その394 観念の坩堝にかき混ぜて
随分前になるが、ふるだぬきさんから日経の日曜版に載っている「彼らの第4コーナー」から、谷崎について書かれた分の第2回から第4回の記事をいただいた。
第2回は、『潤一郎ごのみ』の著者である宮本徳蔵氏の話を中心とした、谷崎の食に対するこだわりを中心に。第3回は、『われよりほかに―谷崎潤一郎最後の十二年』の著者である伊吹和子氏の話を中心に、谷崎の作品に対する姿勢について。第4回は、渡辺淳一氏や千葉俊二氏の話から、女性へのあくなき執着について書かれている。
この中で特に印象に残ったのは、第2回の宮本氏による
「谷崎は関西の食べ物を愛したが、東京・日本橋生まれで、根は江戸っ子」
「食べ物の原点は幼いころに蛎殻町の生家で食べた洋食。それもこってりと脂っぽいもの。永井荷風や志賀直哉が老いて痩せ衰えたのに対し、谷崎だけは太っていた。それが旺盛な創作意欲を生んだのでしょう」
という言葉と、第3回の伊吹氏による
「源氏も雨月物語も母恋いも食もすべてが先生の中に棲む魔物の栄養物。観念の坩堝にかき混ぜて出していた。学者とはまったく違う」
という言葉だ。
『夢の浮橋』について自分なりに解釈した今、これらの言葉は特に深く響いてくる。
特に伊吹氏の言葉は、『夢の浮橋』に登場する『アンナ・カレーニナ』を思い起こさせる。糺に読ませる本は何が良いか、谷崎が伊吹氏に相談した時に、谷崎が
そうだね、ドフトエフスキーは暗すぎるし……、アンナ・カレニナ、ああ、これがいい……とおっしゃった
と『われよりほかに―谷崎潤一郎最後の十二年』に書かれているが、『夢の浮橋』について一通り解釈した今、読書感想文のページにある『アンナ・カレーニナ』についての木村浩訳のあらすじと読書感想文を読むと、それだけでないのがわかる。『夢の浮橋』のサブストーリーとして、この名作の筋がうまく使われているように感じるのである。『われよりほかに―谷崎潤一郎最後の十二年』には、『夢の浮橋』執筆中、糺の2人の母の名前が変わったり、いろいろ変更があったことが書かれている。この作品を登場させることにより、話の筋をさらに膨らませていったのだろう。







