ネットパーティーのインターネットラジオで、ユーミンがゲストのビビル大木に薦めていた本、『風姿花伝(花伝書)』を読んだ。ユーミンはこのとき、すべての芸事をする人は読んでおくべき本だと言っていた。岩波文庫で120ページほどのうすい本だが、日本史に出てくるような古典なので、さすがに読むのは大変だった。
この本は、室町時代、世阿弥が足利将軍の庇護のもと全盛期を誇っていた頃に、亡き父観阿弥の教えを後継者のために家訓として遺さんとして書き記したもので、その中身は第1から第7まである。ただ、この書物自体もともと秘伝なのだが、第6と第7はその中でもさらに秘伝のもののため、第5までとは性格を少し異にする。
第1は、年来稽古條々といって、年齢ごとの教え方、修行の仕方、心の持ち方を、
第2は物学條々といって、役柄(ものまねと言う)についての留意点、つまり、女性や老人を演じるときはどのあたりを気をつけるか、また面をつけずに演じるときや物狂といって感情に支配されたり、憑き物に憑かれた人間などを演じるときの心構えなど、1つ1つ挙げて説明している。
第3は問答條々といういわゆるQ&A、
第4は神儀云といって申楽の歴史を紐解いている。この条では天下に少し障りがあったときに上宮太子(聖徳太子)が神代・仏在所の吉例に任せて、66番の物まねをさせて天下を治めたとき、末代のために神楽からへんを取ってつくりだけを残し申楽と名づけたと書かれている。意外なところで聖徳太子が出てきて驚いた。
その後は、第5の奥儀讃嘆云、第6の花修云、第7の別紙口伝へと続く。
各條とも、世阿弥の熱意がぎっしりと詰まっおり、この書を受け継いでいる人たちはまさに座右の書として常にここに立ち返っては日々精進しているのだろう。たぶん、読むたびに、何か1つ極めるたびに、また新たな発見があるのだろう。
そのように凝縮された本だが、その中で、あえて第1のところについて書いてみたい。
能は7歳で始め、12、3の頃には子供ならではの花が現れる。17、8では声変わりのため第一の花が消え、本人が傷つき、腐ってしまうこともある。
24、5は声も外見も定まり、年盛りに向かう初めで、上手だと人目にも立ちはじめ、時には名人と言われた人をも打ち負かしたように見えることがあるが、勘違いして横道にそれないようにする必要がある。
34、5には、盛りを向かえ、これまでの注意点をしっかり守っていれば、きっと天下に許され、名望も得ることができるだろうが、もしそうでもなかったら、未だに誠の花を極めていないと知るべしと書かれている。なお、この頃は、今までの経過の意義が自覚されてきて、行く先の手立てをも悟る時期とされている。
そして44、5。ここに来て、世阿弥の筆は力が入る。
この頃にはどうしようもない自然の推移で、身の花も外目の花も失う時期なので、よき脇の為手を持つべしと書かれている。よほどの優れた美男ならいざ知らず、お面を使わない申楽は、年取ってからは見られないものだから、この頃からは脇の為手に花を持たせて、くれぐれもあまり体を動かすような能はしないようにするべきだと書かれている。
「何としても外目に花なし。」
強烈だ。
でも、この頃までなくならない花こそ、誠の花だとも書かれている。
50有余では、もう「せぬ」というしか手立てはないと書かれている。それでも、真実の名人ならば、演じられる曲はなくなってしまっても、花は残るだろうと書かれ、亡き父がその亡くなる月に演じたときの例を挙げて、心構えを説いている。
世阿弥はこの後2度にわたって芸能論を書いているそうだが、この風姿花伝は何分にも全盛期の30代。その後の芸論も読んでみたいところだ。
さて、それにしても逗子はこれからどうなるのだろう。ファン心理としては少しでも長く続けてほしいが、考えてみれば、逗子のステージは時代の花とユーミンの年齢の花が一致したことによって作られた大輪の花だとも言える。時代は変わり、ネットパーティーのラジオで正隆さんも言われていたが、逗子マリーナ自体も変化を始めた今、逗子という器から、別の世界に旅立つ時期なのかもしれない。
