その370 『アンボス・ムンドス』
桐野夏生著『アンボス・ムンドス』を読んだ。何やら訳のわからないタイトルだが、このタイトルになった作品に書いてある言葉を引くと、「両方の世界・新旧ふたつの世界」という意味だそうだ。作品の中では、そこから、東西、表裏、左右、男女、明暗など、対になる言葉が引き出されている。
この本には、それらの言葉を思い浮かばせる作品が収められている。
この本を読むきっかけになったのは、この単行本に含まれている『浮島の森』という作品が、例の細君譲渡事件あるいは妻譲渡事件と言われる谷崎と佐藤春夫、千代夫人の間に起きた事件をテーマにしているという情報を得たからだ。
実際に読んでみたところ、細君譲渡事件のその後が舞台なのだが、その中心にドッカと鉛のように居座っているのは、作中では『宝物譚』という名前で登場する、佐藤春夫が書いた『この三つのもの』という未完の作品のようだ。
『浮島の森』では、谷崎と佐藤春夫の名前を『この三つのもの』で佐藤春夫がつけた名前がそのまま使用されている(ちなみに松子夫人については、『細雪』での幸子という名前が使用されている)。
『浮島の森』は、娘の鮎子さんを主人公のモデルにしている。
事件後や谷崎の死後、この人にはいろいろな記者や編集者から「何か書いてくれ」、「何かコメントをくれ」と言われ続けただろうが、私が知る限りは、ついに何も書かず、何も語らずにこの世を去ってしまった。その彼女がモデルなのだ。
主人公の女性のキャラクターは、谷崎について書かれたいろいろな資料や周囲のいろいろな人の文章を読んでいくうちに私の中に形作られた彼女のイメージそのままだった。きっと著者も谷崎のファンなのだろう。
作品中では、鮎子さんについて谷崎に「切り捨てられた」と表現されているが、作品中の鮎子さんは、それには多少抵抗している。
私が思うには、切り捨てられたというよりは、結果的に切り捨てる方を選んだというような気がする。
また、それについては無意識の作為もあるかもしれない。結果的に松子夫人と自分との関係を、より自分の母と父との関係になぞらえやすくしたという点で。
それでも自分が死ぬまでにはある程度自分の手で形を整えようとした形跡もなきにしもあらずなのだけどね。
ちなみに、タイトルに使われている浮島の森というのは、佐藤春夫の故郷にある、底なし沼の上に浮かんでいる泥炭マット状の浮遊体だそうだ。
作品の中で、鮎子さんはこの浮島の森に例えられ、それについて一応の解釈もつけられている。だが、それとは別に私が持ったイメージは、確かにこの人は谷崎家の人なのか、佐藤家の人なのか、どっちつかずの中を長い年月過ごさなくてはならなかったのだなぁというものだった。
2007-12-16 もう1つ持った感想。
作中で谷崎が松子夫人に子供を堕ろすように頼むときの言葉で、従来言われている「芸術のため」だけでなく、「鮎子がかわいそうじゃないか」ということも言ったらしいと書かれている。
もし本当にこの一言を松子夫人に言ったとしたら、松子夫人がその一言のためにどれだけ闘志を燃やし続けたかが想像できる。







