みよこの部屋 コメントページ

2003 年 9 月 27 日

その159 『ニコニコ日記』

カテゴリー: エンターテインメント — みよこ @ 12:00 AM

NHKのドラマ『ニコニコ日記』にはまっている。永井杏ちゃんがとてもいい。笑顔のかわいさと無表情のときの落差の激しさとか、微妙な表情の演技とか、実にうまい。今、このドラマとこの子のことは、新聞でも、ネット上でもかなり話題になっているようだ。
私が特に印象に残っているのは、母親の出演しているドラマを見ているときの表情だ。最初は眉毛の下の目が点のような、何ともいえない表情をしていたのが、アップになったときには少し感動したような表情に変わっていたところだ。こんな演技のできる子って、今まであまり記憶にない。それと、ナレーションもやっているのだが、淡々と話していく声がこれまたいい。泣ける。
彼女はこのドラマの制作発表で、緊張のあまり泣き出してしまったそうだが、とても意外だ。でも、演技中と素のときの落差が激しいということは、これはもう天性の女優なのかもしれない。

そうそう。子役といえば、『14ヵ月』の伊藤沙莉ちゃんもすごかった。永井杏ちゃんとは対照的な乾いた演技で、本当は35歳という役柄を見事に演じていた。この子はこの役だからこそ採用されたと言うべきか。ネットを検索したら、この子、avexの所属なの? 歌とダンスを習っているらしいhttp://aaa.avex.jp/activity/

2003 年 9 月 19 日

その158 卵と砂糖

カテゴリー: 思い出 — みよこ @ 12:00 AM

子供の頃、あまり裕福でなかったため(というより、はっきり言って貧乏)、食事はかなり質素だった。お米が命綱の食生活だった。
たとえば、おかずは丼一杯の黄粉(砂糖入り)が食卓の中心にあるだけとか、やはり丼一杯の納豆が食卓の中心にあるだけとか。よく栄養失調にならなかったと思うが、考えてみれば、今挙げた2品は共に大豆食品だ。また、実家の母はあまり料理が得意ではないが、味噌汁だけは結構まめに作っていた。味噌汁があると、おかずがあまりなくても結構満足できるものだ。つまり、子供の頃の食生活は、米と大豆が中心だったことがよくわかる。

このような食生活に役立っていたのが、母方の祖母が来るたびに持ってくる卵と砂糖だ。卵は納豆に入れたり、卵焼き、目玉焼き、卵かけご飯などに活躍、砂糖は黄粉に使ったり、学校から持ち帰ったパンをおやつに食べるときに、お湯で溶かしてパンにつけたり、卵焼きや煮物に使われた。
その後人並の食生活ができるようになっても、祖母は砂糖と卵を買ってきた。スーパーのチラシを見て、卵が安いとなれば、何度も並んで買う。これは戦争の体験がもたらした習性なのか、とにかく卵と砂糖には常に目を光らせていた。きっと私の祖母でなくても、こういう人は日本全国結構いらっしゃるのではないだろうか。

そういえば、砂糖については子供のころ母が酒屋さんで上白糖2袋を箱に入れてもらい、それをお中元に持っていった記憶がある。今は卵も砂糖もとても安価なものだが、あの頃は結構高価なものだったということを、こういうことを思い出すことで実感する。

2003.10.2
卵の値段は1個30円位の頃の記憶がある。が、砂糖については多分オイルショックによる買いだめの印象が強く残っているのかもしれない。

2003 年 9 月 11 日

その157 B足らん

カテゴリー: 健康・美容 — みよこ @ 12:00 AM

私の好きな谷崎潤一郎の作品『細雪』に、登場人物が「B足らん」と称してビタミンBの注射を自分でしたり、姉妹で打ち合ったりしているシーンがある。先日終わったテレビドラマ「大奥」でも、将軍家茂が脚気衝心の病で亡くなっている。家定についても、この病だったという話があるが、大奥では特に脚気とは言ってなかったような気がする。
ビタミンB1の不足による脚気については、原因がなかなかわからず、多くの人命が失われた歴史がある。麦飯が効くという、有効な説があったにも拘わらず、軍医であった森鴎外がそれを非科学的な民間療法として斥け、いたずらに多くの人命を失わせたという歴史もある。最近では、カップ麺ばかり食べているために脚気になるという事例もあるそうで、この病気、なかなか過去のものとばかりも言えないようだ。