最終日のチャットで正隆さんが企画を募集したとき、ユーミンが言った一言は、
「それによってこれからの私の歌手生命が決まるんだからね」
だった。
初日の夜、グッズの購入と同時に、メノウクリーム(大)を購入した。昨年5gのを購入して使ってみたらとっても良かったからだ。が、購入すると決心するまでが結構大変だった。
昨年メノウクリームを使い切ったとき、さて、どうしようと思い、サイトに行ったりしたが、高額なため、結局踏み切れなかった。さらに、他のドクターズコスメを物色してみたりしたが、結局購入しないうちに、今年の苗場となった。
苗場では特別価格になるという情報を聞き、それで初めて大きい方を買うことを決心した。
買ってみたら、30gの本体の他に3gのケースが5つ入っていた(1つは義母へ、1つは使用中のため、写真では3つ)。つまり、3×5=15gのサービスだ。値段も苗場特別価格で23,000円だったので、だいぶ得した気分になった。
でも、後で聞いたところ、今年は10g+3gで7,000円というのもあったそうで、それも悪くないなぁ。メノウクリームはよくのびるので、3gもまだ半分以上残っているが、10+3なら結構もつだろう。
でも、今サイトをのぞいたら、30gは50日分だそうで(^^;でも、私にはとてもそんなにつける勇気はない。少しずつ大胆になってきてはいるが(指先にちょっぴりつけたクリームを、以前は両頬に使っていたが、今は片頬に全部使っている)、この調子だと本体にたどり着くには相当の日数が掛かることが予想される。
ただ、苗場の乾燥状態には、さすがのメノウクリームも私のようなケチな使い方では間に合わなかった。
初日の時点では髪や肌の状態は結構良かったのに、日に日に髪はパサパサになり、肌もちょっと油断すると乾いてくすんできた。これまでは苗場に行っても朝のどが痛くなるくらいだったのに、寄る年波には勝てないのか、これほど乾燥が髪や肌に影響するとは思わなかった。あの乾燥した苗場に数週間滞在するユーミンや他のメンバーの人たちは、ステージのこともさることながら、そういう部分も大変だなあと、改めて思った。

行きのバスで見られなかったビデオは、カバーナで見ることができた。私たちは20日のチェックアウトの後、初めてこの映像を見ることになった。
バスツアーの書類に入っていた、Tour Guest Passを受付で提示すると、ファンクラブ監修による「YUMING QUIZでナエバカンス」という40問のクイズと、コースター(2枚入り)が手渡され、カードにはんこうが押される。そして、空席を探して座る。入り口近くにはパネルがあり、正面にはドリンクなどもあったようだが、心はビデオ一直線! 飲み物も飲まず、ただひたすらビデオに集中した。
そこではシャングリラIIの映像や、エーデルワイス前でのお客さんインタビューと共に、ティナさんとかほりんを司会に特典映像が始まる。
「悲しいとき~」と始まるそビデオは、リハーサル中のユーミンや正隆さんの居眠り映像(正隆さんはかなりわざとっぽい)や、市川さんがその昔、同性に誘われた話など、大いに楽しめた。
この日は帰りのバスの時間が迫っていたためゆっくりと見ることはできず、惜しみながらカバーナを後にした。
出るときには先ほどのクイズの答えが手渡された。これは帰りのバスの中で読むのにちょうどいいと思ったが、いざバスに乗ったら、ひたすら爆睡で読むことかなわず、いまだにじっくり読めていない(^^;

お待たせしました! いよいよコンサートのお話。
当日の苗場は暑いくらいで、入る前から会場の暑さが想像されたが、苗場で販売されるグッズのTシャツにLLはないので、もこもこしたセーターのままブリザーディウムに向かった。(通販ではLLあるのよね。来年は苗場でも販売してください>巨大な夫婦より)
整理番号は177、178番。2列目くらいかなと思ったら、運よく1列目だった。待っている間に、スタッフの人から、「コンサート中に席の前を大きな物が通るので、そのときはずれてもらうことがあります」という説明があり、少し不安になった。物はリクエストコーナーのための階段だったのだが、実際はずれることもなく、すんなりと収まった。
