その286 『蓼喰う虫』モデル考(その1)
『蓼喰う虫』を読んでいるとき、主人公要を谷崎に当てはめ、妻美佐子を千代夫人に当てはめていた。まあ、これは順当だろう。で、妻美佐子の恋人阿曽は当然佐藤春夫がモデルであることを疑いもしなかった。が、どうももう一人、第三の男がいたらしい。このことは、秦恒平著『神と玩具の間』に出てくる。
この本は読んだはずなのだが、この記述はまったく記憶になかった。にわかには信じられなかったので、さらに調べてみるとどうやら本当らしい。
『蓼喰う虫』の中で、阿曽が美佐子を幸せにするとは約束できないと言っているということを聞いて、要の従兄弟である高夏が憤慨する場面があるのだが、どうやらこれも事実あったらしい。このことに憤慨した高夏が、佐藤春夫ということらしい。
結局佐藤春夫がこの彼氏を追放したようだ。実は谷崎と佐藤春夫の和解も予想外に早く、大正15年に成っていたということで、とりあえずは友人として復活していたらしい。それが、この件で再び谷崎から佐藤春夫に「千代をもらってくれないか」という話が出て、昭和5年の細君譲渡事件になるわけだ。が、千代夫人の気持ちとしては右から左へというわけにはいかない。この提案に「考えさせてください」と答えたそうだ。
そりゃそうだ。
実は、連名の挨拶状で谷崎が当分旅行するという文句があったが、北陸経由で東京へ意中の女性をもらいに行ったらしい。が、その相手は既に嫁に行っていた。雇い主の女将が谷崎の素行を信用せず、彼女のために他所へ縁付けたらしい。この後2番目の妻になる丁未子夫人の例を見れば、これはまことに正しい判断だった。だってそのときはすでに松子夫人と出会っていたのだから。
さて、とりあえず中心になる三人のモデルはわかったが、わからないのが老人とお久だ。特にモデルはなかったと書いてある本もあるし、『神と玩具の間』ではお久のモデルを松子夫人としている。
が、はたしてそうだろうか。お久は確かに日本的だが、松子夫人のイメージではないように思う。また、あれほどのディテールの細かさでモデルがいないということも、谷崎の場合ありえないように思う。これについて、先に読んだ野村尚吾著『谷崎潤一郎風土と文学』に目を引く文章が見つかったが、それについてはその2で書こうと思う。







