫人に母を重ねていたということなので、和田青年は「母」の恋人、松子夫人にはお嬢様育ちの母のイメージを重ねていたと思われるので、根津清太郎氏は「母」の夫、谷崎の弟精二は、実母に一番可愛がられていたということなので、この3人の共通点は、「自分に向けられるべき母の愛情を横取りする人」ということになる。単純に、当時の谷崎を苦しめていた人間を集めたともいえるが(^^;

この綿貫が、だんだん悪役化していく。もしかしたら実際に証文がどうのこうのに近いこともあったのかもしれない。佐藤春夫への手紙の中にある君を呼んだためニどうなつたかうなな(ママ)つたと、あとで文句が出てハ困るを読むと、特にそう思う。実際、弟精二とはこの当時、親類の借金のことで証文がどうのこうのというやりとりをしているので、そのこともあって証文という表現を使ったとも考えられる。
しかし、「百%安全なるステッキ・ボーイ」という悪口はひどい。これは、その頃にはこのキャラクターにその当時の谷崎自身を埋め込んできた結果だと思われるが、東京にいる和田青年にはこれがどう映るだろうか。何しろ容姿は自分だ。和田青年を知る周囲の人間にも、たぶん登場時からこのモデルは和田だと思われていただろう。いくら小説の中のことだと言っても、これが自分に対する中傷と受け取らないとは限らない。
実際、和田青年は、谷崎家から京都に陶芸の勉強に通っていたという経緯がある。園子と光子が通っていた技芸学校と重ねると、千代夫人に会う口実もあるとしても、一言何か言いたくなったかもしれない。

ちなみに、ステッキ・ボーイというのは、新潮文庫版の解説によると、ステッキ・ガールという、当時東京の銀座に出現した新しい風俗で、散歩の際、ステッキ代りに同伴する代わりに一定の料金を取る女性の男性版として造られた言葉だそうである。
ここでは、アクセサリー代わりに連れて歩け、しかも一定以上の関係になることは百%ないという意味だろう。

ところで、千代夫人に母を重ねているという件についてだが、宮本徳蔵著『潤一郎ごのみ』を読んでいたら、昭和7年に書かれた谷崎の『正宗白鳥氏の批評を読んで』という文章から次のような引用を見つけた。

私の近頃の一つの願ひは、封建時代の日本の女性の心理を、近代的解釈を施すことなく、昔のままに再現して、而も近代人の感情と理解に訴へるやうに描き出すことである。女大学流の道徳や倫理を信じそれに縛られてゐる一人の女性を、眞に生かして書いてみたいのであるが、何事にも慎み深く、感情を殺すことばかり馴らされて生活し、夫以外の男子にはめつたに顔を見せなかつた往時の女子を主人公として、その微妙な心の動きを写し出すことは容易ではない。見かけは貞女のやうな女にも、形に表れない不倫な恋があつたであらうし、嫉妬、憎悪、残虐、その他いろいろな背徳な感情のかげが淡く胸中を去來したのであらうが、それらを少しも外に出さないで、内部でばかり生きてゐたさう云う女を、彷彿と浮かび上がらせることは極めてむづかしい。

これは松子夫人の妹で、後の『細雪』の主人公雪子のモデルである重子夫人を思い浮かべて書いていると思われるが、途中に現れる「形に表れない不倫な恋があつたであらうし」というのは、まさに若く美しかった頃の母をイメージしているのだろう。谷崎にとって幼馴染である笹沼源之助氏と並んで善人の代表だった千代夫人が和田青年との不倫に堕ちたことにより、千代夫人を、若くて美しかった頃の母に重ねたということも、確かに考えられる。(その6に続く)

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