みよこの部屋 コメントページ

2007 年 1 月 29 日

その327 谷崎と千代元夫人―離婚後の付き合い

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 12:00 AM

書簡集を読んでいるうちに、興味深い手紙が見つかった。
昭和11年9月3日、佐藤春夫様方谷崎あゆ子宛の手紙なのだが、一部を抜粋する。

アトリエ社より出版のことにつき、お母さんから手紙を貰つたが、詳細は菊池寛氏へ直接返事を出しておいたと云つて下さい。小生の一存では簡単に諾否を云へず、その理由は長くなるから書くのは止める。三笠書房の方はすでにキツパリ断りました。

千代元夫人から仕事がらみの手紙が来ている。その返事をあゆ子さんにしているのだが、この手紙にはその他にも佐藤春夫宛の伝言も書かれている。
その前には佐藤春夫一家へご一同様という宛名の手紙があったのだが、昭和10年以降の佐藤家方面の手紙は、鮎子さんと佐藤春夫の父である佐藤豊太郎氏宛ばかりだ。鮎子さんへの手紙には千代夫人への伝言が多く、佐藤豊太郎氏宛の手紙には佐藤春夫宛の伝言が多い。
実は、瀬戸内寂聴著『つれなかりせばなかなかに―文豪谷崎の「妻譲渡事件」の真相』の後ろに、松子夫人との対談と痴人の愛のモデルであるせい子さんとの対談があるのだが、その松子夫人との対談の中で千代夫人のことを松子夫人がこう言っている。

さっぱりしているんです、ほんとに。その話(瀬戸内寂聴が、佐藤春夫と千代夫人のエピソードを話した)を伺っていて思い出したんですけれど、最初、つきあうという約束になっていたんです、佐藤さんにも、千代子さんにも。そうしましたら、結婚して式を挙げてからのことだと思いますけれども、時期は忘れましたが、都合でひょっこりそういうことになったんだと思いますけれども、「お千代に御飯をしてもらおうよ」と言い出したんです、佐藤さんへ行って。

このときついていった松子夫人はとても居心地が悪かったそうだ(そりゃそうだ)。結局その後谷崎が「やっぱりああいうことはしないほうがいいね」と言い、それから何かのことから、あんまりおつきあいしなくなって、だんだんと娘(鮎子さん)だけになったと言っている。
『われよりほかに―谷崎潤一郎最後の十二年』で繰り返されるパターンはここで始まっていたのか(^^;
なので、手紙についても松子夫人の手前佐藤夫婦宛へは極力出さないようにしていたのかもしれない。
ひょっとすると、千代夫人と離婚後結婚した丁未子夫人とのあまりに冷たく映る離婚劇も、松子夫人の「み気色」に配慮した結果だったかのもしれない。おそらく松子夫人にとって谷崎が丁未子夫人と結婚したことは、谷崎の歴史から抹消したいくらいだったと思うから。

それにしてもこの対談、取り繕うところのある松子夫人の話の矛盾点を瀬戸内寂聴がうまく浮き出させるんだなぁ(^^; 次のせい子さんとのシャッキリした対談と併せて読むと、その性格の違いがハッキリ出ていてとても面白い。

千代夫人に御飯してもらう件については、その前に終平さんと末子さん(谷崎の兄弟の下ふたり。千代夫人がいたときは谷崎が預かっていたが、離婚後一時次男の精二さんが預かっていた)が佐藤家に千代夫人の手料理を食べに行ったそうだ。そのことについて谷崎が精二さんあての手紙(絶交の手紙になった)に

打ちあけて云ふが、お前は弟妹思ひのつもりでも、弟妹たちはさう感じてゐないらしいのだ。終平など、お前の家に於ける待遇の悪さには始終不平を云ひ、何一つ構つてハくれず、唯おいてもらつてゐるばかりだと、お千代に始終さう云ひ、お千代もあれでハ可哀さうだ、ひどすぎると云つていたものだつた。終平ハ、ソレで時〃佐藤の所へうまいものを食ひに行つたらしい。鮎子が世話になつてゐる上に終平まで食ひ倒しに行つては義理が悪いと思つたが、厳格にやるなら監督もきびしくしてもらひたかつた。

