その125 お仕事体験記5和食ウエイトレス
洗い場をはじめたときは、アルバイト用のロッカーを使っていた。途中で責任者の奥さん(外国人で、一緒に働いていた)が出産で国に帰ったため、その間、その人のロッカーを使わせていただくことになった。
奥さんが復帰するとき、私は洗い場から和食ウエイトレスに配置換えになった。時給は1.5倍になり、時間も毎日午後2時からラスト10時~片付けまでということで、規則的な生活になった。
女子休憩室には畳がある。和食のウエイトレスは、そこに各自の箱を用意して、そこで着替えることになっている。昼メロを見ながら着物を着て、昼メロが終わった時点でいざ出陣だ。
当時やっていたのが、速水亮と手塚理美が出演していた『華の別れ』。主題歌『冬の旅人』が印象に残っているのだけど、今調べたら久石譲作曲で自ら歌っていたらしい。あの声がそうだったのかと思うと新鮮な驚きを感じる。
ウエイトレスはほとんど二十歳くらい。後は私より少し年上のアルバイトの人と超ベテランの配膳会からの仲居さんと女性チーフ2人だった。
初めてすき焼きを焼いたとき、煙をもくもく発生させてしまった。私は一応配膳会から派遣されているわけで、基本的にはプロの扱いだ。でも、仕事は完全に素人。そのあたりで、初めのうち少しつらい思いをした。でも、配膳会の超ベテランさんが動いてくださり、すぐに快適な状態になった。何がどうしたのか、未だに謎だ。こういうベテランが1人いると、職場は締まる。
そんなわけで順調に仕事をさせていただいた。ただ、2時に入って、3時から休憩、4時夕食、10時30分賄いというトンデモなスケジュールだったので、これが後の体重増加の土台になった。
そうやって仕事に慣れていくうちに、だんだん私の中にあせりが出てきた。もともとアルバイトのつもりで入った配膳会。このままずっと配膳の仕事をしていくのは本意ではない。随分良くしていただいたのに心苦しかったが、意を決してやめることにした。洗い場半年、和食3ヵ月だった。意志を表明したときは、ベテランさんに残念がられたが、それでも、やめるときには和食の人たち、洗い場のおばさんたちそれぞれいろいろ心遣いをしてくださった。
思えば素直で無防備だった分、周りの人たちが一生懸命護ってくださったような気がする。







