その110 アルジャーノンに花束を
ダニエル・キイス著『アルジャーノンに花束を』を読んだ。この作品は、多くの人の涙を絞ったらしい。が、私は泣けなかった。あまりにもチャーリーと自分を重ね合わせすぎたから。
私は、かなりおバカな子供だった。小学校3年の頃の担任は、はっきりと知的障害者扱いをしていたと思う。5年の時の担任は、知能テストの結果を見せてくれた。ひどかった。そして、それがひどいということも、見た時点でわからなかった。でもそのとき、この担任は結果を見せながら、「みよこはのろいからなあ。本当はこのくらいはいくはずなんだけど」と1つ上の段階を指差した。どちらにしても低いことには変わりはないのだけれど、このとき、初めて自信が芽生えてきた。
この先生はその後、ずいぶんいろいろ教えてくれたように思う。例えばノートの使い方。ノートを横に使う場合は、表紙が上にくるように、毎回ノートをひっくり返さなくてはならないような書き方をしないようにとか。また、休むときの言い方については「休みます」と言ったら、まだ許可していないから、そういう言い方は違うだろうとか。ノートの使い方についははっきりと教えてくれたから良かったが、言い方については、当時の私にはとても難しかった。「休んでもいいでしょうか」と言ったら、「ダメといったら休まないの?」と聞かれたり。最終的に、私は「休ませてください」と言ったが、このとき先生はどう言ったら気にいってくれたのか。
中学2年のときの担任は、体育の先生だった。この先生は、クラス全員に、毎日大学ノートに2ページ分、何か勉強して、一週間に一度見せろと言った。で、一人一人見せにいくのだが、その内容について質問される。で、ちゃんと答えられるとほめられる。初めてまともにほめられたなあ。よくやってるねって、ほとんど驚いていた。このとき、書けば覚えるということを学んだ。それからだと思う。急に成績が上がったのは。
この頃、将来小説家になりたいと思った。で、いろいろ勉強していくうちに、小説家って、あまりいい性格の人いないなと、なぜか思った。なあんだ。性格が悪い方が小説家になれるんだと思った。これが後で響いたと、今になって思う。人に対する思いやりというものを一番勉強すべきときだったのではないかと思うのだ。
中学3年のとき、課外授業で、成績別クラスというのがあった。受験対策だ。業者テストの順位でクラスを分け、正規の授業のあと、机を大移動するのだ。AからEくらいまであったのだろうか。私はだいたいBの上の方にいたが、あるときまぐれでAのお尻に入ったことがある。Bのときには楽だったのに、いきなり高度になって、頭のいい人たちはこんなことがわかるんだと思って感動した。そのとき、心のケアも兼ねていたのだと思うが、一番頭のいい子の作文が読まれた。その子は県内で一番偏差値の高い学校を受けることがきまっていたが、今まで、そんなこと考えたこともなかったのに、どうしても受験する学校のレベルで人を見てしまう自分が怖いというようなことを書いていたと思う。その子については私は同じクラスになったことがなかったのでよくわからないのだが、性格は至ってまじめで頼り甲斐のありそうな子だった。
高校3年のときは、クラスの子数人と毎日放課後図書室に行って勉強した。わからないところがあるとみんなで教えあって、それでもわからないと、大挙して先生の部屋に行ったっけ。あの頃は、毎朝新聞配達のバイトをしてから学校に行き、放課後勉強して、家に帰ったらお昼代を貯めて買った文庫本を読むくらいだった。それでも一校しか受けなかった短大に受かって、うれしかったなあ。今でも一番のいい思い出だ。
社会に出ると、初めて知る社会の壁というのが襲ってきた。雑巾の絞り方でしつけがどうのこうのと言われたこともある。いやあ、びっくりしたね。学校は横社会だけど、会社は縦なのよね。
でね、2つ目の会社のとき、私はもともと頭が良くなかったから、自分がわかることが、本来わからなくてはならない上司が理解できないのが不思議だった。ほとんど許せない気持ちになって、突っかかったこともある。ひどいよね。でも、人間って、得意不得意があるわけで、ある分野でどんなに有名な人でもわからないことはあるんだということが、ここにきてようやくわかってきた。
本は、読む人を傷つけないように書いてある。「嫌なやつ」という表現はない。テレビでは、わかりやすくするためか、単純な表現方法をとる。本でチャーリーに自分を投影する人は多いという。チャーリーは決して「嫌なやつ」ではない。
そうそう。一時期、小説家に神経衰弱が多かった。自分を極限に置いて作品を作った人々には、そういう症状もいい作品を作るための試練だったのだろう。
日本語版序文には、「愛情を与えたり受け入れたりする能力がなければ、知能というものは精神的道徳的な崩壊をもたらし、神経症ないしは精神病すらひきおこすものである」と書いてある。
とってもよくわかる。