などと書いている。そりゃ千代夫人のように見事に世話するなんて、なかなか出来ることではないのだから、これについては精二さん方に気の毒だと思う。それに、終平さんが千代夫人のところに行きたがる理由はそれだけではないと思うし(^O^)。でも、その後谷崎自身が「お千代に御飯してもらおう」などと考えたのだから、千代夫人も喜んで御飯していたのだろうなと思う。

ということで、谷崎は、離婚後も千代夫人とは付き合いたかったのだと思う。
だって千代夫人については、ある一点を除いては文句なかったのだから。

2007 年 1 月 26 日

その326 谷崎の手紙発見される

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 12:00 AM

今週、にわかに谷崎関係のアクセスが増えた。なぜだろうと検索してみたら、こんな記事が…

佐藤春夫への手紙の末尾に「千代殿へ」という記述があるというものだが、離婚後の千代夫人への手紙の発見は初めてだということが書いてある。さらに、千代夫人にまで借金していたというのは初耳という記事もある。

あら、そうだったかしらと思って全集の第25巻(1983年発行 中央公論社)の書簡集を引っ張り出してみたところ、その時期は佐藤春夫方の鮎子さんあての手紙が頻繁に出されている。この中に千代夫人への伝言も含まれているわけで、千代殿へとは書いてないまでも、それで用は足りているのだ。
さらに、千代夫人への借金についてだが、昭和12年8月31日付の佐藤春夫様方谷崎あゆ子宛の手紙に

先日此方でお母さんに遇ひ、お金のこと聞いてゐたので、今日五十円送る用意をしてゐたら急に入用のことができ金が足らなくなりました、然し留守中困るだらうと思ひ三十円だけ先へ送ります。あとは一週間ぐらゐのうちに送る。

という記述がある。なので、特別目新しいことでもないように思う。

千代夫人にまで借金していたのは初耳という記事については、鮎子さんの養育費という見方もあるし、これが妥当かとも思われる。さらに佐藤春夫にも借金をしている。それは昭和5年2月4日の谷崎精二(谷崎潤一郎の弟)宛の書簡に書かれていた。谷崎窮乏の理由もわかるので全文引用する。

再度の御手紙拝見
萬平氏の件まことに気の毒と思つてゐるが、当方も今困つてゐて余裕かない、何しろあんまり大きな家を建てすぎて借金は出来、そのうへ諸設備ぜいたくなため月〃の経費がかさみこれでハとてもやりきれぬから売つて小さな家と買ひかへる積り、もうもう御殿みたいな家はコリコリだ、そんな訳で近く整理がつけバ又何とでも都合もつくが今のところは駄目だ、尤も二百円ぐらゐなら月末頃にハ何とか出来ると思ふが又この前のやうに手ちがひになると困るからハッキリした約束はいたしかねる
右事情くはしく萬平氏へ話してもらひたい、僕自身がすでに佐藤から千円も金を借りた始末だ

昭和初年、谷崎は円本景気で大変豊かな生活を送り、2度の中国旅行をし、豪邸まで建てたが、この豪邸が電気風呂など電気を大量に使うものだった。
しかも、円本の印税収入に対する莫大な税金や、弟妹への援助、そこへ持ってきて、妹の養親である萬平氏の借金問題(この件で後に精二氏と谷崎は長期間絶交する)などがあり、大変な窮乏していたのだ。

上記の手紙は千代夫人との離婚挨拶状を出す半年前のものだが、その前年、谷崎家で華やかに舞の会など開いている頃も既にやりくりは大変だったようで、その様子は高木治江著『谷崎家の思い出』に詳しい。お金の工面などは谷崎が自分でやっていたが、千代夫人のやりくりで何とかやっていたものの、離婚する頃にはどうにもならなくなっていったのだろう。

ところで、今回の件で三たび『谷崎家の思い出』を読み直した。
この本、著者が乳がんで亡くなったことによって途中で終わっているのだが、何気に書かれていることに大きな意味があったりする。はっきりとは書けないけど、自分が生きているうちにそのヒントだけは残しておきたいという意思が働いたのだろうか。そのうちの1つが和田青年の件だが、その他にもいくつか重大な秘密が含まれているようだ。

