その236 『空中ブランコ』
もうだいぶ前になるが、奥田英朗の『空中ブランコ』を読んだ。
優秀な空中ブランコの飛び手が、キャッチャーが変わったことからうまく飛べなくなるという話だ。この主人公は、自分がうまく飛べてないという事実が理解できず、その新人のキャッチャーが自分に悪意があってわざと受け止めないと誤解する。それを、ハチャメチャな精神科医伊良部が、サーカス団の練習に加わって一緒に空中ブランコを体験しながら治療していく。
この症状、一見イップスという病気に見えるが、この作品の場合単にイップスということではなく、他人に対する警戒心から起こった症状として扱っている。だから、日々の人間関係でハリネズミのようになっている人にとってはかなり痛みが走る内容だ。
奥田英朗は、この作品で直木賞を受賞している。
伊良部シリーズは、神経の病気を扱いながらとってもライトで読後感がさっぱりしているのが特徴だ。というのも、この伊良部という医師が、まるで子供のように思ったまま、あるがままに行動するからだ。患者はすっかり調子が狂い、思わず心のバリアが外れてしまうのだ。看護婦もまた規格外だ。この2人に患者は毎回面食らう。この作品についてもそれは例外ではないのだが、読み終わるまでは、主人公に感情移入すればするほどつらい。
この短編集には、最後に『女流作家』という作品がある。これにはかなり力こぶを感じる。が、その分、間の作品で読者を大いに笑わせている。たとえば義父のかつらを取りたくて仕方なくなる強迫神経症とか(^^)
『女流作家』にはモデルがいるのだろうか。かなりリアルだ。あるいは自分と他の作家の例とをまぜているかもしれない。伊良部シリーズを書き出すきっかけを告白しているような作品だ。そんな中、奥山英太郎という同業者の名前が出てきて、編集者に
「あ、だめですよあの人。毎回作風変えるし、偏屈だし。」と言わせている。この「偏屈だし」には思い切り笑ってしまった(『泳いで帰れ』参照)。
伊良部シリーズには、この作品が入っている短編集のほかに、『イン・ザ・プール』という作品が入っている短編集もある。『イン・ザ・プール』では、伊良部は患者の病状に付き合ってかなり危ないこともしている。これが計算だとすれば大変な名医である。







