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2008 年 8 月 30 日

その392 『夢の浮橋』みよこ的解釈(その3)

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 3:05 PM

その2でいったん止めようと思ったが、やはり最大の問題点である第2の母の死の問題を残したままにしておくのはということで、第2の母はなぜ死ななければならなかったかについて書いてみたい。そして最後に、やはり犯人がわからない状態でヒロインが受難する『春琴抄』についての解釈を少し加えて、『夢の浮橋』に対する現時点での私の解釈としたいと思う。

伊吹和子著『われよりほかに―谷崎潤一郎最後の十二年』によると、母の死は、最初から必須条件だったそうだ。そして、実際にその場面を書く段になると谷崎の苦悶は激しく、やめようと言ったことも一再ならずあったそうである。

谷崎の母は、丹毒で亡くなった。丹毒とは、皮膚の浅いところの化膿性炎症で、母はこれによって顔が腫れた。その後快方に向かたため、谷崎は、まさか亡くなるとは思わなかったそうだ。
そんな時、容態が急変した。谷崎は自分ばかりでなく、千代子夫人が母の看病に行くことも好まなかったが、昔かたぎの千代子夫人はそれでも母の看病に出かけた。そして、母の死に間に合った。ところが、その頃谷崎は伊香保で執筆していたため、母の死に間に合わなかった。
谷崎は、とうとう母に疎まれたまま、和解する機会を永遠に失った。

これが、谷崎に後々まで深い罪悪感と悪人意識を持たせ、さらに母に愛された千代子夫人に対する深い劣等感も植え付けたようだ。その後小田原事件までの間、谷崎はもういいよと言いたくなるくらい自分は悪人だ、真の悪人だと作中で言い続け、千代子夫人は作中で何度も受難することになる。もっとも、この谷崎自身の精神の必要から生じた犯罪小説が、江戸川乱歩に強い影響を与え、日本の推理小説の先駆けになったのは、谷崎にとっては意外な副産物だったかもしれない(この時期の谷崎の小説を読んでみたい方は、詳細Book検索「比較検討」――「谷崎 犯罪小説」の検索結果をご覧ください)。

この時、谷崎は自分のような悪人は、善人たる身内にあまり積極的に関わらない方が良いという意識を持ったのではないだろうか。身内に対する「はにかみ」には、この悪人意識が関わっているように思う。
自分の死が近くなり、自分の死後の身内の身の振り方を考えた際、この悪人意識から脱する必要を感じたのが、『夢の浮橋』執筆の最大の動機かもしれない。
それが、母の死の状況を再び作り、母を死なせたのが嫁とすることで、しつこい悪人意識から脱しようとしたのではないかと思うのである。

ここで、やはりヒロインが受難する『春琴抄』の話になるが、この小説で、春琴は何者かによって顔にお湯をかけられる。つまり、母のように顔が損傷するのだが、この作品が書かれたときは、松子夫人と暮らし始めたときだった。
『夢の浮橋』のことを考えているうちに、『春琴抄』は、昔の母を思い起こさせる松子夫人と暮らすに際し、とうとう自分を認めてくれなかった母と和解するために書かれたのではないかと思うに至った。

『幼少時代』に次のような記述がある。

たった一遍、私は母に厳しい折檻を受けたことがあった。(中略)金銭上のことではなかったし、他人というのも誰のことどあったか考えつかないが、とにかく私は、こればかりは意地でもいえない、あくまで強情を張り通そうと、最初から決心していた。私は母の前に呼びつけられて、畏まって坐ったまま、いくら聞かれても「知りません」を繰り返していたので、母も意地になって、長火鉢にかかっていた長五徳の鉄灸を一本外して、それで私の股(もも)の上を打った。その鉄灸は表面を銀色に研いた、鉄製の四、五寸ぐらいの棒であった。ばあやが止めに入ったことを覚えているから、十二、三の頃であったに違いないが、母はその時はばあやの執り成しを聴き入れなかった。打つといっても着物の上から加減して打ったのであるが、
「なぜいえないのだ、いえないというのが怪(おか)しいじゃないか、さあおいい、いわなけりゃ堪忍(かに)しないよ」
と母は私が「知りません」という度ごとに一つずつ打った。加減しながらではあったが、同じ所を何度も打つので、私はだんだん痛さが骨身(ほねみ)にこたえて来た。私は或る程度の抵抗をしようと思えばなし得たであろうし、逃げることも出来たはずだけれども、ただ声を挙げて泣き、理由はいわずに、「御免なさい、堪忍して下さい」とのみいいつづけた。

どうだろうか、春琴が佐助に稽古をつけているシーンを思い浮かべないだろうか。この春琴が顔を損傷し、それに対して佐助が自ら目をつぶすことで、この二人の間には幸せな世界が生まれたのである。

つまり、現時点の私の結論は、『春琴抄』は、意識の上で母と和解し、松子夫人と幸せになるために書き、『夢の浮橋』は、意識の上で母を殺した人間を他の人間とすることで罪悪感から逃れ、身内に関わる勇気を持とうとして書いたということになる。
そして、それに際しては、松子夫人等と自分の間にある仮想の親子関係から脱することが必要だったのではないかと思うのである。

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