その168 『ロストワールド』
映画ではなく、林真理子の小説の話だ。
この作品は、バブル期に時代の寵児ともてはやされた人物の妻だった女性が、その後子供1人を抱えて脚本家になり、バブル期の頃のドラマを書くことになって…というお話だ。
この作品の中で主人公は、自分のことをドラマにするつらさと、視聴率というものによって脚本を捻じ曲げられる苦痛を味わいながら、なんとか脚本家として生活できる見込みが立つようになるのだが、その過程で2人の男性から求愛される。
1人は前夫の友人、もう1人は若い役者。それぞれの求愛の特徴を対象的に描きながら、主人公がどちらを選ぶのか、読者は主人公と一緒に悩むことになる。この小説では最終的には女性の感覚、もっと言えば本能にゆだねている。
それぞれの男性に対する主人公の感覚、これは理屈ではなく、無意識の中で選択が行われる。本能が命じる貞操観念というべきか。誰が一番大切なのか、本能が選ぶというべきか。この感覚は、結婚したことのある女性なら共感できるのではないかと思う。
それにしても、視聴率というものがテレビ局の人間のいかに大きな価値判断基準であるかが実感させる小説だ。視聴率のためなら、準主役の俳優を途中で死なせることもいとわない。最近発覚した日本テレビのプロデューサーの事件とあわせると、「視聴率がすべて。視聴率のためなら何をしても良い。」とまで思っているのではないかと思える。
この場面を読んで、『空から降る一億の星』を思い出した。井川遥を途中で自殺させて、何とか最終回は高視聴率になったが、そのために深津絵里など特に第1話と途中からのキャラが全く変わってしまっている。最後はキムタクと深津絵里の魅力で何とかまとまったが、それにしても無駄の多い作品になったことは否めない。それもこれも、前評判に対してあまりに期待はずれなスタートだったせいだろう。このメンバーを揃えたのだから、なんとしても高視聴率をマークしなくてはならなかったのだろう。そのために何が行われたかが視聴者にもみえてくる代表的な事例だ。
このドラマについてのリアルタイムの感想は、その87に書いてある。
この小説は仕事の面でとても勉強になった。フリーの脚本家としてどのように立ち回るか、どのように運をつかむか、やはりフリーとして作家をしている作者の知恵を垣間見せてもらえた気がする。







