前回、終平さんの著書の引用と手前の実家の母の話で終わってしまいましたので、今回も引き続き、「はにかみや」について書いてまいりたいと存じます。
さて、谷崎の「はにかみや」でございますが、そのはにかみはかなり広範囲に及ぶもののようでございます。特に身内へのはにかみにつきましては、親兄弟ばかりではなく、子や孫にまで及ぶというのですから、こりゃ相当なものですな。『当世鹿もどき』には次のように書かれております。
そんな次第で、生來のはにかみやのために、手前共の兄弟は世にも冷淡な附き合ひをいたしてをります。精二はそれでも兄に厄介をかけないで一本立ちが出來ましたからようございますが、末の妹や弟などは兄貴のこの性分のために、ロクロク世話もして貰えないじまひでした。それから、手前には實の娘が一人ございますが、これがやつぱりいけませんな。幸いにして、手前には實子と云ふものがこの娘一人しかなく、息子が生れませんでしたが、もしも實子の息子が生れてゝ一端(いっぱし)の人間に成人していましたら、よほどお互に取つて附けたような、奇妙な関係になっていたでございませうな。
娘は疾うに嫁(かたづ)いとりましてめつたに手前共へ参ることもございませんが、たまに参ります時は男一人と女二人の孫を連れて参ります。ところがこの孫が又いけません。孫共の方は無邪気ですから、愉快にハシャいでをりますが、それでも何となく間に一枚物が挟まつたやうに感じてるらしうございますな。可哀さうだと思ふこともございますが、どうも如何ともいたし方がございません。たまに物などを云つてみることもございますが、何となく不自然で、無理に努めているやうで、我ながら気がさします。生眞面目な話をしますのが一番具合が悪く、突拍子もない、子供を笑わせるやうな冗談を云って、面白くもないのにアツハアツハ云ってゴマカしてしまひます。ところがほんたうの血を引いてゐない孫、───と申しますのは、手前の今の家内の亡くなつた前の御亭主との間に出來ました倅の子、───この義理の孫に當ります女の子との遣り取りの方は、却つてよほど自然に、しつくりと参ります。その孫の母、つまり手前の義理の娘との関係なんかも、一番工合よく行つとります。
この義理の孫といいますのが、『祖父谷崎潤一郎』を書かれました「たをり」さんで、その孫の母が千萬子さんでございます。
『祖父谷崎潤一郎』で思い出しましたが、この本が書かれましたときの松子夫人の動揺は大変激しく、「孫じゃないのに」などとおっしゃって、非難していたようでございます。当時聞書きをされてました稲澤秀夫氏の『聞書谷崎潤一郎』には、松子夫人の言葉ではなく、稲澤氏の意見としてかなりキツい文章が書かれております。
話が反れましたが、この鮎子さんに照れるということについては終平さんの『懐しき人々』には次のように書かれております。
兄は恥しがり屋だったせいか、身内の者には用の口以外に喋らない。僅かに鮎子とは話していたが、これもまともではないのだ。例えばカキクケコを挿(はさ)んだりして話す。
「ア(、)カイ(、)キコ(、)コハ(、)カネ(、)ケ!」「ハ(、)ーカ、ハ(、)ーカ」と言った調子。
そんな谷崎も佐藤春夫が来ると快活に喋るということで、当時、「嫂を取られるようで」と佐藤春夫に警戒していた終平さんも「佐藤の小父さんさえいれば」自分も兄と話ができると来訪を歓迎する気持ちも抱いていたようでございます。
手前が思いますに、谷崎の兄弟へのはにかみは、同じ職業に就いたり、離れている期間が長かったり、年齢が極端に離れていたりしたために生じたということなのではないかと考えとります。鮎子さんについても同様で、千代夫人とともに長いこと放ったらかしていた時期がありましたもので、そういうこともあるのではないかと思います。それが証拠に、学生時代までは谷崎と精二氏との間は兄弟らしく親にも話せない話などもしていたようでございますので。