ところで、私は30の声を聞いてもなかなかニキビ(吹き出物)が消えず、とても悩んだ。全く原因がわからず、私は脂性と決め付けていたが、ビタミンB2が慢性的に不足していることが、夜寝る前にビタミンB剤を飲むとお肌の調子が良くなることで気付いた。私の場合は炭水化物と油分の取りすぎによるものなのだろうか(結婚当初はともかく、今はそうは思えないが)、とにかく慢性的にB2が不足しているようなのだ。
その症状は結婚してから特にひどくなり、それまでは胸や背中にまでニキビができることはなかったのに、胸のニキビのためにファッションにまで影響するようになったときには「いったい何なの?」と思った。今でも、寝る前のビタミン剤を何日か忘れると、途端にブツンブツンと吹き出物ができる。
ビタミンB剤を飲むのは寝る前が良く、昼間に飲んでも、お肌には効かない。これは経験的に知った。それにしても、小さな錠剤1粒を飲むだけで、これだけ劇的に症状が改善するのを見ると、ビタミンの力ってすごいと、今更ながら実感する。

2003 年 9 月 10 日

その156 ●.(月と火星)

カテゴリー: ラブレターズ — みよこ @ 12:00 AM

火星が月に接近しているのを見ることができるという情報を得たのが、9日午前1時45分。早速ベランダに出てみたが、あいにく曇っていて見えなかった。でも、9日午後9時過ぎに見たときは、見事だった。すっかりあきらめていた私としては、拾い物したような気になった。
夜のニュースで報じていたのを見て、まずマサノリが外を見た。そして私に教えてくれたのだが、そのとき不精にもメガネをかけていなかったので、小さな火星が全く見えなかった。え?と思って、メガネをかけて再度挑戦したら、月のそばに点のように寄り添っている火星を見ることができた。とっても幻想的でうっとりする一方、「モーニング娘。」よろしく月に点がついているようで何となくユーモラスでもあった。

それにしても、メガネをかけていなかったら火星が全く見えなかったのはショックだった。日常ではメガネをかけなくてもあまり不自由を感じていなかったので、最近は、コンサートのとき以外は使っていなかったのだ。
そして、もっと驚いたのが、そのままパソコンに向かったときだ。まるで別の機械の前にいるようだった。普段あまり不自由していないと思っていても、実は随分と無理していたことを実感した。見逃してきたものも相当あるだろう。

しっかし、今までなんてもったいないことをしていたのだろう。そのことを気付かせてくれた天体に感謝!

2003 年 9 月 3 日

その155 元気な病人

カテゴリー: 家族 — みよこ @ 12:00 AM

実家の母が胆石の手術をした。お産以外では初めての入院に、母の留守中に父がちゃんと生活できるか心配して、胆石発見から2年たっての手術となった。幸いその2年間で特に悪化することもなく、内視鏡を使った手術で済んだ。
2年の間、油物を控えてきた母は、入院初日の昼食に油物があるのを発見し、先生に相談に行った。
「油物がありますが、食べて大丈夫なんでしょうか?」
生真面目な母は、これは食べてはいけないと言われたら、とても厳格に守る。2年の間、油物と思われるものは一切排除して食べなかったのだ。先生の答えは当然「大丈夫です」だったが、やはりここまで我慢したのに、入院したとたん痛くなるのは嫌だということで、2品のおかずをすべて父や私に食べさせ、自分は汁とご飯だけ食べた。貧乏性な母は、残すということを知らないのだ。

昼食の後、手術や必要なものの説明があり、必要なものを揃えるために売店に行くことになった。当然私が1人で行こうと思ったら、母は自分も行くという。8階の病室から1階の売店まで、父の度々の入院に勝手知ったるとばかり、スタスタと歩き回る。
結局初日は何だかんだ言って、ほとんど病室に入らず、患者用の食堂兼面会コーナーでおしゃべりしていた。
手術の後は管が4本も入っているのでさすがに歩きまわることはできなかったが(当然)それでも私がベッドのそばに来たら、酸素マスクがうっとうしいだの何だの言って、よくしゃべる。翌日からはまた8階から1階まで歩き回っていたようで、周囲に随分驚かれていたようだ。退院前日に行ったら、エレベーターに乗ってもペチャクチャよくしゃべり、エレベーターの中は母の独演会状態。他の人も微苦笑しながら相槌を打っていた。
退院の日は、自分でせっせと支度をし、父を待っていたが、のっそり現れた父は会計のためのお金を下ろさずに来たため、私が行こうとすると、これまた母も一緒に行くと言って、ついてきた。全く元気な病人だ。
小さくて丸っこい母が帽子をかぶって前を歩いている姿は、自分の母ながらかわいらしかった。

会計が済み、マサノリの運転で自宅に送る途中、ファミレスに入った。小食に慣れた母は、当然とても食べきれなかったが、「多すぎる、私には重い」と言いながら、一生懸命食べていた。無理するなと言っても心残りなようなので私が手伝ったら、マサノリに「あ~あ、これでまた太る」と言われてしまった。

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