2007-01-29
昭和11年10月17日の森田松子(松子夫人。10年1月に結婚式を挙げているが、入籍はまだ。)宛の手紙に
このような一文がある。

○終平へ、今月中旬までとして諸雑費旅費とも四百三十円あれば十分のところ四百五十円送ってやりました。あい(ゆの間違い)の百円もすみました。しかしこれは先月分故、今月は又別にやって頂かねばなりません。又非常にやせて来まして注射をしているさうでございます。

9月25日付佐藤春夫方谷崎あゆ子宛の手紙に

アトの百円はその時に上げる。

と書かれているので、その分のことだろう。
ということで、やはり養育費が妥当だろう。毎月の額の他にも、北海道行旅費だとか、医療費とか、そういう費目で別に払っているので、そういう類の借りかもしれない。

2007 年 1 月 16 日

その325 『森大衛のなるほど書道入門』

カテゴリー: ネットワーク — みよこ @ 12:00 AM

森大衛のなるほど書道入門〈第1巻〉やさしい漢字を堂々と書くコツきのうの記事に書いた『森大衛のなるほど書道入門〈第1巻〉やさしい漢字を堂々と書くコツ』が、きのうAmazonから届いた。

手にとってみると、表紙が硬く、絵本の形になっている。中を見てみると、総ルビのついた大きな文字と、かわいい似顔絵、写真、お手本の数々が目に飛び込んできた。
内容は、小学生くらいの男の子と女の子に森先生が教えるという形なのだが、ひらがなやカタカナの成り立ちなど大人にも十分読み応えのある内容になっている。

たとえば、私など小学生のときから短大まで、書道の時間はあったが、筆の持ち方、書くときの姿勢、筆の角度など、基礎的なことがわかっていなくてまごついたりしていた(^^;。名前を書くときも、どういう字配りで書けばいいのか悩むところだが、この本にはそういう基礎的な部分から、書く文字ごとに名前を書く位置の目安まで書かれている。
お手本の文字も、画数の少ない一見簡単な文字なのだが、それぞれ意味があって選ばれているのがよくわかる内容だ。
冒頭の書道、習字、書写の違いという知識も、勉強になる。
第1巻ということで、これから第2巻、第3巻が出てくるのがとても楽しみだ。

そしてこの本で私にとって最大の収穫は、筆の弾力を生かす方法だ。
子供の頃、級友の肉太の文字を見て憧れたものだが、どうすればそういう文字が書けるのかが、とてもわかりやすく書かれていた。

そういえば、鑑賞会でも姿勢の硬い生徒さんへの指導シーンを実演されていた。
私もお習字セットを購入して何か書いてみようかな(^^)

注:きのうの記事のところに掲載した本の写真と説明はこちらに移動しました。
 リンク先のページはAmazonのWebサービスを使って作っています。このページから購入されると、注文を受けた各Web書店から紹介料が私のところに入りますが、この本の紹介料は、森大衛後援会に全額寄付させていただきます。

2007 年 1 月 15 日

その324 森大衛先生の解説付き独立書展鑑賞会&昼食会

カテゴリー: ネットワーク — みよこ @ 12:00 AM

1月13日、森大衛後援会主催による、「森大衛先生の解説付き独立書展鑑賞会&昼食会」に行ってきた。笑っていいとも!の目指せ達筆王でおなじみの、あの先生だ。

実は、私たち夫婦は森大衛さんの後援会に入っている。といっても、書道をやっているわけではなく(^^; ユーミンファンつながりで入会させていただいている。
独立書展の鑑賞会は、1998年から(後援会ホームページには1999年からの写真が掲載されている)毎年続き、2006年は森さん多忙のため開催されなかったが、今年はお忙しい中なんとか時間を捻出してくださり開催された。私たちもほぼ毎年(2004年は私だけ、2005年は残念ながら不参加)参加させていただいているが、今年は私ひとりで参加させていただいた。

