自宅で仕事を始めてから運動不足の日々が続いていた。何とかしなくてはと思っていたところ、何かの番組で、腹式呼吸がインナーマッスルを鍛えるという話を見て、これなら仕事をしながらでも、歩きながらでもいつでもどこでもできるので、とりあえずやってみた。
しばらくしたら、脚上げ腹筋が楽にできるようになった。
私は今まで脚上げ腹筋がとても苦手だったのだが、あるときベッドの上で何の気なしにやってみたら、自分でもびっくりするくらい楽に上がった。
最近は夕方買い物がてらに散歩をする習慣がついたのだが、そんなところへ、ちょうどいい距離のところに巨大ショッピングセンターができた。そこで、そちらの方に遠征したところ、体脂肪率が急激に落ちた。
仕事のことを考えるとなかなかそこまで歩くのは時間的に厳しいものがあるのだが、忙しいときほどかえって休憩や運動の時間を作ろうとするから不思議だ。
そしてきのう。
畳の上に座布団なしで座る必要にせまられた。太りに太った私にとって、これはかなりの苦行なのだが、不思議なことに楽に座れた。正座は試さなかったが、脚を伸ばしても倒れない。比較的長く座っていてもしびれない。
これは本当に驚きだった。やっぱり効果は気のせいではないのだ。
今のところ見た目は全然変わらず、体重もちっとも減ってはいないのだが、急激に足のサイズが小さくなった。
私の今までの傾向として、太ると靴がきつくなり、痩せると靴が脱げる。
腹式呼吸恐るべし。今、私の足は靴の中で泳いでいる。
『ニシノユキヒコの恋と冒険』を読んだあと、まだ何か釈然としないところが残った。そこで、試しにマサノリに
「ニシノユキヒコは、結局誰のことが一番好きだったと思う?」
と聞いてみた。帰ってきた答えは、
「一番最初の女の子じゃない? あれでつまずいて、トラウマになっちゃったみたいな」
中学時代に、付き合わない? とニシノユキヒコが言ったのに、付き合ってくれなかった女の子だというのだ。
あまりの意外さに一瞬「へ?」と言ってしまった。その後、すぐに「あー、そうだったのか」と思った。
私はてっきりトラウマはお姉さんだと思っていたのだけど、そうではなかったんだ。もちろん、お姉さんもその一部ではあるけれど。
そうか。ニシノユキヒコとその彼女が会ったのは決して偶然ではなく、ニシノユキヒコは知っていたんだ。彼女がそこで何をしていたのかを……。
そう思って再び読んでみたら、あった。その証拠が。それは第2篇に出てくる。ニシノユキヒコは、彼女がそこで埋めたものを見ていたのだ。
あー、そうだったのか。あの約束は、そういうことだったんだ。あの約束は母親にではなく、娘の方が目的だったんだ。
川上弘美著、『ニシノユキヒコの恋と冒険』という小説を読んだ。恋愛小説はあまり得意としないマサノリが、この著者の名前をこのごろ良く見るということで読み始め、珍しく私に勧めてくれた作品だ。
この本は、10篇の短編小説でできている。いずれも、ニシノユキヒコという男性と関わった女性が、彼との関わりを1人称で淡々と語っているものだ。あまりにも淡々としているので、ちっとも冒険という感じがしない。
帯に書いてあるから書くが、このニシノユキヒコという男性、どうやら女性を本気で愛せないらしい。愛せないとは書いてはいないが、どうも無意識に愛されることを拒んでいるように思われる。それが、エピソードを重ねていくことで表現されていく。
それでも数多くの女性遍歴の中から、その行動の割には意外と普通の感覚を持っているニシノユキヒコは、結婚しようと思ったことが2、3度ある。が、はたして本当に結婚しようと思っていたかはかなり疑問だ。
そして最後の女性。彼は幸せだったのだろうか。それとも…
ある意味幸せだったのだろう。それが彼のたどりついた女性の愛し方だったのかもしれない。
そして最後の最後。彼はきっと満足だったと思う。もしかしたらこのときを、彼自身が一番待っていたのかもしれない。この突然の出来事は、神様が、もしかしたらニシノユキヒコ自身が自分に与えたプレゼントだったのかもしれない。
私にはそう思える。
小説の中では、それぞれの主人公が出会ったりしている。そこで繰り広げられる女性同士の「国家外交にも匹敵する」言葉に表れない戦いがリアルだ。でも、その場にいる男性は、そんなこと気づかないんだよな。
2004.05.19
あー、迂闊だった。
この短編集は、だいたい時系列になっているのだが、冒頭の作品と最後の作品だけ時系列ではない。
そうなのだ。これが重要だったのだ。作者は最後の作品で、明確に答えを出しているではないか。
最初の作品で問いかけ、最後の作品と、その前の最後の女性の作品、この2作で答えを出している。
それに気づくと、その間にはさまる他の作品1つ1つが、ニシノユキヒコという難解な人物の理解を助ける大切なエピソードになる。
「あ、夏美? お母さんだけど、今日出てこられないかな?」
