昨日は仕事で都内まで出た。天気も良く上着もいらないくらいだし、ちょうどいいので千鳥ヶ淵まで足を延ばした。
下の地図の赤い線が、私の歩いた道のりだ。地下鉄で行けばすぐなのだが、こういうとき、私はなぜか歩きたくなる。
それにしてもこんなに歩いたのは何年ぶりだろう。
まず、14時前に客先を辞し、近くで遅めのランチ。それから千鳥ヶ淵に行くのだが、飯田橋から九段下までの道を通った。ここは景色はただのビル街だが、「歴史のプロムナード」という石碑群があり、これを読みながら歩くのもなかなかいい。
千鳥ヶ淵についたらまず田安御門から武道館前の道に入り、北の丸公園を散策。そしていったん門を出てからフェヤーモントホテル跡地まで歩き、マンションを撮影。その後その前の小道で桜を撮影、ベンチで一休みした。
さすがに土曜日。来週には桜はもう散っているだろうということで、フェヤーモントホテル跡前の小道は前に進むのも大変な状態だった。このあたりは普段ならかなり静かなのだろうが、この時期だけは別らしい。
やっとの思いで出てきたところでユーミンファンのご夫妻に遭遇。誰かに遭うかもしれないとは思っていたが、本当に遭えたのには少し驚いた。
その後、靖国神社を迂回して(本当は中に入ってもよかったかも)外堀へ。法政大学の裏から東京逓信病院のある道では学生たちが花見をしていた。この道にはランプもあり、夕暮れ時にこの通りを歩くのも情緒があるだろう。本当はそのランプも撮影したかったのだが、人が映ってしまうため、あきらめた。
それにしても長距離を歩いたため、飯田橋の駅まで来る頃にはかなりヘトヘトになっていた。このとき、17時10分。こんな思いをしてまで歩いたのは、紀の善の抹茶ババロアを食べたいため。前回来たときは平日のためそれほど並んではいなかったが、今回は花見のピークということで、店内で食べる人、テイクアウトの人が列をなしていた。いつもなら会計のときにテイクアウトの商品を購入できるのだが、今回はまた並ぶように指示された。品数が不足気味なため、公平を期すためらしい。テイクアウトには、もちろん抹茶ババロアと、加賀まり子お勧めの粟ぜんざいを買って帰った。抹茶ババロアがおいしいのは言うまでもないが、家に帰って食べた粟ぜんざいもおいしかった。うすく塩味のついた蒸した粟と、こしあんがマッチして、ついてきた塩昆布(?)との相性も抜群だった。
やっとの思いで家に着いたのが19時20分。家の近くでは、肉屋のおばさんがその日盛大に散った桜の花びらを箒で集めていた。
月が替わってしまったが、苗場の最終日のことを書きたい。
29日、その時私たちは昼からのちゃんこ谷川での食事を目指して車で移動中だった。月夜野インターを降り、苗場がもうすぐそこというところで、なんと車同士で衝突してしまった。私たちが直進しているところを右折の車が飛び出してきたのだ。もう間に合わない、ぶつかるという瞬間は「ワァ~~~~」という声しか出ないものだ。一方で恐怖に駆られた自分の声を聞きながら、「なんて声を出してるんだ」と突っ込みを入れている自分がいた。そして、衝突。スローモーションのようにライトのカバーが目の前を飛び散り、私たちの車を含めて合計3台の車が道路を塞いだ。
幸い、目に見える怪我はなかったが、その瞬間、「今年の苗場は終わった」と思った。
事故処理が始まり、しばらくしてから食事会の幹事の方に連絡。パニクっている私は、状況も説明せずに、ただ事故でぶつかったから、もしかしたら行けないかもしれないとだけ伝え、電話を切った。結局会が終わる頃になって谷川に到着した。それまで何の連絡もせずに。
これには皆さんだいぶ心配されたようだ。それはそうだ。もしかしたら怪我していてそこから動けないのだろうかとか、状況がわからないのだから心配になるのが道理だ。いくらパニっていたとはいえ、随分申し訳ないことをした。