そうそう。リクエストコーナーといえば、今年から新しくなり、整理番号で抽選とのこと。この方法、最初は「もしあたったら、どうしよう」などという大それた不安を抱えたが、ワクワクしていいかもしれない。これからは必ずリクエスト曲を心に用意しておけばいいのだ。今井君のMCも新鮮だった。
待っている間、今井君が日記で「斬新な選曲」といったそれはどういうものだろうかとワクワクしながらセットを眺めていたところ、椰子の木があるし、逗子っぽいなぁと私が思っているところにマサノリが一言。
「80年代?」
マサノリは、流れている音楽でそう言い当てた。
さて、始まってみると、いきなりFACESからアルバムの順番どおりに演奏された。1曲目の「オーシャンブルー」、かっこよかったぁ。メンバーも皆さん楽しそうで、もうノリノリという感じだった。2曲目、「日付変更線」。渋くていいねぇ。この曲は比較的盲点と思ったのか、後でユーミンがクイズにしていた。「2曲目はな~んだ!」。3曲目、「雨音はショパンの調べ」ときて、次は「瞳はダイアモンド」。コーラスと一緒に歌うこの曲は、松田聖子のときのイメージとは違う、大人の味だった。特に2番からのユーミンの入り方はかなり激しく、この曲のときにユーミンが泣いていたと、後でマサノリが言っていた。私も2回目に聴いたときに、ユーミンの入り方を確認した。特に2番だ。なんて悲しいのだろう。一生懸命つらさに耐えている女性のダイアモンドのように透き通った悲しみがひしひしと伝わってきた。そして「あの頃のまま」、「『いちご白書』をもう一度」ときて、次は「Woman」と思ったところでMCになり、抜かされてしまった(笑)。その後は「ベルベットイースター」、「雨の街を」と続き、リクエストコーナーの後はいよいよ80年代に突入!
「霧雨で見えない」は、私も特に好きな曲で、壁紙でも何度か挑戦しようとしながら、まだ実現していない曲だ。今回、「瞳はダイアモンド」のことを考えていたら、この2曲、テーマが似ていることに気づいた。同じことを歌っても、メロディーと歌う人でで随分違って感じるものだ。
苗場に着いて一休みした後、今年のツアーの特典の1つ、コースディナーをいただいた。
これを味わうには、各公演日の前日にあらかじめキャピタルビレッジに予約を入れておく必要がある。提供しているレストランは、ボーセジュールとマルモラーダ。初日はせっかくだからということで、ボーセジュールにした。時間は17:00~と18:30~を選ぶことになるが、初日だし、グッズで並ぶことも考えて17:00を予約した。後でマサノリは「その時間しかなかったの?」と不満顔だったが、18:30~はいっぱいだったということにして、ごまかした。
夕方から夜にかけて、外がだんだん暗くなっていくのを眺めながら、ディナーをいただいた。気がつくと、銀色だった室内の明かりがいつのまにか金色に輝いていた。
メニューはこちら。 とても物語のあるお味だった。
当日デジカメを忘れたため、写真は29日(最終日)のものだ。冬の終りの野菜が少し異なっていた記憶がある。写真の紫色の野菜は、紫芋だ。
どちらのディナーも夕食券が使える。ボーセジュールは差額を支払うということだったが、もしかしたら夕食券だけで大丈夫だったのかもしれない。初日の夕食後、支払いのときにいきなり
「お支払いはありません」
だったか、いわれたからだ。目をパチクリさせていたら、私たちが夕食券のないコースだということがわかって、、料理代1名8,700円を払った。
2回とも、予約のときに、Tour Guest Passを必ず提示するようにと言われたが、19日、29日とも、その必要はなかった。19日に試しに提示してみたが、それを見て、「お部屋付けにされますか?」と、別な意味に取られてしまった。
初日と最終日では、レストランのスタッフの対応も随分違った。初日はどうもまだ慣れていないようだった。