みよこの部屋 コメントページ

2008 年 9 月 24 日

その395 『幕末単身赴任 下級武士の食日記』

カテゴリー: グルメ・料理, 古典作品 — みよこ @ 1:52 AM

幕末単身赴任 下級武士の食日記谷崎が続いたので、ここでちょっとひと息。『谷崎潤一郎東京地図』がまだ中途半端になっているが、これはまた後でということで、今回は青木直己著『幕末単身赴任 下級武士の食日記』という、将軍家茂の時代に紀州藩の勤番として江戸に着任した酒井伴四郎という人の日記について、その食にスポットを当てて書かれた本について書いてみたいと思う。

この本に興味を持ったきっかけは、最近にわかにその170 2003年江戸古地図の旅へのアクセスが増えたことだ。その170は、2003年にBShiで「2003年江戸古地図の旅」というタイトルの番組が放送されたのを見ての感想だが、どうも最近この番組を再び放送したようなのだ。NHK番組表を見ると、9月1日らしい。

2003年の時の番組では、当時江戸で流行っていた江戸の地図を片手に、吹越満扮する伴四郎があちこち歩き回る様を放映していた。その時の番組の感想はその170 2003年江戸古地図の旅を読んでいただくとして、今回読んだ本は、江戸見物についての記述もあるのだが、それよりも、伴四郎の食事にスポットを当てて書かれている。

彼は、上司であり叔父様である、宇治田平三と、もう一人、大石直助という人と3人で勤番長屋で暮すことになるのだが、伴四郎はこの詳細な日記を残したくらい几帳面な性格なのに対し、叔父様はどうも大雑把な性格だったようで、その性格の違いから起こる行き違いも、本人は困りものなのだろうが、読んでいる方は面白い。
その一例を挙げると、

拾六文のにんじ(人参)を安ゆえ煮置き、ひさしく度に飯のさい(菜)にいたし候はんと煮候ところ、叔父様の飯のさいになり、大方喰われてしまい、予一度のさいにも足らぬ程になり

どういうことかというと、人参が安かったから煮ておいて、何回分かの食事のおかずにしようとしていたら、大方叔父様に食べられてしまったということだ。この後に、倹約をするために安いまとめて買ったのに、これでは損だという意味のことを書いている。ご飯はお昼にまとめて当番が炊くようなのだが、おかずはそれぞれらしい。で、伴四郎は自分のおかずのために人参を煮ていたのにこの有様で(^^;。叔父様の食欲については他にも度々書かれている。
さらに、

障子の代勘定いたし候ところ、叔父様は金弐朱銀の所にて勘定なされ、壱人前二百八十文になり候と仰せられ、予は銭所にて勘定いたし候はは、二百七十八文になり候と申候へは、左様なこまかいこと勘定できるものか、わずか二、三文のことすいた様にせよと大に腹立なられ候

障子の代金を割り勘にしたらしいのだが、叔父様は弐朱銀を基準に、伴四郎は日常使う銭で計算したところ、二文の差が出るということで、叔父様は伴四郎の細かさに怒ってしまった。

でも、叔父様と意見が合うことももちろんある。この3人は、衣紋についての故実を知り、その着用などをつかさどった役をしているのだが、五三郎という人が叔父様に衣紋道の本を2冊借りた。その時にその人が3人を菊見物に誘ったことから出かけることにしたのだが、その時のやりとりだ。

三人共参り候約束いたし帰り候、しばらくありて参候とて身拵にかかり候へは、予は米沢奥縞袴羽織も一番の着り大立派に也かし、直助は寝巻のままに行候と申ゆえ、叔父様は初て行所、ことに衣文方と申、少きわめても宜と申候えは(略)ぜひなく叔父様と予参り候へは、五三郎袴着て立出、また母人も裾長にて出、初て逢挨拶も済し

そりゃ、衣紋道の本を借りに来るくらいの人との初めての外出なのだから、おめかしは当然よね。平素大雑把な叔父様も、ここはビシッときめたようだ。
それにしても、「大立派」という表現がなんとも(^^) 得意気な表情が目に浮かぶ。伴四郎のこういうところは、他にもたびたび出て来る。

それから、紀州と江戸の食べ物の違いも面白い。お菓子についても、伴四郎は、饅頭はいただけないけど、餅菓子や団子は褒めている。実際、甘いものが好きなようで、特に牡丹餅は大好物だったようだ。

そういえば、元は紀州の藩主だった家茂もお菓子が好きで、そのためか虫歯だらけだったとか。そのあまり、脚気で亡くなったのだが、先代の将軍家定も脚気で亡くなり、家茂の妻である和宮も脚気で亡くなっているのよね。そうなると篤姫も脚気になりそうなものだけど、この人の場合は黒砂糖のものをよく食べていたのかもしれないわね。

