その136 あるホームレスの話
ある日、60代に入ったばかりのの夫婦の家に突然電話がかかってきた。警察からだ。お兄さんと思われる方が亡くなったので、確認に来て欲しいとのこと。それは、30数年行方不明だった、夫の兄が亡くなったことを知らせる電話だった。
行方不明になってから10年ほどたった今から25年前、まだ生きていたその男の母と姉が、わずかに伝え聞いた消息を頼って、探しにいったことがある。結局見つけることができなかったが、電話はその、探しに行った土地の警察からだった。何のことはない。ずっとその土地に彼はいたのだった。
彼はいつの頃からかホームレスになっていた。60代になって、いよいよ体がきつくなってきたとき、昔一時世話になったことのある会社に、住み込みで働かせてくれと頼み込んだ。若い社長は快く受け入れてくれ、以来、家族のように接してくれた。
人を楽しませることが好きな彼は、職場でも親しまれていた。仕事もしっかりしていた。が、業務上薬品を使うため、資格が必要だった。そこで社長が書類を持ってくると、彼は姿をくらました。2~3日すると、戻ってくる。また書類を持ってくると、また姿をくらます。そんなことが繰り返された。彼は、読み書きが苦手だったのだ。元々勉強があまり好きでなかった彼は、学齢期にほとんど学校に行かなかったのだ。
彼は男3人、女2人の5人兄弟の真中だった。一番上の長男は頭が良く、貧しい中でも働きながら勉強をし、自力で高校を出た。2番目の長女はあまり頭は良くなかったが、何とか中学校まで行った。その次が彼で、すぐ下の三男は、長男が高校まで行かせた。一番下の次女は義務教育の後、働いた。
腕の良い職人だった父親は、戦争で全てを失い、以来、すっかりやる気をなくしてしまっていた。
彼が親兄弟の前から姿を消したのは、どういう心境からだったかは本人にしかわからない。結局彼は、両親の死に目にも会わず、結婚することもなく、たった16円のお金を残して夜中に襲った心筋梗塞のためにこの世を去った。
宵越しの金を持たない彼は、お金が入るとホームレス仲間のところへ行き、振舞っていたらしい。
彼は数人の名前と電話番号が書かれたメモを残していた。その中に三男の名前と電話番号があった。長男の名前はなかった。長男と次女は、つい2~3年の間に相次いで亡くなっていた。そのことを彼は知っていたのだろうか。三男は、彼が行方不明になった後、何度か転居をしているが、もちろん三男は彼の行方を知らなかった。予想外に近くに住んでいた彼は、兄弟の動向を知っていたのかもしれない。
行方不明になった当時はそんなに似ているとも思われなかった彼と三男だったが、30数年を経て、そっくりな顔になっていた。確認に行った三男を一目見て、警察の人が言った。
「あっ、そっくりだ。これは間違いないや。」
結局わずか2~3年の間に、5人兄弟がたった2人になってしまった。彼を家族のように感じていた若い社長は、自分のところから葬式も出すし、法事もやると申し出た。残された長女と三男の2人は、それではあまりにも申し訳ないと、遺骨を引き取り先祖代々の墓があるお寺に供養をお願いした。







