その400 『卍』と『捨てられる迄』、そして『細雪』(その3)
その2を書いてから網野菊についてさらに調べていたのだが、なかなか情報が集まらない。これは全集を調べるしかないと思うが、とりあえずその後わかった情報は、次の通りである。
母校(日本女子大学)で教師をしていた時に、夏休みを利用して友人と福島県の温泉に出かけたが、帰る途中で関東大震災に遭い、東京に入れないため、友人の出身地である京都に行った。その時に、今期の思い出にと当時京都に住んでいた志賀直哉を訪ね、『光子』の原稿を置いてきた。
京都出身の友人というのは、湯浅芳子と思われる。
谷崎家に呼ばれたとき、湯浅芳子は中条(宮本)百合子とソ連に行っていたが、網野菊は湯浅芳子と中条百合子両方と友人であるため、この2人のことについても詳しく知っていた。
ということである。谷崎が網野菊の作品によって彼女に親近感を持ったことと、志賀直哉の弟子であることもあったと思うが、この時の谷崎の取材の最も重要な点は、『卍』で描く女性同士の恋についてであることは間違いない。
また、中条百合子は湯浅芳子と出会って当時の夫と離婚した。その経緯については、大正13年に発表された中条百合子の小説『伸子』に書かれていることから、この詳しい経緯についても当然知りたかったと思われる。
したがって、柿内夫妻のベースは中条百合子とその夫と思われる。
しかし、この作品を書く際には別の人もイメージしていたように思う。
まず第一に柿内園子だが、このキャラクターは、私にはどうしても後に谷崎夫人になる根津松子夫人を当てはめているとしか思えない。最初は標準語で書かれていた『卍』がその後関西弁に変更されていった第一の原因はこれではないかと私は思う。
『卍』の中で柿内園子と夫との喧嘩で夫が言っている言葉に、「不良少女」とか「文学中毒」というものがあるが、もちろんこれは中条百合子にも当てはまったことだろうけれども、芥川龍之介に単身で会いに行った当時の松子夫人についても当てはまる。となると柿内氏については当時の松子夫人の夫である根津清太郎氏になるかと思うが、内容からして、この役柄には妹尾健太郎氏を当てているように思う。
では、徳光光子はどうだろう。先ほど柿内園子は松子夫人をイメージしていると書いたが、光子は女子学生でなければならない。そうなると、園子には松子夫人の他に、もう1人、もう少し若いモデルも必要になる。そこで白羽の矢が当たったのが江田(高木)治江ではないかと思うのだ。
この小説で最初に関西弁の助手をしていた武市遊亀子さんからの手紙によって江田治江さんに話が来たのだが、この時の文面には、貴女を含めて五人のお友達を誘ってと書かれている。これに驚いた江田さんは、武市さんと同クラスで既に大朝の社会部の記者をしており、谷崎のところにも出入りしている隅野滋子さんに相談したのだが、この時隅野さんは次のように答えている。
「そう! 心配するほどのことないよ。大丈夫。先生はねェ、若いお嬢様方にお酒をすすめて賑やかな雰囲気がお好きなのよ。中華料理の豪華な御馳走をして下さるわよ。行ってらっしゃい。テマコでもひっぱって行ったらどう。お酒のまされる覚悟だけはしてね」
ここでテマコと呼ばれているのが、谷崎の2番目の妻になる古川丁未子さんである。江田さんと丁未子さんが普段から仲が良いこともあるとは思うが、ここであえて隅野さんが「テマコ」と言ったのは、やはり偶然ではないように思うのだ。江田さんに誰かを誘ってという手紙を出せば、当然丁未子さんもついてくることは、容易に想像ができたと思うからだ。
当時の丁未子さんについて、『谷崎家の思い出』には次のように書かれている。
入学当時、あのかた、地方から出て来たらしいが、顔立ちの整った美しいかたね、という噂がたちまち学校中に拡がった。おさげ髪を首の辺に束ね、絣の長袖にグリーンの袴、白い鼻緒の麻裏草履が有名になる一要素でもあった。ところが最初の夏休みがすむと、俄然第一級のモダンガールに変身して現れた。当時ミーハー族のする、衿合わせを長いV字型にして袴を胸高にはいてという話は伝説のように聞かされていたが、二回英文に病を癒えて現れた時は普通の女子学生で、美人の病み上がりというものは、梨花風に靡く風情と言いたいほど痛々しかった。しかし骨細のきゃしゃな体に似ず、どこか芯の強いものは感じとれる人である。
徳光光子のイメージにピッタリである。このようなことから、この2人を園子と光子のモデルに加えたのではないかと私は思う。
この仮説を立てたとき、後に周囲のすべての人が反対する中、江田さんだけが谷崎と丁未子さんとの結婚に賛成したのは、『卍』の助手をしている中で、江田さんと谷崎の間で彼女に光子のイメージを与え続けていた結果なのではないかと思い当たった。それが、後に谷崎が彼女について江田さんに愚痴を言ったとき、本来ならそれをとりなさなければならないところを谷崎と一緒になって残念がった原因なのかもしれない。(その4に続く)