そうそう。その170ではその優雅な生活ぶりにばかり目が行っていたが、この本では倹約ぶりがよく書かれている。かといってケチケチしているわけではなく、伴四郎という人は、倹約も楽しみながら、そして浮いたお金で時々贅沢をするという主義だったようだ。
とても合理的で、私としても意見が合いそうだけど、ちょっと細かそうなのはどうかしら。家庭での様子が知りたくなったわ(^^)

2008 年 9 月 12 日

その394 観念の坩堝にかき混ぜて

カテゴリー: ラブレターズ, 小説・作家 — みよこ @ 8:38 AM

随分前になるが、ふるだぬきさんから日経の日曜版に載っている「彼らの第4コーナー」から、谷崎について書かれた分の第2回から第4回の記事をいただいた。
第2回は、『潤一郎ごのみ』の著者である宮本徳蔵氏の話を中心とした、谷崎の食に対するこだわりを中心に。第3回は、『われよりほかに―谷崎潤一郎最後の十二年』の著者である伊吹和子氏の話を中心に、谷崎の作品に対する姿勢について。第4回は、渡辺淳一氏や千葉俊二氏の話から、女性へのあくなき執着について書かれている。

この中で特に印象に残ったのは、第2回の宮本氏による

「谷崎は関西の食べ物を愛したが、東京・日本橋生まれで、根は江戸っ子」

「食べ物の原点は幼いころに蛎殻町の生家で食べた洋食。それもこってりと脂っぽいもの。永井荷風や志賀直哉が老いて痩せ衰えたのに対し、谷崎だけは太っていた。それが旺盛な創作意欲を生んだのでしょう」

という言葉と、第3回の伊吹氏による

「源氏も雨月物語も母恋いも食もすべてが先生の中に棲む魔物の栄養物。観念の坩堝にかき混ぜて出していた。学者とはまったく違う」

という言葉だ。

『夢の浮橋』について自分なりに解釈した今、これらの言葉は特に深く響いてくる。
特に伊吹氏の言葉は、『夢の浮橋』に登場する『アンナ・カレーニナ』を思い起こさせる。糺に読ませる本は何が良いか、谷崎が伊吹氏に相談した時に、谷崎が

そうだね、ドフトエフスキーは暗すぎるし……、アンナ・カレニナ、ああ、これがいい……とおっしゃった

『われよりほかに―谷崎潤一郎最後の十二年』に書かれているが、『夢の浮橋』について一通り解釈した今、読書感想文のページにある『アンナ・カレーニナ』についての木村浩訳のあらすじと読書感想文を読むと、それだけでないのがわかる。『夢の浮橋』のサブストーリーとして、この名作の筋がうまく使われているように感じるのである。『われよりほかに―谷崎潤一郎最後の十二年』には、『夢の浮橋』執筆中、糺の2人の母の名前が変わったり、いろいろ変更があったことが書かれている。この作品を登場させることにより、話の筋をさらに膨らませていったのだろう。

2008 年 9 月 1 日

2008年08月 避暑地の出来事

カテゴリー: 思い出の壁紙 — みよこ @ 5:36 AM

避暑地の出来事

正解

「避暑地の出来事」 6名 タイトルとのギャップもあって、難しかったかもしれませんね。

ヒントの表示 5名

※ここで表示した○名という数字は、スペルの書き換え等のために続けて回答された分を差し引いた数字です。



2008年08月 避暑地の出来事

歌詞情報:避暑地の出来事 松任谷由実 歌詞情報 - goo 音楽

アルバム:14番目の月

tcさん

ふるだぬきさん

1976年の夏の伊勢丹CMソングでした。好きな曲です。

何年か前の「136人のイラスト」でこの曲のイラストをゲットできました。
トイレの飾ってます(^^;)

Dさん

にこごりさん

アップテンポで一番短い曲?

season colorsさん

今回は少し難しかったです・・・・・・。
大体の予測は出来たのですが・・・・。
タイトルが思い出せなかったですね・・・・・。

みよこの思い入れ

本当は、バルコニーでカンパリを飲みながらくつろいでいる主人公を描きたかったのですが、なかなか注文にはまるような素材が見つからなくて(^^;
それから、避暑地にヤシとは… という問題もありますよね。避暑地といえば、やはり軽井沢とか、そちらの方を思い浮かべます。
ただ、ユーミンの場合、どうも避暑地というと海のようなのですよね。夏のリゾートということでしょうか。
やはり「避暑地」という言葉が出てくる作品に「シーズンオフの心には」があるのですが、曲調がハワイアンです。この「避暑地の出来事」も超アップテンポで、わたし的には軽井沢のような避暑地のイメージではないんですよね。

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