『われよりほかに―谷崎潤一郎最後の十二年』には、伊吹氏の、小説の題材にならない秘書という立場に対する寂しさのようなものが感じられる表現があるのでございますが、これなども原稿用紙を前に2人だけで向かい合う日々でありながら、伊吹氏の「書く機械に徹する」態度もあり、谷崎にとっては身内の感覚と照れが生じてしまったのではないかと思うのでございます。
この随筆集がこのように噺家の口調になっておりますのも、普通の口調で伊吹氏に言うのは、内容が内容だけに照れるのでということもあったのではないかと手前は思うのでございます。さらには、その伊吹氏に間接的に話したいことが含まれているように感じられるところもあるのでございます。
さて、伊吹氏でございますが、生家は京都の繊維問屋だそうでございますが、このたび幹事長になられました伊吹文明氏とはご兄弟でございましょうか。確認は取れないのでございますが、写真を拝見しますと、目のところが似ているようにも感じます。
その356で購入した谷崎終平著『懐かしき人々―兄潤一郎とその周辺』に引用されてましたもので、手前、どうしても欲しくなり、Amazonのマーケットプレイスで購入しました。今回、文体が変わっておりますのは、この随筆集の文体を真似ているからでございます。女だてらに手前などと申しますのも何やらおかしな感じもいたしますが、辞書を引いてみました限り、問題はなさそうでございますので、このシリーズのみこの文体で書かしてもらいます。
さて、この作品、当初は新聞連載でしたものが単行本になりましたのが昭和36年。今回購入しましたのはその本でございます。
大きさは新書版。箱付きで、ちょうどポケット辞書のような感じの造りでございます。単行本の装丁挿絵は横山泰三。題字は武者小路実篤でございます。谷崎本人によるはしがきによりますと、新聞連載のときの挿絵は硲伊之助でしたそうで、その挿絵も見てみとうございました。

この本は谷崎が日々思ったことを随筆風に書いていくものなのでございますが、その文体が噺家のしゃべり方を真似て書くことからタイトルをこのようにしたそうでございます。
谷崎本人のはしがきによりますと、
「鹿もどき」とはどう云ふ意味かと方々から聴かれて困った。「鹿」とは落語家(はなしか)のしかの意で、昔から東京では「はなしか」のことを「しか」と云ふ。「もどき」とは「雁もどき」などの「もどき」で、辞苑には「擬(もど)き」の字を当てゝゐる。つまりこの雑文は落語家の口調を眞似て書くつもりだつたのである。自分では大いに凝つた標題のつもりであつたが、こんなに人騒がせをするとは思はなかった。(括弧内はルビ。漢字は可能なものは原文のまま、ないものは新字体で代用。)
と書かれてござります。
タイトルにつきましては、『われよりほかに―谷崎潤一郎最後の十二年』によりますと、執筆中、当初は第一話の「はにかみや」に因んで『はにかみ草紙』と題されておりましたのもを途中で「鹿の啼きごと」と改題、第1回分の原稿を手元から離された時にも「鹿の啼きごと」のままだったそうにございます。
さて、今回のテーマの「はにかみや」でございますが、谷崎は自分の兄弟にも照れてしまうお人だそうで、終平さんの著書には、次のようなエピソードが出てまいります。
ある時、熱海の兄の家で夕食を馳走になり、皆で映画を見に行く事になり、お酒のはいった勢いで何か兄に話しかけたいことがあって追い駆けるように兄に近づくと、兄は見知らぬ酔払いでも避けるように、ツイと右手の方へ私を躱した。私は大変しょげた。
