みよこの部屋 コメントページ

2003 年 5 月 30 日

その144 暴走と英断

カテゴリー: 仕事 — みよこ @ 12:00 AM

2003.8.20
確か、 ここにプレジデントという雑誌の特集を読んで書いたものがあったはずなのだが、誤って削除してしまったようだ。気付くのが遅く、復活できないのが残念。
そのうちにまた書けるようだったら、このテーマで書いてみたいと思う。

2003 年 5 月 23 日

その143 『ボス』

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 12:00 AM

『マドンナ』の入っている本は、短編集になっている。作者はサラリーマン物が得意なようで、全編サラリーマンが主人公だ。
その中に、『ボス』というのがあった。次の営業部長は自分だと思っていたところに、よそから女性の部長が来たところからこの小説が始まる。その部長が、それまでのバンカラな気風を変えて、合理的にしようという目的をもっていたために、主人公はことごとく納得がいかずに反発する。夫婦同伴のパーティーのシーンでは、夫のあまりの抵抗勢力ぶりに、妻がショックを受けている。また、その部長にスキがないのが気に食わず、何とか弱いところはないものかと食い下がるシーンがあったが、主人公は、上司の人間的なところを見つけて、好意をもつらしい。

電算写植時代に、私はもちろん平社員だったが、似たようなことはあった。その頃の私は、分厚い鎧を着て仕事をしていたのだが、ある上司が自分の仲の良い取引先の人を捕まえてはあいつは生意気だとか何だとか言って、自分の気に入る答えが得られないと、「あ、裏切り者」とか言っていた。
これでは埒があかないので、お話をしたことがあったのだが、私の弱いところをみて、態度が180度変わった。で、私の方も鎧を少しずつ脱いでいった。結局鎧はまた着なおすことになったが、この小説を読んで、その頃のことを思い出した。

2003 年 5 月 20 日

その142 『マドンナ』

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 12:00 AM

マドンナ雑誌プレジデントを初めて読んだが、なかなか面白い。普段あまり手にすることのない経営者の本だが、サラリーマンが読んでみるのもいいと思う。普段あまり考えない方面からの考え方が見えて、かなり役に立つ。
その2003.6.2号の特集で、「上司と部下の心理学」というのがあった。その中に、女性の部下に心底惚れてしまったらどうすべきかというのがあり、その中で、この小説のことが書いてあったので読んでみた。
作者は奥田英朗。

しっかし、リアルな小説だ。
この主人公は相手にフィアンセとか、あまり自分のそばにいない絶対的な相手がいることがわかればサッと終わるくらいの恋愛感情なのだが、それでも自分のそばに相手に恋をする人間がいれば、嫉妬の炎を燃やし、ジャマをする。好きな人とライバルが一緒に帰りそうだとみたとたんジャマを入れるところなど、かなりの数の男性が経験しているのではないだろうか。
主人公の恋愛期間には、ライバルの独身男との派手な喧嘩まであるが、喧嘩した本人同士は翌日にはさっぱりしてしまうのだから男同士っていいなあ。
この小説の中では語られなかったけど、恋愛の対象になった総合職の女性と、そうならなかった事務職の女性、せっかくうまくいっていたのに、これ、複雑だよね。その頃には上司はそんなこと忘れているのでまさか自分のせいで部下の間がギクシャクしても気付かないだろう。
「年下の男」http://www.tbs.co.jp/t-otoko/というドロドロしたドラマがあったが、実際、梓のような女性もいるし。
でも、こだわりあっている女性同士というのも、意外に相手のことを嫌ってはいなかったりする。


この小説は、主人公の一目ぼれから始まっているのであまり複雑なことにはならないが、一般的には双方の感情が絡む。男性の場合、自分が嫉妬の感情もつ=恋愛しているということらしいので、ある程度仕方がないのだろうが、そういう態度を取られれば、相手は何がしかの感情を持つし、周囲も気付く。そうして職場に泥沼の空気が漂うのだ。

