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2007 年 4 月 17 日

その337 奇縁まんだら―谷崎潤一郎の回

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 12:00 AM

日経新聞連載の瀬戸内寂聴のエッセイ『奇縁まんだら』で、先月3回にわたって谷崎が採り上げられたということで、ふるだぬきさんがスクラップを送ってくださった。

挿絵は横尾忠則。写真から起こしているらしく、それが実に見事だ。2回目の絵は新潮文庫の著者紹介で見慣れている顔で、3回目の絵には肖像画とともに『瘋癲老人日記』(たぶん)の棟方志功の挿絵に出てくる女性の絵がこれまたそっくりに描かれている。3回目の肖像画に瘋癲老人日記の女性が出てくるのは、この回でそのモデルとなった渡辺千萬子さんが登場するからと思われる。

2回目の冒頭で、その横尾忠則氏が
「谷崎は難しいね。たいした美男子だなあ。ハンサムって描き難いのよ、特徴がないから」
と瀬戸内寂聴に電話で言っているが、2回目の絵などその最たるものだろう。それをここまで描くのだから、画家ってすごいねぇ。
あ、谷崎が美男? と思うムキもあるだろう。谷崎というと太ったイメージがあるから美男とは一瞬思えないのだが、若い頃の写真などを見るとやはり美男だ。
太るとどうしても印象が拡散するからねぇ(^^;

さて、記事の内容だが、1回目は、瀬戸内寂聴が夫と娘を置いていきなり駆け落ちして(といっても相手は来なかった)京都で暮らし始めたときの話だ(この恋愛事件の顛末については氏の作品『夏の終り』に詳しい)。京都の出版社に就職し、当時南禅寺にあった谷崎の家「前の潺湲亭」で松子夫人に会ったときの話、2回目は、谷崎の弟子を自認する今東光と谷崎のエピソードなどや、瀬戸内寂聴が東京の目白台アパートに住んでいたとき、谷崎もそこに部屋を借りていたという話が出てくる。このときやはり谷崎の弟子を自認する舟橋聖一に、谷崎と会えるようお願いするところまで。3回目はようやく会えた谷崎の印象が書かれている。

ようやく会えた谷崎は右手の冷感のために指先のない手袋をしていたのだが、これは千萬子さんが作ったものだ。普段の谷崎が地味な格好をしていたとことは『われよりほかに―谷崎潤一郎最後の十二年』にも詳しいが、そこへもってきてあの江戸商人言葉なものだから、そりゃイメージとは随分違ったであろうことは想像に難くない。

この目白台アパート。当時その近くに住まれていたふるだぬきさんによると、当時としては大きなマンションだったそうだ。こういう人たちが部屋を借りるくらいだからそれは想像に難くない。

さらにふるだぬきさんの情報によると、目白台アパートのそばには関口カテドラル。ここには「翳り行く部屋」の音を収録したパイプオルガンがあるそうだ。
で、私もこの機会に目白台アパートについて調べてみたら、佐藤春夫もその近くに住んでいたのねぇ。椿山荘のななめ向かいに佐藤春夫旧居跡があるそうだ。これはぜひ行ってみなければ(^^)

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