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2008 年 3 月 31 日

その378 『磯田多佳女のこと』

カテゴリー: ラブレターズ, 小説・作家 — みよこ @ 12:00 AM

磯田多佳女のこと谷崎潤一郎著『磯田多佳女のこと』という本を読んだ。前の記事で書いた『谷崎潤一郎の京都を歩く』で興味が湧いたからだ。
実は、さきほどのガイドブックを読むまで、この本の存在は知っていたが、はっきり言ってあまり興味はなかった。磯田多佳という人自体を知らなかったからである。

この本が出たとき、結構大きな評判が立ったらしい。
谷崎の学生時代からの友人である辰野隆が書いた『舊友谷崎』という一文に

谷崎潤一郎の「磯田多佳女」に就いて一通り、批判が了つて、賛否が岐れたところであつた。いきなり『あなたはどう思ふ』といふ質問を受けたのである。あまり突然なので、考をまとめる暇もなく、僕は只ありのままに、『面白かった』と答へた。但しそれは僕自身が多佳女に一面識があり、嘗て彼女の姉の死に際して、紫陽花や見る見る変はる爪の色といふ名句さへ吐くほどの才女として、香ばしい噂を傅聞してもゐたから・・・且又、多佳女への手向けの一文を草したのが他ならぬ谷崎でもあつたから、僕には一段と興深く覚えたのだらう。然し多佳女を知らぬ一般の讀者には、或はそれほどの興味がないのではあるまいか、と答へたのであつた。

と書かれていることから窺えるが、まったくその通りである。
磯田多佳という人は、祇園のお茶屋である大友というところの女将をしていた人だそうだ。ただし、このお茶屋さんは、もともと彼女の母親が経営し、その長男の娘である賀壽さんという人が継いでいたそうである。ただ、この人があまり表に出るタイプでなかったため、自然この多佳さんが女将のような役割を演じていたのだそうだ。

本は、谷崎がお多佳さんの死の知らせを受けたところから一周忌の追善演藝会の様子で始まり、それから多佳さんの養子の又一郎氏からの聞書きの形を取って、彼女が亡くなるまでの話が、彼女の句や絵、それから彼女が書いた短編などを交えながら書き留められている。
引用されている彼女の短編には、彼女が敬愛する絵の師匠と一緒に陶器の店を開いていた時期があるのだが、その師匠と死に別れた後、その師匠が絵付けをした陶器を大切にしまい、もう売らないことにしたことから起こった事件が描かれている。ここには後に深い間柄になる岡本橘仙氏も登場し、その粋なやりとりが興味深い。
「風流ぬす人」
味わい深い言葉である。

『磯田多佳女のこと』の本文は、岡本橘仙氏の正妻が亡くなり、その20日後に橘仙氏が亡くなり、その2ヵ月後に多佳さんが亡くなったことが記され、最後に谷崎による手向けの二首で〆られる。手向けの本として、心に残る終わり方である。

しら河の流れのうへに枕せし
  人もすみかもあとなかりけり

あぢさゐの花に心を残しけん
  人のゆくへもしら川の水

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