そりゃあ、しょげたことでございましょう。
こういうはにかみは、谷崎だけでなく、弟の谷崎精二も、さらには終平さん自身にもあるそうでございます。どうやらそれは父親譲りの性癖だそうで、『当世鹿もどき』にはそのあたりのことが書かれてござります。
そういやぁ、手前共の実家の母も実は東京生まれでございまして、谷崎が幼少時代を過ごした日本橋あたりに小学生の頃まで住んでおりましたそうにございます。
母方の祖父は大変無口な人でございました。手前にはひたすら静かに晩酌をしている姿しか記憶にございません。その息子でございます伯父は無口ではありませんが、手前共が遊びにまいりましても、いつもムズカシイ顔をしており、まともに話しかけられたことなどありゃあしません。
その伯父も、晩年には手前の妹が子供を連れてまいると愛想よく話などしたと申しますので、あれはこの「はにかみ」のせいだったのかと思いながら読ましてもらいました。
ところが、昨年あたりでしたか、実家の母に聞きましたところ、手前共の子供の頃にはよく祖父がひとりでバナナを持って我が家に現れたそうでございます。
そういやぁ、当時は高級品でございましたバナナの立派な房を持ってきた小父さんがおりましたな。手前はてっきり母のすぐ下の叔父と勘違いをしておりましたが、よくよく思い出してみますと、確かにシワがございましたし、母の問いかけに対する応え方が叔父にしてはボソボソとしたものでございました。とは申しましても、手前と直接話をした記憶は、やはりないのでございますが…。
9月17日、シャングリラIIIの最終日に行ってきた。
この日もおいしい食事をするために早めに出た。
最初は表参道ヒルズの「MIST」というラーメン屋さんで食べる予定で出かけたのだが、生憎お昼休みに入ってしまい、そのまま隣のテナントである「MIYASHITA」という洋食屋さんに入った。
さすが表参道ヒルズということだけあり、テナント料が高いのだろう。このお店もなかなか高料金だった。確かに雰囲気もいいし、味もおいしいのだが、洋食屋という名前ながら、その実はレストランのようで、最初にドリンクメニューが出てきた。
こうなると何か頼まざるを得ない(^^; ミニトマトのジュースをいただいた。これが甘くて驚いた。おいしかった。
料理の方は、スープが「粒入り とろりコーンスープ」、前菜は「今日のサラダ」、メインディッシュは「和牛ホホ肉のデミグラス煮込み」と「土鍋で熱々 和牛ハンバーグ」。
いずれもおいしかった。サラダはホタテに似た貝のサラダだったが、名前は忘れた。これもとてもおいしかった。この店は肉、魚、野菜それぞれに気を遣っているのがわかるメニューだった。
ただ、ミネラルウォーターの注文(炭酸の有り無し)も聞かれ、しっかり料金を取られる。このお店で食事をされる際は、あらかじめ予算に余裕を持って出かけることをお勧めする。
ラーメンのつもりがしっかりした食事になり、十分すぎるほどの腹ごしらえの後、いざ会場へ。
実はこの日は上にタンクトップの上にニットを重ねたものを着ていたのだが、これがちょうどお腹の上に紐があって、妙にお腹が目立つデザインだった。
マサノリに開口一番「なにそれ。おばさん、何ヶ月ですか?」
と言われてしまったが、んーっ、失敗だったかも。しかも暑いし(--;
会場に入る前にグッズ売り場でマサノリがいろいろ購入。その後入場前に数名の方々にご挨拶。
入場してみると、さすが最終日だけあって、近くの席にも顔見知りの方々がいらっしゃった。
そしていよいよコンサート。このステージを、この目にしっかり焼き付けようと、例によって「時のないホテル」までは時間を追えたが、やはりその後は少しぼやける。ならば何も考えず、この美しい世界に没入することにした。