それでも、何とかお店につけて良かった。皆さんに気を遣わせてしまって申しわけなかったが、この食事会がなかったら、今年の苗場最終日は悲惨なものになっていたかもしれない。
谷川の食事会の終了後、ホテルについて部屋に入っても落ち着かない。もうクタクタなのだが。そこでエーデルワイスにケーキを食べに行ってから、部屋で休んだ。これでいくらか気持ちが落ち着き、ボーセジュールでの夕食の時間まで部屋でひたすらグタッとしていた。
夕食後また一休みしてから、おもむろにノートパソコンを立ち上げ、ネットパーティーをチェック。そして最終日のステージへ。
この日は、前半にいい席だった分、今年の苗場の中で一番見えにくい席だった。でもまあ、初日、2日にあんないい思いをしたのだから、1日くらいかなり見えにくい日があっても仕方ないよね。
ステージが終わり、いよいよネットパーティー。最終日のインターネットラジオは盛り上がる。正隆さんとユーミンが加わり、この場でFUNの終了が伝えられた。残念がるチャットメンバーに、正隆さんは4月から新番組が始まることを発表。ただ、まだあまりはっきりした形は決まっていないということと、あまりメジャーな番組ではないという理由で、初めは番組名は言われなかった。でも、ここでマサノリは深夜番組にあたりをつけ、テレビ朝日と小山薫堂というキーワードで「トリセツ」という番組を当てた。
その後、今年はマティスが来るけど何か企画はあるのですか? という質問をマサノリが出し、これにユーミンが、今のところ予定はないけど、マティスは作品と一緒に習作も展示されるので、勉強になるから見ておくといいと答えてくださった。
マサノリはそれでも何かあるのではないかと踏んでいる。9月が楽しみだ。
いつだったかの田中さんのチョッパーの話など、マサノリ&みよこがピンポイントな発言をするときはマサノリが積極的に参加している。

2004年3月 最後の春休み
歌詞情報:最後の春休み 松任谷由実 歌詞情報 - goo 音楽
アルバム:OLIVE
壁紙クイズ正解者の皆様
ちょこびさん
学生時代の春休みはもう遠い昔のことになってしまったけれど、
昨年の3月の壁紙「冬の終り」と並んで、初恋の人に会うような
心の片隅がちくちくと痛むような…。
あたしにとってはそんな感じの曲。
Snow Girlさん
この曲が発表された時、高校生だったので高校生活の最後の春休みの事がとてもリアルに感じられた記憶があります。
私にとってこの曲のイメージは、自分の高校の中庭なんです。
この壁紙のイメージとは違うけど正解して嬉しいです。
ユーミン姉さんさん
CHACHAさん
この旅立ちの季節に必ず流れてくるのは、「卒業写真」
けれど、私にとっては「卒業」=「最後の春休み」
着慣れた制服が、急に愛しく思えたこと、ほとんど言葉を交わすことなく別れたクラスメイトが、とても身近に感じたりしたこと、誰の心にもある学生の頃の、はっきりとした道が見つからずに曖昧に流れる時の中でもがいていた自分を思い出させてくれる一曲です。
あや@大阪さん
”春休みのロッカー室に・・”ですよね?
この季節を代表するユーミンの作品といえば「卒業写真」が
一番有名だとは思いますが、こちらは、卒業して、何年かが
経過してから・・の回想ですよね。
でも「最後の春休み」は、まさに”今”、”これから”の別れを
予感していて。せつなさが、より、リアルにつまってる気が
します。
”ずーっと3月だったらいいのに。
さよなら言わなきゃいけない4月が来なければいいのに”
「もしも、できることなら・・」からの歌詞。
特に、この季節に聴くと、胸にじんとしみてきます。
チビママさん
HAMA(ハマー)さん
tcさん
最後の春休みはもう25年も前に・・・。
たっき~さん
生憎、中学から高校まで男子校、大学も理系でしたので、
この曲のような甘く切ない春休みは体験したことがなく、
「冬の終わり」に次ぐ、未体験ゾーンな曲です。