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2003 年 7 月 22 日

その149 紫式部 その2

カテゴリー: 古典作品 — みよこ @ 12:00 AM

『紫式部日記』を読み終わった。他人を次々と批判している部分は、日記ではなく手紙形式にしている。そして、その部分については「これは他の人に漏れたら大変なことになるから読んだらすぐに返してね」と、架空のあて先人に言っている。でも、中宮の最初の出産と2回目の出産の間にあったさまざまな行事などを記録して、道長の栄華を強調するための日記の中に記されているわけで、あなかしこみたいに書きながらとっても挑戦的なのだ。

紫式部は源氏物語のために相当目立ったわけで、当然かなり槍玉には上がる。そのためにいろいろ中傷されたことが悔しく、弟の彼女の手紙に当代一の風流人が集まっているのは自分たちのいる斎院のところだと書いてあったことに腹を立てたことに続いて、そういえばあれも、はたまたこれもと、連鎖式に怒りを書き記していったようだ。
私信の形式を借りて、普段は「一」という字も書けないくらいにホケたふりをしている位なのになんで私が知識を鼻にかけていると言われなくてはならないのかと書いて、その勢いで、「実際は弟より出来たのよ、私は」などと言っている。人の悪口など言うものではないといいながら、人の悪口を書き、知識をひけらかす人間は軽薄だといいながら、思い切り自慢している。まあ、それくらい怒りが日々鬱積していたのだろう。でも、紫式部は中宮の家庭教師なのだから、知識があって当然なのであり、そんなに気にしなくてもいいのにとも思うのだが、それを気にするのが紫式部のやっかいなところなのだろう。

清少納言については、漢字を書き散らして賢がっているなどとさんざんに書いているが、その後で自分もそんなようなことを書いているし、人の悪口を憶測で言うなといいながら、清少納言についての悪口も憶測でしかない。これについては『面白いほどよくわかる源氏物語』に、清少納言が枕草子で夫の縁者のことを滑稽に書いた仕返しだとか、道長をめぐってのさやあてだとか書いているし、紫式部日記の解説では、定子サロンを有名にした清少納言が憎らしかったのだろうと書いている。
結局何が引き金なのかはわからないが、日記中でも自分だって気楽に華やかに過ごしたいけど、出来ないのよみたいなことを書いているので、清少納言のようなタイプはうらやましくもあり、憎らしくもあったのだろう。でも、「言霊」が信じられていた当時に、将来ろくなことにならないとまで書いているのは、これはもう呪詛と言ってもいいと思う。
和泉式部については、昔から親しかったこともあり、人柄について批判しているわけではない。ただ、けしからぬところがあると書いてあるが、それはまあ、2人の親王との恋愛騒動などのことや、口の軽さなどの程度で、特に和泉式部を嫌ってはいないことは読んでいてわかった。ただし、和歌については、時としてはっとするようなすばらしい表現をすることもあるけれど、それはまあ、あくまでも感情を吐露したものであり、本当の歌詠みではないと、2度も書いて強調している。つまり、和歌については自分の方があくまで上と言いたいようだ。では、誰がすばらしい歌詠みなのかというと、中宮彰子付きの女房である赤染衛門を挙げている。

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