さすがに最終日。空中ブランコでは最後にネットの上に全メンバーがズラッと並んで挨拶したときにはジーンとした。何しろ今回の空中ブランコはその場で組み立てる上、距離も短すぎるので、大変だったと思う。途中あちこちの会場で何かしらあったようだが、それでも最後にピシッと決まったのは、本当によかった。
そして最後のカーテンコール。デデューともつれ合うように出てくるユーミン。正隆さんの胴上げ。感動的だった。
帰宅後、いろいろ情報を集め、セットリストを眺め、さらに「人魚姫の夢」のプロモーションDVDを見ながら復習。ようやく私なりのストーリーがつながった。
11月のWOWOWで再びこの世界に会えるのが楽しみだ。
そうそう。20日のニュースで、シンクロの武田三保さんが8日に結婚していたことが報道された。東京公演初日の前日に入籍されたのね。
おめでとうございます。
9月9日、シャングリラIII東京公演に行ってきた。
久しぶりのお出かけなので、そわそわしていたところ、少し早めに出て食事をしていこうかということになった。
で、行ったのが料理の鉄人に出ていた陳建一さんの一番弟子が料理長をしているszechwan restaurant 陳だ。渋谷 セルリアンタワー東急ホテルの中にある。
頼んだ料理は「豚スペアリブの香り揚げ」と「豚バラ肉の特製やわらか蒸し」、「陳健一の"担々麺"」だ。肉ばかりでしつこいかなと思ったが、スペアリブは随分と脂を落としてある上にやわらかく、バラ肉の方は、とってもやわらかい肉がカボチャで挟んであってとても食べやすかった。最後の陳健一の"担々麺"は、しょうゆの味が効いている、和風な担々麺で、店のつくりはシャレているが、料理はお年寄りの口にも合いそうな感じだった。
このお店はマサノリが前からチェックしていたようで、いつもは道に迷いがちな彼が、真っ直ぐに行ったのが面白かった。
おいしい料理を食べてゴキゲンになったところで代々木の会場へ。
外のグッズ売り場では『人魚姫の夢』を会場特典(特製クリアファイル)付きで販売していた。心が動いたが、そのまま入場。そうしたら中でも売っていた。外の売り場は並んでいたが、中はすぐ買える。これはいいということで、ここで購入した。
『人魚姫の夢』については発売日にマサノリが購入してきており、そのときに居間の大きなモニターにDVDを映しながら聴いたが、デデューの演技が美しく、曲の終わりには涙が出てきそうになった。
そしていよいよ久しぶりのシャングリラIII。いつもながらあちこち回っている間にステージも進化していた。今回は2階スタンド席からだったが、あのステージの変化やデデューの動きもよく見えて、これはこれで大満足。こういうステージは色々な角度から見るのがいいわね。
演出では上から大きな風船が落ちてくるようになった。これにはマサノリが大はしゃぎ。他の人たちも次々落ちてくる風船にさわろうと、はしゃいでいた。
終演後は階段を上って細い通路から退場したのだが、あまりの混雑にマサノリとはぐれてしまった。出口で待ってくれているものと思っていたら、いない。しばらくあたりを探したがやはりいないので、半分諦めながら原宿駅に向かっているところで知り合いに遭遇したが、「マサノリどこ?」状態の私は余裕がなく、「こんばんは」だけで失礼してしまった。あとで「なんだかお疲れのようだったので心配した」とおっしゃっていただき、恐縮。本当に、ごめんなさい。
トボトボと帰宅したら、マサノリは既に帰っていた。
実はその前に結構長い喧嘩をしてようやく仲直りをしたところだったので、再び嫌な感じになるのは勘弁と思い、何事もなかったようにしていたところ、
「何で引っかかってたの?