例年は、独立書展会場のある上野のしのばず口で待ち合わせ、鑑賞会の後お食事会となるのだが、今年は食事会の会場の都合で、お食事を先にしてから鑑賞会となった。

お食事会は会場である上野の森の美術館に近い「音音」というお店で行われた。そのお店は森さんが他の人たちと偶然見つけたそうで、お店に森さんが揮毫された「梅の宿」という酒造メーカーの梅酒をみつけたことから、今回の会場となった。当然お食事会でも、そのうちの1つである「あらごし梅酒」が注文された。この梅酒は日本酒がベースになっているそうで、普通の梅酒よりさっぱりしている。色はオレンジ色。名前のとおり、梅の実が粗く漉されているので、まるでオレンジジュースのようだ。オンザロックでいただいたが、少しのお酒ですぐ赤くなってしまう私でも、若干赤くなっただけですんだ。とても飲みやすい梅酒だった。

あらごし梅酒と森さん (照明の加減できれいに撮れなくてごめんなさい)

鑑賞会では、サービス精神旺盛な森さんが、作品の前で様々なポーズで記念撮影。さらに参加者との2ショット写真も撮り、さらには会場で「一緒に撮っていただけますか?」という声にも快く応えられていた。

作品と森さん

その後、森さんの教室の生徒さんの作品のところへ行く途中、やはりテレビを見ている方から先生の作品は何処? と声をかけられ、掲げられている場所の名前と「エッ、オオトリです、という作品です」と鳳啓助の真似をして案内されていた。やはりどこまでもサービス精神旺盛だ(^^)。

鑑賞会の後、森さんは富山の生徒の方たちと空港へと急がれた。私はユーミンファンの人たちと少人数で2次会。お茶を飲みながらユーミン話等に花を咲かせた。

楽しかった余韻とともに帰宅したところ、仕事のために参加できなかったマサノリは少しご機嫌斜め(^^; でも、お土産話をしているうちに機嫌が直った(^^)

森先生のホームページには、「梅の宿」の揮毫などとともに、最近の森さんのお仕事が紹介されている。今回記念にいただいた携帯ストラップ「お守りだいえい君」の写真もあるので、ぜひご覧いただきたい。私などすっかり気に入ってしまって、家に帰った後すぐに携帯に取り付けた。実はその写真もあるのだが折角つけたのを外したくなく、つけたままその携帯で撮影したため、ピンボケになってしまった(^O^)。

2007 年 1 月 10 日

その323 幸先のよいスタート

カテゴリー: 仕事 — みよこ @ 12:00 AM

新年のスタートとともに、一昨年にフリーで公開した「HTML差込ツール EXCEL2HTML」の有料カスタマイズの依頼が舞い込んだ。

HTML差込ツール EXCEL2HTML」というのは、EXCELからWORDに差し込み印刷する感覚で、EXCELのリストデータをHTMLのテンプレートに差し込み、保存するツールだ。
保存先ファイル名と差し込みデータが入力されたEXCELのリストと、差込個所にマークをつけたHTMLファイルを選択して実行し、保存先フォルダを選択してOKをクリックすれば、構造が同じで内容の異なるHTMLファイルを一度に作れる。EXCELファイル上のAlt+Enterの処理も選択できるので複数行の文章も差し込める。
ただ、テンプレートは1つしか選択できず、出力先のフォルダも1つしか選択できなかったため、複数テンプレート、複数フォルダに対応できないかという依頼だった。

実は、この希望に沿うものは既に作ってあった。しかも、出力先のフォルダがすでにある場合はそのまま、ない場合は自動的に作りながら保存する機能もついている。
このように機能が強力なのでフリーでは出せないと思い寝かせてあったが、この機会に販売することにした。
それに伴い、従来のフリーで公開しているものをフリー版、新たに発売したものをPro版と名づけることにした。

ちなみに、フリー版、Pro版とも、一昨年GORILOGのgoriさんのアイデアで開発した。

さて、このツール、なぜ1年以上も寝かせたかというと、HTMLアプリケーションという形をとっているため、ソースが丸見えだからだ。HTMLを暗号化するツールもあるが、そこまでしてというのも何だかなぁと思った。
さらに、しくみが単純なのでHTMLが書ける人ならデザインの改変が簡単だし、プログラム部分も比較的簡単に改変できることもネックに思えた。
が、これは利点でもある。ならば、思い切って何もプロテクトせず、購入していただいた方にはデザインのカスタマイズや将来のバージョンアップを無料にするという方法で出せばいいではないかと思い至り、ようやく発表する気になった。

ということで、ご興味のある方、よろしくお願いしますm(_ _)m。

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