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2008 年 8 月 8 日

その390 『夢の浮橋』みよこ的解釈(その1)

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 4:14 AM

『夢の浮橋』についてはこれまでもこだわって書いてきたが、ここでいったんまとめてみたいと思う。
『幼少時代』を読んで、今まで気づかなかったことが多く見つかり、これがこの作品を解釈する上で、どうしても引っかかっていた部分を解き明かしてくれたからだ。

私が読んだ、岩波文庫版『幼少時代』には、『私の「幼少時代」について』という随筆も掲載されているのだが、そこに、このようなことが書いてある。

それにつけて思うことは、自分が小説家として今日までに成し遂げた仕事は、従来考えていたよりも一層多く、自分の幼少時代の環境に負うところがあるのではあるまいか、ということである。
(中略)
そういう訳で、「幼少時代」は私の懐旧談であるには違いないが、そこには単なる懐旧談以上のものが含まれていることも事実である。それは、明治十年代に東京の下町に生れ、その時代の東京が持っていた種々なる文化や風俗習慣の下に育(はぐく)まれ、やがてそれを土台として後に小説家になったひとりの町人の子の生い立ちの記である、と、いい直した方がより適切であるといえよう。

誠にその通りだった。

『夢の浮橋』は、昭和34年に書かれた、京都にある「後の潺湲亭(現・石村亭)」を舞台に書かれた小説だが、この作品は、想像以上に谷崎の幼い頃を反映していた。というより、そのまま書いていたとさえ思える。
谷崎が比較的行き当たりばったりの形で小説を書くということは、谷崎の晩年に秘書をしていた伊吹和子氏がその著書『われよりほかに』で書かれているが、その伊吹氏の口述筆記によって、初めて書かれた小説が、この作品である。

伊吹氏は、『われよりほかに』でこの作品を、谷崎が自分の作品の源泉を松子夫人と重子夫人の2人から、千萬子さんへと移そうとして失敗した作品だと書いている。それに対して私は、その351でかなり反発している。以下、その351から少し引用してみよう。

『夢の浮橋』の最初の母と2番目の母が姉妹であることは、この作品を注意深く読んでいけばわかる。さらに伊吹氏が書くところによると、糺の嫁澤子のモデルは千萬子さんで、2人の母から澤子へイマジネーションの源泉を渡し切ることを「夢の浮橋」に例えている。

その前にその290では次のように書いている。

この作品は、『母を恋ふる記』、『吉野葛』、『少将滋幹の母』に代表される母恋い小説で度々試みられた母と子の一体化を、妹尾夫人と自身の母とをだぶらせ、それを松子夫人でイメージ化することにより成功させ、それにより自身の父とも一体化することができた作品なのだと思う。

第2の母に妹尾夫人(千代夫人の時代に大変親しく交際した妹尾夫妻の妻の方で、谷崎が大変気に入っていた)の経歴が投影されていたからだが、この元をたどると、どうやら谷崎の叔父が大変のめりこんだ、柳橋の芸者「お寿美さん」をイメージしているのではないかということに思い至った。

叔父は、それまで父親から受け継いだ活版所をしっかりと切り盛りしていたが、この人に出会ってから、妻妾同居という暴挙を行い、一時は正妻とお寿美さんと叔父の三人で枕を並べていたことが書かれている。この事態に、正妻は実家に引き取られ、それに伴いお寿美さんを家に入れたが、それもしばらくのことで、お寿美さんは再び柳橋に出た。その後も叔父とお寿美さんの間は続き、叔父はすっかり商売に身が入らなくなり、結局活版所はつぶれた。
そして、このお寿美さんが大変華奢なこと、お寿美さんの叔父に対する気持ちが、谷崎には今一つわからなかったということが書かれているところから、これが重子夫人のイメージと重なるのではないかと思うに至った。つまり、谷崎にとって、お寿美さん、妹尾夫人、重子夫人は、イメージの中で一つのくくりに入るようなのである。
性格や体格はそれぞれ異なるが、他の人の意思で動いているように見え、しかしその実、自分の意思をしっかり通しているというところが似ているのかもしれない。

そこで、伊吹氏の意見と合わせて私が新たに思い至ったこの作品の定義は、
「谷崎の幼少の頃に起こったことを、松子夫人、重子夫人、千萬子さんとだぶらせ、母を自ら断ち切ることにより、これら松子夫人につながる人たち諸共解放されようとした作品」
ということになる。

また例によって長くなりそうなので、詳しいことはまた次回に譲るが、その前に、先に書いたこと以外に今回発見したことを列記しておきたいと思う。

  1. 五位の庵=後の潺湲亭=南茅場町二度目の家(夫婦の寝室と、子供の寝室の関係が似ている)
  2. 武=得三(谷崎家の三男。生まれてすぐ、千葉の中山というところに里子に出された。)

次回は、これらの仮説を中心に、詳しく説明していきたいと思う。

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