出口で待っていたのにいつまでたっても出てこないから、
子供じゃないし、帰ってこられるだろうと思って帰ってきた」
と、ひとこと小言をいただいて一件落着。ホッとした。
私も探したんだけどねぇ(^^;
いよいよ明日は最終日。シャングリラIIIの世界をしっかり目に焼きつけてこようと思う。それから、今度ははぐれないようにしないとね(^^)。
谷崎関係の本をいろいろ検索していたら、『文豪ナビ 谷崎潤一郎』というのを見つけた。どうやら新潮社が自分のところで出している文庫本の売上げを伸ばそうと出しているもののようだが(^^) どんなことが書いてあるのかちょっと興味が湧いたので、本屋さんで見て購入した。
まず表紙だが、ご覧のとおり、すごいタイトルがついている。
「妖しい心を呼びさます」と書いてあるが、そっかぁ? まぁ、人によっては自分の隠れた部分を呼び覚まされることもあるかもしれないが、こう書かれると、誤解する人もいるかもしれない。
谷崎の作品は、確かにかなりアブナいものもあるが、「用の美」は持たない(^O^)ので、あらぬ期待をもって読まれるとガッカリする人もいるかもしれない。
採り上げられている小説は、『刺青』、『痴人の愛』、『春琴抄』、『卍』、『猫と庄造と二人のおんな』、『蓼喰う虫』、『鍵』、『瘋癲老人日記』、『細雪』で、いずれも新潮文庫に入っている。
表紙を開くと、そのうちの3つの作品について、それぞれをイメージした写真の中に作品中の一文が書かれ、その作品について触れられているページへのナビゲーションがついている。
いきなり出てくるのが『卍』。女性の下着がテーブルの上にたくさん並べられ、写真立てにはボンデージ。おーい(^^; まぁ、下着はわからなくもないけど、ボンデージはどうかなぁ。
この作品を私が最初に知ったのは、高田美和と三浦真弓主演でやっていた昼メロでだ。内容は10代の子供にはいささか刺激が強かったが、その関西弁がなんだかいい感じでねぇ。
本を買って読んだのは随分大人になってからだったが、猜疑心の塊になりそうなその内容に、読み終わったときには頭が痛くなったのを覚えている。つい最近読んだ『捨てられる迄』の系列にある傑作かもしれない。谷崎潤一郎おすすめコースというページには、「男女の三角関係も、谷崎のは半端じゃない! いちばんスゴイのが「卍」。良家の夫人が同性愛にはまってしまって、さらにはその夫まで……。」と書かれている。
次に出てくるのが『痴人の愛』。写真は水槽の中の魚を眺めている男性。なるほどねぇ。
最後に『細雪』なのだが、これが道頓堀極楽商店街入り口の恵比寿さん? 大黒さん?微妙(^^; 鯛があるから恵比寿さんかな。激しく違和感だけど……、そっか、鯛か。
その後に「目次」、「早わかり!谷崎作品ナビ」、「10分で読む「要約」谷崎潤一郎」、「声に出して読みたい谷崎潤一郎」、「私、谷崎のファンです」、「評伝 谷崎潤一郎」と続く。
最初はセンセーショナルに、中盤はわかりやすく、最後に国文学者による詳しい解説という流れだ。
要約がすごい。「あらすじ」ではありません! と書いてあるだけあって、その作品のエッセンスをギュッとまとめた見事なものだ。『痴人の愛』『細雪』『鍵』という長編をあっという間に読める。
声に出して読みたい谷崎潤一郎もいい。谷崎の美しい文章を体験できる。
そして何よりいいのが、「私、谷崎のファンです」だ。本上まなみと桐野夏生がエッセイを書いているのだが、特に本上まなみの文章が最高だ。めちゃくちゃわかりやすくて親近感がある。あんまり感激したので、その一部を引用する。
ひとつ好きになると他の作品も気になる、いくつか読んでいくうちに作者に対する興味が芽生える、小説からエッセイ(随筆)にも興味が沸いてくる、作家の周囲にいた人たちの発言も知りたくなる……。そう、たとえばミュージシャンのファンになって、一枚一枚CDを買ってゆくのとおんなじように。
そうやって私は谷崎ファンになりました。紀行文のような『吉野葛』に旅を夢みて、『痴人の愛』の男にいらいらし、『刺青』の世界に怖がって、『鍵』はエッチくさかったのでこそこそ読んで……。
『新潮日本文学アルバム』なんて本も入手して身辺も探ってみました。
まるで私を見ているようだ。もっとも、私は彼女のような飄々とした文章は書けないけど(^^; こんなに飄々と、しかもしっかりと的を射る文章をこんな短いページ数でまとめることができるなんて、本上まなみはもとから結構好きだったけど、ますますファンになってしまった。