その360 『当世鹿もどき』(その1 はにかみや)
その356で購入した谷崎終平著『懐かしき人々―兄潤一郎とその周辺』に引用されてましたもので、手前、どうしても欲しくなり、Amazonのマーケットプレイスで購入しました。今回、文体が変わっておりますのは、この随筆集の文体を真似ているからでございます。女だてらに手前などと申しますのも何やらおかしな感じもいたしますが、辞書を引いてみました限り、問題はなさそうでございますので、このシリーズのみこの文体で書かしてもらいます。
さて、この作品、当初は新聞連載でしたものが単行本になりましたのが昭和36年。今回購入しましたのはその本でございます。
大きさは新書版。箱付きで、ちょうどポケット辞書のような感じの造りでございます。単行本の装丁挿絵は横山泰三。題字は武者小路実篤でございます。谷崎本人によるはしがきによりますと、新聞連載のときの挿絵は硲伊之助でしたそうで、その挿絵も見てみとうございました。

この本は谷崎が日々思ったことを随筆風に書いていくものなのでございますが、その文体が噺家のしゃべり方を真似て書くことからタイトルをこのようにしたそうでございます。
谷崎本人のはしがきによりますと、
「鹿もどき」とはどう云ふ意味かと方々から聴かれて困った。「鹿」とは落語家(はなしか)のしかの意で、昔から東京では「はなしか」のことを「しか」と云ふ。「もどき」とは「雁もどき」などの「もどき」で、辞苑には「擬(もど)き」の字を当てゝゐる。つまりこの雑文は落語家の口調を眞似て書くつもりだつたのである。自分では大いに凝つた標題のつもりであつたが、こんなに人騒がせをするとは思はなかった。(括弧内はルビ。漢字は可能なものは原文のまま、ないものは新字体で代用。)
と書かれてござります。
タイトルにつきましては、『われよりほかに―谷崎潤一郎最後の十二年』によりますと、執筆中、当初は第一話の「はにかみや」に因んで『はにかみ草紙』と題されておりましたのもを途中で「鹿の啼きごと」と改題、第1回分の原稿を手元から離された時にも「鹿の啼きごと」のままだったそうにございます。
さて、今回のテーマの「はにかみや」でございますが、谷崎は自分の兄弟にも照れてしまうお人だそうで、終平さんの著書には、次のようなエピソードが出てまいります。
ある時、熱海の兄の家で夕食を馳走になり、皆で映画を見に行く事になり、お酒のはいった勢いで何か兄に話しかけたいことがあって追い駆けるように兄に近づくと、兄は見知らぬ酔払いでも避けるように、ツイと右手の方へ私を躱した。私は大変しょげた。
そりゃあ、しょげたことでございましょう。
こういうはにかみは、谷崎だけでなく、弟の谷崎精二も、さらには終平さん自身にもあるそうでございます。どうやらそれは父親譲りの性癖だそうで、『当世鹿もどき』にはそのあたりのことが書かれてござります。
そういやぁ、手前共の実家の母も実は東京生まれでございまして、谷崎が幼少時代を過ごした日本橋あたりに小学生の頃まで住んでおりましたそうにございます。
母方の祖父は大変無口な人でございました。手前にはひたすら静かに晩酌をしている姿しか記憶にございません。その息子でございます伯父は無口ではありませんが、手前共が遊びにまいりましても、いつもムズカシイ顔をしており、まともに話しかけられたことなどありゃあしません。
その伯父も、晩年には手前の妹が子供を連れてまいると愛想よく話などしたと申しますので、あれはこの「はにかみ」のせいだったのかと思いながら読ましてもらいました。
ところが、昨年あたりでしたか、実家の母に聞きましたところ、手前共の子供の頃にはよく祖父がひとりでバナナを持って我が家に現れたそうでございます。
そういやぁ、当時は高級品でございましたバナナの立派な房を持ってきた小父さんがおりましたな。手前はてっきり母のすぐ下の叔父と勘違いをしておりましたが、よくよく思い出してみますと、確かにシワがございましたし、母の問いかけに対する応え方が叔父にしてはボソボソとしたものでございました。とは申しましても、手前と直接話をした記憶は、やはりないのでございますが…。







