その384 『こころの王国』(その1)
先月下旬、ヒデさんから映画『丘を越えて』のご紹介があった。菊池寛のお話ということなのでぜひ見たかったのだが、残念ながら期間中に行けそうもなかったので、原作である猪瀬直樹著『こころの王国』を購入して読んだ。
原作の『こころの王国』というタイトルは、菊池寛が『心の王国』という短編戯曲集を出していたところからつけたものだそうだ。著者は、この戯曲集が、夏目漱石の『こころ』を意識しているという仮説のもと、主人公の「わたし」と、モダン日本の編集長だった、馬海松という美青年、いずれも実在の登場人物に語らせる形で著者の思う菊池寛像を描いている。
この作品は、「わたし」という菊池寛の秘書が、一人称で語る形で描かれている。が、読んでいると、ところどころに文体の破綻が見られる。そのたびごとに「おっとー」とずっこけていたが、その後、この「私」のモデルになった人が書いた本があるということを知り、その本、佐藤みどり著『人間・菊池寛』 (1961年)を入手したことで、この作品の成り立ちが推測できた。
『こころの王国』の巻末には、多くの対談が入っており、それも興味深いのだが、今回、この一文を書くにあたってもう一度あとがきあたりを見直したところ、著者による次のような記述を見つけた。
「わたし」のモデルである佐藤碧子さん。彼女との二年間にわたる問答や、『人間・菊池寛』などの著書、作品から多くのインスピレーションを与えられた。
『人間・菊池寛』は、2003年に新風舎から新たに出ているが(現在は古本でしか入手不能)、『こころの王国』はその前に連載されたものであり、この作品の下敷きになったのは、1961年のものと思われる。
1961年の新潮社による『人間・菊池寛』の裏表紙には、秘書時代の佐藤みどり氏の写真と川端康成による評が掲載されている。『こころの王国』の「わたし」と違い、この作品ににじみ出て来る彼女の実像は、父親に早く死に別れ、その後母親と2人で生きてきたせいか、男女のことに関してはかなり晩生で、その点では信じられないくらい子供である。秘書時代、彼女は日に日にフリルのたくさんついた洋服を好むようになったと書かれているが、その写真を見ると、きっと彼女は菊池寛を父のように慕っていたのだろうと思った。
それだけに、菊池寛と彼女の間に初めて起こった事柄に対する彼女の混乱・失望は大きく、そのあたりの女心が1961年発行の『人間・菊池寛』を読むと伝わってくる。
その作品を出してから40年以上経って、彼女自身が佐藤碧子という名前で新たに作った本も読みたくなった。古本で1冊見つかったので、早速注文した。(つづく)








この作品の時代の文芸春秋社には、後に谷崎の2番目の妻になる古川丁未子さんが、谷崎の紹介で「婦人サロン」の記者として入社しています。
当時の古川丁未子さんの様子を知ることができる資料も見つけたので、それらのこともこれから書いていきたいと思います。
コメント by みよこ — 2008 年 6 月 24 日 @ 7:49 PM
2003年の『人間・菊池寛』は、1961年の本の復刊でした。
多少のルビを加えたのと、明らかな誤植を修正したとのことです。
巻末のあとがきに、『こころの王国』の著者がいろいろ書いています。
2003年の『人間・菊池寛』が出る5ヶ月前に彼女の甥が『口きかん』というのを出しているのですが、これに対する不満をぶちまけております。
それから、本人が、復刊のあとがきに代えてということで、「わが名は碧子」という文章を書かれています。
ご自分の本名、ペンネームについて詳しくかかれています。
1961年に「佐藤みどり」という名前になったのは、手違いで、「碧子」が正しいのだそうです(^^;
コメント by みよこ — 2008 年 6 月 28 日 @ 12:56 PM
佐藤碧子さんは、今年の7月5日に亡くなっていたのですね。
http://www.sponichi.co.jp/society/flash/KFullFlash20080707046.html
96歳。生涯の最後にご自分が主人公の映画が公開される。
波乱に富んだ分、見事な一生ですよね。
ご冥福をお祈りします。
コメント by みよこ — 2008 年 8 月 23 日 @ 5:39 PM