その365 映画『台所太平記』
24日、ふるだぬきさんから情報をいただき、映画『台所太平記』をテレビで見た。
谷崎家のお手伝いさんたちを描いた、ほとんど実話といってもいい小説の映画化だ。
その際にふるだぬきさんから「番組遊覧」という新聞の切り抜きもいただいたのだが、それには「たがを締める淡島千景」というタイトルがついている。
確かに淡島千景はすごかった。ひと目見たとたん、「あっ、松子夫人!」と思った。それくらい、写真で見る当時の松子夫人を思わせる雰囲気を漂わせていた。
記事には、
善良な賢夫人に扮しつつ、お手伝いさんとの接し方を微妙にずらしていく技。短期間でがらりと変わった戦後日本の空気を画面に定着させたのは、彼女の功績だった。
と書かれている。
まったくそのとおりだと思った。
さりげないやきもちやさりげない憤怒の表現なども絶妙だった。
松子夫人が、お弁当を自分が作ったわけではないのに自分が作ったとウソを言って、その場でバレるというシーンも入っていた。で、バレてもアッケラカンとしているんだわ(^^)
これを見て、まだ千代夫人の時代に夫婦同伴で当時の松子夫人の家である根津家に行って、帰るなり谷崎が千代夫人に言った話が高木治江著『谷崎家の思い出』(Amazonのマーケットプレイスに、結構安価で出品されている)に書いてあったのを思い出した。
「根津夫人は客を招待する朝は自分で買い出しに行き、自分で料理して、時間までは普段着のまま、まめまめしく働き、時間にはさっとあでやかに装い、全く船場のご寮人さんの格式を備えて客人の饗応振りが素晴らしい。女はあれでなくっちゃ駄目だ」
といい、それに対して千代夫人がボソッとつぶやいたというものだ。
饗応振りが素晴らしいというのは確かだろうが、自分で買い出しに行き、自分で料理してというのはあやしい。
一時は信じても後ですぐわかるような、こういうウソを言ってしまうというのが、何ともらしい感じがした。
それから、松子夫人が昔から大勢の使用人を使ってきた人であるのに対し、谷崎が子供の頃はそういう境遇だったのに、その後は苦労して、書生生活も経験した、そのズレのようなものも表現されていた。
もう1つ、初役の森光子が一人で御飯をかき込んでいるシーンがあるのだが、ここには箱膳が使われていた。
食事に使う1人分の食器セットのようなものだが、谷崎が松子夫人と暮らし始めたとき、谷崎はこれを使って奉公人と一緒に食事をすると言って実際にそうしたことを思い出した。ちょうど『春琴抄』の頃である。
映画1本の中に、それだけ表現できたというのはやはりすごい。
伊豆山の家の掛け軸に、原作者本人の字が登場。「潤一郎」の文字が印象的だった。
それにしても、お手伝いさん役の京塚昌子、森光子、音羽信子、大空真弓などのいわゆるTBSのドラマのメンバーが皆若く、しかも同じ年齢層の役で出てくるのが妙に新鮮だった。
実年齢は松子夫人役の淡島千景も合わせて微妙だったと思うが(^^;
『台所太平記』を読んだのはもう何十年も前なので、随分忘れている。また読み返したくなった。
そうそう。その362の対談を起した資料が最近出てきた。
「芦屋市谷崎潤一郎記念館資料集(一)映像・音声資料」というもので、芦屋市谷崎潤一郎記念館に行ったときに購入した(たぶん)ものだ。平成7年に作られたものだが、入っていた紙によると、平成10年の細雪まつりの来場者に贈呈されたようだ。
その、該当対談の最後に、この『台所太平記』のことが出てきているので引用する。まだ映画化する前のことで、原作の話らしい。
高 畠 えらい可愛がり方ですね。一家族で。
谷 崎 可愛がらない、いやなのもいるんです、それは書かないんですよ、なるべく。可愛いのだけ書いているんです、なるべく。
(中略)
高 畠 あれは家族で見れますよ。映画として。
谷 崎 あれは見れます。
高 畠 この頃の映画じゃ、見せられないものが多いんだから。
谷 崎 あれは誰が見ても差し支えないですわ、あれだったら。あ、もう一寸先へ行って、変なところが、あ、一寸出て来るんですけど。
(中略)
谷 崎 子供には分らないように書いてあるけれども。
映画では、まさにその可愛がる人と可愛がらない人、子供には分らないけど変なところもしっかり出ていた。
でも、谷崎の作品としては、明るく誰でも読めるし、見ることができる数少ない作品の1つであることは確かだ。







