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2008 年 1 月 23 日

その372 『この三つのもの』

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 12:00 AM

この三つのもの佐藤春夫著『この三つのもの』を読んだ。
その370『アンボス・ムンドス』を読んだときに興味を持ったのがきっかけだ。

この作品は、小田原事件の後、谷崎と佐藤春夫がこの事件を題材にお互いに作品を発表し合っていた頃のものだが、まぁ、見事に写実なもので、登場人物の誰が誰のことでということがハッキリとわかる。
それならそれで、登場人物を谷崎夫婦と自分の周辺だけにしておけばいいものを、なぜか北原白秋夫妻の離婚騒動や、ある女優さんのお話まで入っているものだから、これはもう文豪による暴露本とも言うような内容だ。

けれどもその姿勢は、当時の自分の心境を分析し、さらに谷崎のその時々の表情の変化を忠実に思い出しながら当時の谷崎の心境をあぶりだしていくというもので、努めて冷静に書かれている。

でも、なぜ北原白秋夫妻まで巻き込むのかと思ったが、それはタイトルに秘密があったようだ。
つまり、北原白秋夫妻は、谷崎の積極的な関与によって(それも谷崎の都合も含まれていた可能性あり)、本当はお互いに別れたくないのに別れる結果になり、佐藤春夫はいろいろな事情があり当時の妻と別れ、谷崎夫妻は、傍から見れば一目瞭然の千代夫人の妹と谷崎との不倫にただ一人千代夫人本人が気づかず、周囲がヤキモキしているという状況の中、佐藤春夫が当時の妻と別れたのを機会に谷崎は千代夫人を佐藤春夫に譲る申し出をする。この3組の夫婦を並べることで、きっと読むであろう谷崎に対して何かを感じてもらいたかったのかもしれない。

その筆は、千代夫人に対する恋心よりも、谷崎に対するこだわりの方が図らずもにじみ出ているようだ。本人はそのつもりはないのかもしれないが、読んでいるうちに、なんだか谷崎へのラブレターのように感じるのだ。

ところで、この作品の中には、谷崎が千代夫人をステッキで打つシーンが登場するが、当時の谷崎夫妻のことが語られるときに必ず出てくるこの行動を、ただ谷崎が癇癪をおこしてというように語られることが多い。
でも、私はどうしてもそうは思えない。もしかしたらこの作品を書いているときに佐藤春夫もそれに気づいたかもしれないと、その前振りから推測できるのだが、これは、それを佐藤春夫の前でわざわざ見せることによって、とりあえず千代夫人に対しては妹とのことをゴマカすのと、いよいよ佐藤春夫に千代夫人を譲る意志を固めるための芝居だったように思うのだ。

友人の前で妻をステッキで打つというシーンは、実はその数年前の谷崎の作品に出てくる。その353で取り上げた、『熱風に吹かれて』だ。
このことはなぜか、あまり繋げて語られないのだが、この作品で、彼女の夫が主人公の目の前で彼女をステッキで打つシーンがあり、その後、主人公は彼女をその夫から奪おうと決心するのだ。
実際、当時一緒に住んでいた谷崎の末弟である終平さんも、谷崎が千代夫人にそんなことをするシーンは記憶にないと、その著書『懐しき人々─兄潤一郎とその周辺』で書いている。
当時子供だった終平さんにはそういうシーンは見せないようにしていたとも考えられるが、それならなぜそれを佐藤春夫に見せたかということになる。やはり、谷崎がそれを思い出してわざとこの有名なステッキのシーンを演じたのではないかと、私にはどうしてもそう思えるのである。

そうそう。講談社の文庫本の解説を千葉俊二という人が書いている。谷崎ファンにはお馴染みの名前で、私もいくつかその文章が書かれている本を持っているので勝手に親しみを感じている(つまり、谷崎ファンであると同時に千葉俊二ファンでもある)のだが、その解説文で、「秋刀魚の歌」を取り上げている。で、なんと、この方のお母さんも、サンマを焼くたびに「さんま、さんま、/さんま苦いか塩つぱいか」と口ずさんでいたと書かれている。
その313で書いた実家の母のような人が他にもいたということで、ますます親しみを感じてしまった。

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