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2007 年 9 月 2 日

その356 八木書店古書部

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 12:00 AM

先日、仕事で都内に出た帰りに神保町の八木書店古書部に行ってきた。
国語国文学専門古書店は、いままでは水道橋の日本書房の方を多く利用してきたのだが、さすが八木書店、品揃えが全然違う。ただし、お値段は総じて日本書房より高めだ。

リンク先にあるように、両書店ともネット販売もしている。だが、図書室の書架の中にいるような店内で本をじっくり選ぶ時間というのは、心が落ち着き、とても贅沢だ。また、検索では目に入らないような、存在を知らなかった本をこういうところで発見することもできる。
ある講演で、「知りたいと思わなかったことを知ることができる喜び」ということを言っていた人がいた。これは雑誌のことを言っていたのだが、本屋さんで本を探すということも、この喜びにつながる。それが、興味のある分野のさまざまな本があるところならなおさらだ。

もっとも、今回購入したのは、谷崎終平著『懐しき人々』─兄潤一郎とその周辺という本なのだが、平成元年と比較的新しいこと、それから今注目を集めている資料ということで、Amazonにも出品されている。なので、何も八木書店で購入することもなかったのだが(^^;(しかも値段も八木書店の4分の1以下で購入できる。後で知って大ショック(T_T)。)この本は、瀬戸内寂聴が『つれなかりせばなかなかに』を書くきっかけになった証言の入っているものなので、注目度が高いのだ。

それでも、この本を購入して持ち帰るときの贅沢な気持ちと言ったら。数字では得られない喜びがある。その喜びを増幅させるものに、包装紙がある。写真を見ていただければわかると思うが、これで包まれると、まるで高級な和菓子のようで、満足感を倍加させるのだ。
次に八木書店に行くときには、事前にいろいろ調べて目星をつけたうえで、さらにその場でいろいろ探そうと思う。

八木書店の包装 谷崎終平著『懐しき人々』

さて、この本の中身だが、書かれたときの終平さんの年齢もあるのか、取り留めのなさが目立ち、若干読みにくいのだが、さすがに谷崎の転換期に一番近くにいた兄弟ということで、貴重な証言がかなり含まれる。和田青年のこともその一つだ(和田青年については、終平さんにとって都合の悪いことは省かれている感があるが、終平さんの複雑な気持ちが図らずも出ているようで興味深い。)。

千代夫人の兄、小林倉三郎氏のことも少し触れられていた。「学歴は小学校位しかないのに、随筆なども書ける、子供の様な感受性のある人柄で、『中央公論』に昭和の初め、二、三回書いている。」と書かれている。谷崎夫妻の離婚が決まったときに、谷崎と佐藤春夫で揮毫しているのだが、それがどうして書かれたのかも少しわかった。

小林氏の書いた随筆の中に『お千代の兄より』というのがあるのだが、その一部が野村尚吾著『伝記 谷崎潤一郎』に引用されている。何度読んでも泣けてくるので、かなり長いがここに引用する。

その翌夜は量(酒)を大分増したようでした。私は両氏が飲んでいる間に飯をすませ、湯に入りました。谷崎氏の『鮎子ッ』と呼ぶ甲ン高い声を一寸耳にしましたが、気にも留めませんでした。湯から出て、とッつきの鮎子の書斎へ何気なしに這入ると、そこにかなしい場面を見せられました。声も立てずに泣いている鮎子の背を、これも泣いている佐藤氏が抱えるようにして、静かに撫でていました。いつも食堂を其のまま会議室にあてる十畳の客間では、お千代が泣いていました。谷崎氏は浴衣を肌脱ぎになって、両手を腹へあてて、口を結んで一寸上向きかげんに、大股に静かにそこの廊下を行きつもどりつしていました。涙が光っていました。私は堪らなくなって座をはずしてしまいました。
暫くする谷崎氏の鮎子を呼ぶ声がするので鮎子の書斎を覗くと『ハイ』と涙をふきながら呼ばれた方へ行く鮎子の姿を見ました。『お父さんの書斎へ短冊と硯があるから持って来なさい』私がたのんだ短冊を揮毫する用意でした。鮎子が立つと佐藤氏も元の十畳の室へ谷崎氏と入違いに戻って食卓にうつぶせに尚泣いていました。
『君よいのかい? 若し何なら僕書斎で書いてもよいよ』と隣室からのぞくようにして谷崎氏が声を掛けました。
『もうよろしい、もう大丈夫だ、ここで書き給え』と云って顔をあげた所へ、鮎子が言いつけられた通りの物を持って来ました。最早泣顔をすっかり機嫌よくして其の場を取りつくろうものの如く、平常よりハキハキしていました。鮎子に元気づけられて皆んな涙を納めました。鮎子が一生懸命に墨をすり、両氏は食卓に相対して書き始めました。『僕の字は出鱈目だから少し酔った位の方がよろしい』などと幾分佐藤氏も元気づいて来ました。
『この短冊はみんな平民の手に渡るのだから、只春夫と書くけれど、鮎子に書くなら臣春夫としなければならない。小父さん鮎子の家来だから』と云ったので、お千代も漸く笑顔を見せました。前々日神戸へ一同と出た時、佐藤氏が鮎子の洋服を買ったのですが、それに相応しい帽子が欲しいそうでそれを云うと佐藤氏は草人(上山)の声色で『アー小父さん帽子でも何でも買ってやるです』という尾について、同じ句調で谷崎氏が『あーピアノも買ってやるです』と云った。そのアクセントが非常におかしかったので、皆んな笑いこけました。今までのしめっぽい空気が一掃されると急にはしゃぎ出して、それからは二人して警句の連発でした。感傷的になりたがる気持を強いて勢づける気の弱さがよく分りました。両氏とも強がっているけれど、真は弱い人達なのだと思いました。そのうちに短冊の揮毫を終りました。揮毫されたうちにこんなのがありました。

 つのくにの長柄の橋のなかなかに渡りかねたるおもひ川かな  潤一郎
 水かれし流れもあるを妹背川深き浅きは問ふ勿れゆめ      春夫
 世の中は常なきものを妹背川なとか淵瀬をいとふべしやは   潤一郎
 人妻の双のたもとは短しやあはれ               春夫

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