その151 紫式部と二条
二条は源氏物語の紫の上に自身を重ねて『とはずがたり』を書いた。紫の上自身が幸せだったかどうかは置いとくとして、ある男性の第1の女性と認められていたことは、二条にとってうらやましい存在だったといえる。
二条は自身を紫の上になぞらえたために、自分は特別と考え、ともすれば后である東二条院をないがしろにしているととられる行動をとった。彼女にとっては身分はあまり関係ないものだった。それに対して、紫式部は常に身分を考えている。鎌倉時代になると武士が台頭して、身分関係も随分流動的になってきたため、それはある程度当然のことともいえるが、それにしても二条はあまりにお転婆だった。
紫式部は、噂を気にやみかなり内向的だった。あの時代に都に住み、宮仕えをして暮らすということは、その中に生きている人たちは元を辿ればどこかしらで血がつながっている狭い世間の中で競争しながら生きることになる。少し目立てば何やかやと噂をされるのは当然のことで、それをいちいち気にしていたら、身がもたなかっただろうに。
それに対して二条はというと、あまり他人のことは気にしていない。特に同性については、自分の恋のライバルになる人については多少の感情はあるものの、自分からあの人はどうの、こうのとは考えなかった。どちらかというと、攻撃される一方のタイプだったようだ。まあ、思ったことは何でも口にして、ストレスを溜めない性格だったのかもしれない。ただし、噂話は大好きだ。まあ、それくらいでないと、生きていけなかったともいえる。どちらかというと、清少納言の方に似ていたのかもしれない。
一見正反対と思える紫式部と二条。でも、その中に共通しているのは、「こんなはずじゃなかった」という気持ちだ。そういう気持ちがあるからこそ、読む人の心を動かす作品が書けたのかもしれない。
もっとも、作品としてはやはり『源氏物語』の偉大さはどんなに時代が下っても決して衰えず、比べるべくもない。あの時代に、「もののけ」といいながら、その正体を知っていたと思える書き方といい、紫式部は人間の心の奥深くを覗いて書いているように思える。
ところで、紫式部は『源氏物語』と『紫式部日記』、それと自撰の歌集である『紫式部集』を後世に残しているが、二条は『とはずがたり』以外には何か残していないのだろうか。増鏡が彼女の手によるものという説があるが、だとしたら、これもまた偉大な作品といえる。