2003 年 5 月 11 日

その141 『顔世(かほよ)』

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 12:00 AM

今回は、太平記巻二十一の「塩冶判官讒死事」を、谷崎潤一郎が戯曲化した『顔世』について書いてみたい。
この話は、南北朝の初期に、好色な権力者高師直に元公家の女房が自分の顔の広さを自慢したいがために塩冶高貞の妻である顔世が絶世の美女であることをもらし、彼女を得ようとした師直の讒言により塩冶高貞およびその妻子が死に追いやられるというものだ。歌舞伎が好きな方は『仮名手本忠臣蔵』でこの三名の名前はご存知だろう。
谷崎は、この戯曲で奥方に高師直が手紙や使いを寄越して言い寄っていることを知ったときの塩冶高貞の微妙な心理を演出しているように思える。ただ、結末は決まったもので変えようがなかったため、あくまでも暗示にとどまった。時は戦前。当時の谷崎としてもそこまでが限度だったのだろうが、そのために、この妙な演出と台詞が浮いてしまっている。
結局、このとき塩冶高貞に託したかったであろう心理は、後年に書いた『少将滋幹の母』で藤原時平に妻を奪われた藤原国経に託して、完成させている。

ところで、先ほど手紙と書いたが、高師直は2名の者に代筆させているが、そのうちの1人がなんと、あの『徒然草』吉田兼好である。吉田兼好の代筆した手紙は読まれることもなく打ち捨てられたため、以後吉田兼好は高師直のもとへの出入りを禁じられている(はたして本当に吉田兼好なのかは議論がある)。
さらに、この浅はかな女房、元は公家の女房だったが寄る辺がなくなり、京にいるあちこちの武士の屋敷に出入りしていたが、師直を恐れ地方へ逃げたという。なんだか誰かに似ている。そう。あの二条だ。
ただ、このとき彼女が生きていたとしても80~90歳位だし、彼女は京の中では武士とのつきあいをあまりしていないと思われるので、たぶん別の人だろう。時は南北朝初期、両統迭立で上皇が常に複数いた時を経て、その後南北朝に分かれてしまったため、二条のような境遇の人は結構多くいたのだろう。

2003 年 5 月 7 日

その140 『娼年』

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 12:00 AM

娼年この小説も石田衣良の作品だ。主人公のタイプや話の成り行きは『波のうえの魔術師』とよく似ている。ただ、波のうえの魔術師が男の世界なのに対して、こちらは女性について乾いた筆致で深く追求する物語だ。
大学在学中の主人公がひょんなことから女性相手の娼夫になる話だが、こういう話によくあるいやらしさはない。波のうえの魔術師の主人公と同じく、はじめはあまり気がすすまなかったのが、仕事をしていくうちに自分の仕事についてはきっちり自分用の資料をつくり、その道を極めようとしている。そこには変に自信家ぶったところはなく、ひたすらお客様を満足させるためにはどうしたらよいかを考えている主人公がいる。しかも淡々と。
波のうえ~の方は、結局犯罪になってしまうのだが、基本的には合法な職業だ。それに対してこちらは初めから非合法だ。だが、波のうえ~の方は、義憤にかられてという要素はあるものの、後で考えると「それって…」と首をひねることになるが、それに対して娼年の方は、最後に「何で…」とは思うものの、さわやかな後味が残る。
この本を喫茶店で読んでいたのだが、途中何度か涙が出てきて困った。
昨年読んだ田口ランディ作の『コンセント』と並んでお勧めの小説だ。
ただ、母親の話は余分に思えたが、もう1回読んでみるとまた違った感想を持つのだろうか。

石田衣良作品を続けて読んで、この人の作品の主人公には、マサノリと共通するところがあると思った。好きな映画とか、資料を熱心に作るところとか。そして私は仕事に対する考え方に共感を持てる。

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