久しぶりに来た母からの電話は、原因不明の食欲不振と歩行困難により長期入院している父への見舞いの催促だった。そういえば、前に病院で父の手の爪を切って以来、忙しさにかまけて見舞いに行っていない。あの時もう1ヵ月以上は経っただろう。
父はもともと周囲が聞きにくいと思うくらいの毒舌家だったが、ここ数年妙におとなしくなっていた。そして今回の入院。年を取って、体のあちこちに故障が出てきたため、たくさんの種類の薬を飲んでいたのだが、どうもそれが影響したかもしれないということで、今回の入院に際して、そのうちのいくつかをやめた。
久しぶりに見た父は、一時は寝たきりになるのではないかといわれていた体調がすっかりよくなり、病院内を歩くこともできるようになっていた。それに伴い、しばらく影を潜めていたあの「毒舌」まで復活していた。父にかかれば周囲のほとんどの人間は自分に悪意があるか、底意地の悪い人間ということになってしまう。それなのに若い女性に対する愛想だけは良い。
病院に着くなり、足の爪を切ってくれといわれた。前回の爪切りがとてもうれしかったらしい。
手はいいが、足となると、夏美にもそれなりに覚悟がいる。特に、父の足の爪を切る場合は。
爪白癬のために硬く肥大し白濁した爪は、まず最初の1切りでフワッと粉を吹き上げた。さらに、ひどい巻き爪のため、それを皮膚から離しながら切るのは容易なことではない。母から受け取った小さな爪切りでの作業は困難を極めた。
父はかなり大げさだ。ちょっと歯が皮膚に当たっただけで飛び上がらんばかりだ。そんな中、とうとう親指の爪と一緒に皮膚も切ってしまったときは、「痛い痛い痛い痛い…」と続く派手な声を早く止めようと、夏美の方もさらに大きな声で「ごめんごめんごめんごめん…」を連発した。看護婦さんに爪切りをお願いしても「あ、まだ伸びてないですね」とやんわり断られるのも当然だ。
ようやくおとなしくなったところで再び爪を切りながら、夏美は中学生の頃の出来事を思い出していた。
父がおもむろにセロハンの袋に入った作務衣らしきものを大きなカバンから畳の上に出した。何でも、会社の人から「奥様へ」といただいたものだそうだ。その作務衣らしきものは、かなり地味な柄のついたものだった。
母の年齢は、もうすぐ40歳になろうという頃だ。今でこそ、おしゃれ感覚で作務衣をということもあるかもしれない。が、いただいたものは40前の女性が好んで着るようなものでは決してなかった。
どういう趣旨でいただいたのか、妻と娘に聞かれて、父はうつむきながら何だか訳のわからない説明をしていた。
畳の上で中途半端に浮いている1枚の作務衣。夏美には、この作務衣からいろいろなものが立ち上ってくるような気がした。
結局この作務衣は着用されることはなかった。
夏美は爪を切りながら、「もっと痛くしてやろうか」と思った。

2004年4月 花紀行
歌詞情報:花紀行 松任谷由実 歌詞情報 - goo 音楽
アルバム: COBALT HOUR
壁紙クイズ正解者の皆様
ちょこびさん
♪過ぎゆく春の 投げる口づけは…
花紀行を口ずさみながら…何度さくらの樹の下を歩いたことでしょう。
とても日本的情緒満載の曲なのに、ホーミーの番組以来
モンゴルの草原と草を食む馬を思い出してしまいます(笑)
HAMA(ハマー)さん
CHACHAさん
風に散る桜の花びらを見ている時に、ふと口ずさんでいるのが
この曲かな。
過ぎ行く春、季節は輝く初夏へと向かっていくのに、どこかせつないメロディーに立ち止まっている自分がいます。
ユーミン姉さんさん
あや@大阪さん
いつものように、通りかかる近所の公園なのに。
道路にまで張り出した枝に満開の桜。
真下から見上げると、いつもの風景が見知らぬ、でも、なぜか
とても懐かしい町に見えて
思わずこのメロディが浮かんできました。
・・でも、その瞬間には”あれ?これ、何だったっけ?”
ユーミンの花紀行・・だと思い出したのは、桜の木の下から
去ろうとした時でした。(汗)
2,3年前だったかな?
なぜか、その年以来、桜の季節に、ふと口ずさみたくなります
Snow Girlさん
大好きな曲です。
とっても名曲だと思うのにあまり知られてないような気がするのは私だけなかなぁ?
「薄紅が、なんて優しいの。拾い集める人もいないのに」のこの歌詞がとても好きです。そうなのよ~、私もそう思ってたのよ~。
でもどう表現して言いか分からなかった。
ずっと思っていた事をユーミンにあっさり表現されてしまったよ、さすがですユーミン!!って感じ。
しかし、なんて名曲なんでしょう。
「sweet、bitter sweet」に何故入ってないのか未だに疑問。
いれて欲しかったなぁ。
tcさん
ビデオ「荒井由実の世界」で花紀行のパートは金沢ロケ。
旅人や和服のジモティーに扮したユーミンが屋敷町や犀川のほとりをそぞろ歩く姿が印象的でした。
個人的な思い出としては、モンゴルでのロケのでユーミンがアカペラで歌ったときに、花びらではなく私がハラハラしたことです。