その361 『当世鹿もどき』(その2 はにかみやつづき)
前回、終平さんの著書の引用と手前の実家の母の話で終わってしまいましたので、今回も引き続き、「はにかみや」について書いてまいりたいと存じます。
さて、谷崎の「はにかみや」でございますが、そのはにかみはかなり広範囲に及ぶもののようでございます。特に身内へのはにかみにつきましては、親兄弟ばかりではなく、子や孫にまで及ぶというのですから、こりゃ相当なものですな。『当世鹿もどき』には次のように書かれております。
そんな次第で、生來のはにかみやのために、手前共の兄弟は世にも冷淡な附き合ひをいたしてをります。精二はそれでも兄に厄介をかけないで一本立ちが出來ましたからようございますが、末の妹や弟などは兄貴のこの性分のために、ロクロク世話もして貰えないじまひでした。それから、手前には實の娘が一人ございますが、これがやつぱりいけませんな。幸いにして、手前には實子と云ふものがこの娘一人しかなく、息子が生れませんでしたが、もしも實子の息子が生れてゝ一端(いっぱし)の人間に成人していましたら、よほどお互に取つて附けたような、奇妙な関係になっていたでございませうな。
娘は疾うに嫁(かたづ)いとりましてめつたに手前共へ参ることもございませんが、たまに参ります時は男一人と女二人の孫を連れて参ります。ところがこの孫が又いけません。孫共の方は無邪気ですから、愉快にハシャいでをりますが、それでも何となく間に一枚物が挟まつたやうに感じてるらしうございますな。可哀さうだと思ふこともございますが、どうも如何ともいたし方がございません。たまに物などを云つてみることもございますが、何となく不自然で、無理に努めているやうで、我ながら気がさします。生眞面目な話をしますのが一番具合が悪く、突拍子もない、子供を笑わせるやうな冗談を云って、面白くもないのにアツハアツハ云ってゴマカしてしまひます。ところがほんたうの血を引いてゐない孫、───と申しますのは、手前の今の家内の亡くなつた前の御亭主との間に出來ました倅の子、───この義理の孫に當ります女の子との遣り取りの方は、却つてよほど自然に、しつくりと参ります。その孫の母、つまり手前の義理の娘との関係なんかも、一番工合よく行つとります。
この義理の孫といいますのが、『祖父谷崎潤一郎』を書かれました「たをり」さんで、その孫の母が千萬子さんでございます。
『祖父谷崎潤一郎』で思い出しましたが、この本が書かれましたときの松子夫人の動揺は大変激しく、「孫じゃないのに」などとおっしゃって、非難していたようでございます。当時聞書きをされてました稲澤秀夫氏の『聞書谷崎潤一郎』には、松子夫人の言葉ではなく、稲澤氏の意見としてかなりキツい文章が書かれております。
話が反れましたが、この鮎子さんに照れるということについては終平さんの『懐しき人々』には次のように書かれております。
兄は恥しがり屋だったせいか、身内の者には用の口以外に喋らない。僅かに鮎子とは話していたが、これもまともではないのだ。例えばカキクケコを挿(はさ)んだりして話す。
「ア(、)カイ(、)キコ(、)コハ(、)カネ(、)ケ!」「ハ(、)ーカ、ハ(、)ーカ」と言った調子。
そんな谷崎も佐藤春夫が来ると快活に喋るということで、当時、「嫂を取られるようで」と佐藤春夫に警戒していた終平さんも「佐藤の小父さんさえいれば」自分も兄と話ができると来訪を歓迎する気持ちも抱いていたようでございます。
手前が思いますに、谷崎の兄弟へのはにかみは、同じ職業に就いたり、離れている期間が長かったり、年齢が極端に離れていたりしたために生じたということなのではないかと考えとります。鮎子さんについても同様で、千代夫人とともに長いこと放ったらかしていた時期がありましたもので、そういうこともあるのではないかと思います。それが証拠に、学生時代までは谷崎と精二氏との間は兄弟らしく親にも話せない話などもしていたようでございますので。
『われよりほかに―谷崎潤一郎最後の十二年』には、伊吹氏の、小説の題材にならない秘書という立場に対する寂しさのようなものが感じられる表現があるのでございますが、これなども原稿用紙を前に2人だけで向かい合う日々でありながら、伊吹氏の「書く機械に徹する」態度もあり、谷崎にとっては身内の感覚と照れが生じてしまったのではないかと思うのでございます。
この随筆集がこのように噺家の口調になっておりますのも、普通の口調で伊吹氏に言うのは、内容が内容だけに照れるのでということもあったのではないかと手前は思うのでございます。さらには、その伊吹氏に間接的に話したいことが含まれているように感じられるところもあるのでございます。
さて、伊吹氏でございますが、生家は京都の繊維問屋だそうでございますが、このたび幹事長になられました伊吹文明氏とはご兄弟でございましょうか。確認は取れないのでございますが、写真を拝見しますと、目のところが似ているようにも感じます。







