その319 『われよりほかに』(その2)
また随分間が開いてしまったが、『われよりほかに―谷崎潤一郎最後の十二年』について、続きを書きたいと思う。
この本は、前半は不本意だったこと、心外だったことが比較的多く出てきている。長い秘書生活の中で、腑に落ちないこと、これだけは言っておきたいことを吐き出した感じだ。自分が関わった作品についての考えも、その当時の気持ちで書かれている。が、後半になってくると、だいぶ落ち着いてきて、作品についての考え方も前半の方で書かれたものから新たな考えが浮かんでいく様子が伺える。その代表的なものが『夢の浮橋』だ。
『夢の浮橋』は、谷崎の口述筆記の第1号の作品だ。それまでエッセイのようなものはあったが、本格的な作品としてのものはこれが初めてだった。著者はその前の源氏物語の現代語訳で京都大学から選出されたスタッフの一人として口述筆記に携わっていたが、高血圧のため谷崎の右手が利かなくなってしまったため、小説でも口述筆記をということで彼女に白羽の矢が当たった。
彼女に白羽の矢が当たるまで、谷崎は「書斎用の気楽な女の子」を探していたようなのだが、谷崎もその女性たちもいずれも長く勤めるつもりで通いだしたのに、些細なことが勘気にふれてクビになっていった。たとえば本棚の整理を命じられて全集を左から並べて失敗したり、つけていた香水が気に入らなかったり、かすかな腋臭が気に入らなかったり、そんなようなことがズラズラと並ぶ。
たまに谷崎も女性もうまくいっていると、今度は松子夫人を初めとする家族や他のお手伝いさん達がなにやら不快な気持ちになっていき、そこに引き金になるような事件が起きてクビになるということの繰返しだった。
谷崎がこういう女性を求めるようになったきっかけについて著者はいろいろ書いているが、私にはやはり『蓼喰う虫』の頃の、関西弁の指導のために大阪女専の学生を何人か秘書にしていた頃の快適な著作活動が忘れられなかったのではなかったかと思える。
当時は千代夫人で、その見事な夫人ぶりは秘書の女性たちからも人気があった。夫婦の間に問題はあったものの、それがかえっていい結果をもたらしていたともいえる。
ただ、著者が出入りしていたときは松子夫人だ。その他にも松子夫人の妹である重子さん、松子夫人の連れ子の嫁の千萬子さんなどがいらしていろいろ複雑な感情が渦巻いていたようで、そちらの方から不首尾になるということもあったようだ。それでも谷崎は最後まで「書斎用の気楽な女の子」を探すことを諦めなかったことが書かれている。
それは松子夫人の一般人の眼からしたら少し強すぎるように思える嫉妬の感情と、そういう松子夫人を小説の素材としても大切に思っているが、苦しい創作作業に「書斎用の気楽な女の子」がどうしてもほしい、新たな小説を創る刺激にもぜひ必要と思っている谷崎との長い戦いだったともいえる。
次回は『夢の浮橋』について、著者の説を交えて書きたいと思う。
(つづく)







