もうだいぶ前になるが、奥田英朗の『空中ブランコ』を読んだ。
優秀な空中ブランコの飛び手が、キャッチャーが変わったことからうまく飛べなくなるという話だ。この主人公は、自分がうまく飛べてないという事実が理解できず、その新人のキャッチャーが自分に悪意があってわざと受け止めないと誤解する。それを、ハチャメチャな精神科医伊良部が、サーカス団の練習に加わって一緒に空中ブランコを体験しながら治療していく。
この症状、一見イップスという病気に見えるが、この作品の場合単にイップスということではなく、他人に対する警戒心から起こった症状として扱っている。だから、日々の人間関係でハリネズミのようになっている人にとってはかなり痛みが走る内容だ。
奥田英朗は、この作品で直木賞を受賞している。
伊良部シリーズは、神経の病気を扱いながらとってもライトで読後感がさっぱりしているのが特徴だ。というのも、この伊良部という医師が、まるで子供のように思ったまま、あるがままに行動するからだ。患者はすっかり調子が狂い、思わず心のバリアが外れてしまうのだ。看護婦もまた規格外だ。この2人に患者は毎回面食らう。この作品についてもそれは例外ではないのだが、読み終わるまでは、主人公に感情移入すればするほどつらい。
この短編集には、最後に『女流作家』という作品がある。これにはかなり力こぶを感じる。が、その分、間の作品で読者を大いに笑わせている。たとえば義父のかつらを取りたくて仕方なくなる強迫神経症とか(^^)
『女流作家』にはモデルがいるのだろうか。かなりリアルだ。あるいは自分と他の作家の例とをまぜているかもしれない。伊良部シリーズを書き出すきっかけを告白しているような作品だ。そんな中、奥山英太郎という同業者の名前が出てきて、編集者に
「あ、だめですよあの人。毎回作風変えるし、偏屈だし。」と言わせている。この「偏屈だし」には思い切り笑ってしまった(『泳いで帰れ』参照)。
伊良部シリーズには、この作品が入っている短編集のほかに、『イン・ザ・プール』という作品が入っている短編集もある。『イン・ザ・プール』では、伊良部は患者の病状に付き合ってかなり危ないこともしている。これが計算だとすれば大変な名医である。
四国村に行く前に、屋島の古戦場展望台に行った。名物の瓦投げはやらなかったが、人がやっているのを見ていると、海に向かって投げても、ほとんど山に落ちるようになっている。そりゃそうだ。山と海の間には市街地がある。あんなところに小さいとはいえ素焼きのかけらが落ちてきたら危ないだろう。海に届けば願いが叶うというが、海まで届く人なんているのだろうか。
そして四国村。ここは山そのものが博物館みたいなところで、一通り見るまでつり橋を渡り(怖いから迂回)、山を登り、石を飛び、山を下りとまるでアスレチックのようだった。その中には、小豆島の民家や世界の燈台、農村歌舞伎の舞台などが移築されている。その中で、サトウキビを搾る小屋というのがあった。丸い建物で、その中を馬が回って石臼で絞るというものだ。中にはぼろぼろになった着物や資料があり、ここのサトウキビ栽培は、薩摩から来た行き倒れを助けたことから始まったということが書かれていた。それからいろいろ工夫して和三盆が作られたことも、ここで初めて知った。
で、ここに来た目的の1つに、やはりうどんがある。「わら家」だ。
観光地にあるため、子供連れが多い。並んでいるところに飛び石があり、その間に水があるのだが、そこは子供たちにとっては格好の遊び場だ。人と人との狭い空間をものともせず、大人の足元を元気に飛び回っている。危ないなぁと思っていると、案の定、ひとりの男の子が水にはまった。それまで何度やめなさいといわれてもやめなかったが、さすがに気持ち悪かったらしく、ズボンをつまんで「テヘッ」といった表情をして、やめた。そうこうしているうちに、休日のためあまりに行列が多くなりすぎたらしく、店主が出てきて「時間がかかります」という旨を話した。製麺所系ならこのくらいの行列は何ともないのだが、子供連れが多いとさすがに回転がよくないので厳しくなるようだ。ならばということで、ここはパスということにした。
そして次に行ったのが、釜揚げ専門店「長田うどん」。まず注文してから席に着く。しょうがは自分で持ってきて摺る。うどんはお店の人が持ってきてくれる。つけだれはテーブルの上の巨大な徳利に入っている。これを蕎麦ちょこに入れていただくのだが、徳利が大きいので注ぐのが大変だ。
それにしてもここの釜揚げはおいしかった。たらいで頼んでももしかしたら食べられたかもしれない。
長田うどんから道路を渡った斜め前に、今度はしょうゆうどん専門の「小縣家」。ここでは、うどんが茹で上がるのを待つ間、巨大な大根を自分でおろす。うどんが来たら、その大根おろしとしょうゆで自分好みの味にしていただく。
ここのうどんは長田うどんとよく似た感じだったが、ひときわ硬さが目立った。ここではおでんが自己申告だったが、しょうゆの小が2つだけという注文に、会計のとき驚かれた。
このお店でもう1つ面白かったのが、駐車場に流れている音楽。
有線だと思うのだが、『池上線』、『帰らざる日のために(われら青春の主題歌)』、『無縁坂』と来れば、いったいいつの時代に迷い込んだのかと思う。池上線についてはテレビで1回、ラジオで1回くらいしか聞いたことがなかったのだが、なぜか強烈に印象に残っていた。だから、すぐ「池上線だ」とマサノリに言ったのだが、マサノリはこの曲をまったく知らなかった。
今回のうどん屋めぐりは小縣家でおしまい。そのまま空港に行ったのだが、あれだけ食べたのにうどんは腹持ちが悪いので、空港につく頃には意外におなかがすいていた。空港で待っている間にケーキセットをいただいたのだが、マサノリがビールのセットを頼んだのを見て、おつまみに手が出てしまった(^^;
炭水化物ばかりの3日間で、たんぱく質やビタミン類が恋しかったのかもしれない。
そうそう。白い○○○はなかった。天ぷらを毎回食べていたら、もしかしたらそういう現象もありえるかもしれないが、私たちはひたすらうどんだったので(^^;(うどん紀行終わり)
高松のコンサートは、『Choco-language』の掛け声がはっきり聞こえ、高知に比べてノリが良かった。聴くところは聴く、盛り上がるところは盛り上がるという、いい雰囲気のコンサートになった。
コンサート終了後、たまにはうどん以外ということで、港のそばのお店に行った。倉庫を改造したそのお店は、下は昼の美容室、上は夜の飲食店という不思議な空間だった。ここで軽い食事とお酒を楽しんだ後、カレーうどんの「鶴丸」に行った。
鶴丸の値段設定は、普通の飲食店の値段だ。2日間、小が100円とか、そういう値段を見てきたので「あれ?」と思ったが、これで普通、東京に比べれば安いくらいだ。カレーうどん、さすがにおいしかったのだが、やはり女性としてはちょっと食べにくい。うどんがカレーの重さに引っ張られてカレーが飛び跳ねてしまうのだ。でもまあ、目先が変わってよかったかな。
鶴丸までは歩いて行ったのだが、夜の港の周りは異常に静かで、倉庫のお店の前の道は人影がまばら。少し怖い。それに対して、港から少し離れた琴電沿線の繁華街はよくにぎわっていた。うどん効果だろうか。鶴丸の帰りは琴電に乗って、ホテルに戻った。
20日もうどん屋めぐりは続く。
1件目は、パチンコ屋さんの駐車場に店を構えている「あたりや」。パチンコ屋であたりやはいいが、駐車場であたりやは困る。 すごいネーミングだ(なんてね(^^;)。
ここはまず、お店の人に何にしますかと聞かれてから注文し、だしまでかけたどんぶりをもらって席につく。天ぷらだけは自分でとる。お水は店内の行列のところにあるのでちょっととりにくいが、私たちは水なしでひたすら麺を食べていたのでそれでもまあよかった。食事が終わり、どんぶりを持っていくときに会計。うどんについてはどんぶりの大きさで値段がわかる。天ぷらのお皿を見て「いくつ取りました?」と聞かれるので、これは自己申告。
この後は少し腹ごなしということで四国村に行った。
19日は、ホテルの朝食をパスして電車で琴平へ。地元の方のお話だと、電車よりバスの方がお勧めなのだそうだが、マサノリが鉄道ファンなので土讃線に乗ってみた。レンタカーは前日に高知で返却していた。
周囲が山ばかりの中、川にそって道路と鉄道、そして街がある。途中、大歩危・小歩危の渓谷で、「しばらくこの景色をご堪能ください」とのアナウンスがあった。
琴平につくと、早速タクシーでうどん屋めぐり。
最初に行ったのは「中村」。ネギも自分で刻むというお店だ。
まず最初に釜揚げか、そうでないかと量を注文。水で締める場合はゆでて水で締めたたその場でどんぶりに麺を入れて渡される。次に真ん中のテーブルで天ぷらやその他のトッピングをして、だしを機械から注ぐ。最後におじさんがいて、お金を払う仕組みだ。中にカウンターのようなものもあるが、庭で立って食べる人もいる。あわただしいが実に豪快。
ひやひやでいただいたが、だしは薄め。どうやら記憶が混乱しているようで、やわらかかったのはここだ。やわらかいのに腰がある、マサノリ感激のお店だ。18日の宮武うどんとは、個性が違うと思うのだが、なんだかやたら記憶が混合している。
次に行ったのが、「田村うどん」。まず注文すると、おねえさんがどんぶりに盛ってくれるのでそれを受け取り、だしは自分でかけ、天ぷらも自分でとる。そして、食べる前か後に、お金を払う。それらはすべて作業場で行うのだが、とても狭い。でも、入り口にはカウンターがあり、そこではゆっくり食べられる。ここはひやあつでいただいたが、だしがおいしかった。おみやげもあり、うどんとしょうゆを購入。
3番目に行ったのが「山越うどん」。タクシーの運転手一押しのお店だ。まず、長い行列の末、注文にたどりつく。そして、味は自分で調整。ここはかまたまが有名なので、かまたまにする。トッピングは自分で選び、会計。そこまでを製麺所で行う。外にはベンチがたくさん置いてあり、外の風に当たりながらゆっくりといただくことができる。各ベンチのところにも、かまあげ用のつけだしなどが置いてある。そして、ベンチがたくさん置いてあるところの端にお土産を売るところがあり、ここで打った麺と、どこか別の製麺所の麺と、つけだしやゆずの液体を売っていた。ここでもここの麺を購入。
注文はあわただしいが、ゆっくり食べられるところ、味も保証付なところは、初めてでも安心できる。並んでいる途中には、くわしい説明がキャラクター付きで貼ってあったりして、それまでのところとは随分と違った印象だ。
3件行ったところで琴平駅に戻り、さて、高松空港へレンタカーを借りに行こうと思ったら、時間が半端。せっかく琴平に来たのだからこんぴらさんに行けということかということで、参拝。ただ、最初から上るのでは時間が足りないので、行きも帰りも参拝タクシーというのに乗った。お年寄りにと書いてあったが、時間がないので(^^; 365段分はそれでいける。それでもその後は自分で上らなくてはならないので、結構な運動になった。休憩するところからは下の景色がよく見え、とても気持ちがいい。それにしても、最初から上るとどれくらいになるのか。すごいところだ。

レンタカーを受け取り、高松市図書館に併設されているあの真珠夫人の菊池寛記念館に行く。文芸春秋社を作った作家だが、写真を見ると随分印象が違う。へぇ、こういう顔してたんだ。さらに意外だったのが、これだけの大きな足跡を残したのに59歳の若さで亡くなっていること。
しっかし谷崎潤一郎とは対照的なキャラだ。谷崎潤一郎の弟が一緒に映っている写真があった。こちらは気が合っただろう。うん。
菊池寛記念館の後はホテルに入り、一休み。そしていよいよ高松のコンサートへ。
18日の2軒目は「宮武うどん」だった。ここは大変印象に残っていたのだが、なぜか19日だと思っていた。
このお店は駐車場が少し離れたところにあった。そこから歩いて目的のお店へ入ると、「そこに注文書いてね」と、麺を打ちながら店主が声をかける。伝票に名前と注文を書き、天ぷらが食べたい人は後ろにある箱から好きな天ぷらをとって席につく。うどんができると、お店の人が名前を呼びながらテーブルに持ってきてくれた。
食べ終わったら、どんぶりと天ぷらのお皿を持って行き、会計。天ぷらの種類と数は自己申告だ。
宮武うどんの麺は、機械でなく店主が目の前で包丁で切っていく。しかも愛想よく話しながらなので太さに少しばらつきがある。でもそれがまた味があるのだ。ひやあつでいただいたが、麺を箸でつまむと少し撚れる。こういう讃岐うどんもあるんだと驚いた。ガイドブックによると、ここの流れをくむお店を「宮武派」というそうだ。
この日のうどんはここで終わり。レンタカーで高知に入り、ホテルでコンサートに備えた。
そうそう。高知のコンサートでは、「ここに来るためにツアーをやっているような気がします」とユーミン。地元の方はリップサービスだと思ったようだが、たぶん本音だと思う。