みよこの部屋 コメントページ

2002 年 12 月 27 日

その113 地味なクリスマス

カテゴリー: 仕事 — みよこ @ 12:00 AM

今年はとても地味なクリスマスだった。理由は印刷業界の「年末進行」である。といっても、いくつも掛け持ちしているわけではないから、「地獄の」というわけではないし、これはまあ印刷業界だけのことではないだろうが、さすがに最後の追い込みはきつかった。
24日は昼からずっとパソコンの前。テレビの夜中の番組から朝の番組までBGMにして延々と仕事を続けていた。お昼頃、やっと上がった前半分を宅急便で送って、ひとまず仮眠。夕方からまた翌日昼まで作業を続け、午後3時頃宅急便に出して、今年の仕事が終了した。つまり、24日の夜から26日の昼まで仕事漬けだったわけだ。
朝の番組って、同じことを同じ表現で何度も繰り返して報道してるのね。朝それぞれ違った時間帯に出勤する人たちが同じニュースを知っているということは、そういうことなんだとわかるけれど、実際に聞いていると、「ああ、そうだったんだ」って改めて思った。普段と違うことをすると、新しい発見がある。

25日発売の地球音楽ライブラリー松任谷由実、初のオフィシャル・データブックということだが、早速マサノリが買ってきた。最後の方に田口ランディのエッセイを見つけた。やっぱりユーミンファンだったのね。
この本が今年のクリスマスプレゼントかな。
そうそう。今日、ようやく仕事用のパソコンが届いた。これで今使っているデスクトップパソコンを修理に出せる。もう少し早く届いていたら、この年末進行も楽にこなせたのに(^^;

2002.12.31
やっと仕事部屋が確保できた。マサノリがせっせとスペースを作ってくれた。感謝。

2002 年 12 月 17 日

その112 『挑む女』

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 12:00 AM

挑む女群ようこ作『挑む女』を読んだ。
この作品は、4人の性格も年齢も違う女性が、いろいろなことにぶつかりながら自分の人生を生きていく話なのだが、まあ、普通この4人は友達にはなり得ないだろうなというような組合せである。1人は学校を卒業後、勤続20年、とても頼りがいのあるタイプ、2人目は学校を卒業以来、お見合いを続けてきたがまとまらず、41歳になるまで一度も就職せず、家事もせず家にいる人、3人目は一度就職したがあまりのドジさ加減に結婚退職後も語り草になっている人、4人目は、今までの三人に比べて年齢が若く、会社に行くのも何をするのもいい男をGETするためと思っているハデハデな人だ。
当然話をすればお互いの言葉にカチンときたり、付き合いきれないと思ったりする。特に、勤続20年の人は、一度も就職してない女性にかなりきついことを言っている。それでも頼られたら嫌と言えない彼女は、初めて就職することになった彼女をハラハラしながら見守っている。
物語は勤続20年の人が、他の三人の就職や転職にかかわり、結局採用されたのは1人だが、その後はそれぞれに居場所を見つけていく。いろいろ欠点があって、あるところではとても浮いてしまったり、使えないと思われるような人でも、別の場所に行けば、ぴったりなじんだりしている。
結局、あるところで自分が否定されたとしても、自分まで自分を否定する必要はないということかな。

2002 年 12 月 13 日

その111 石川セリライブ

カテゴリー: ライブ — みよこ @ 12:00 AM

12月2日、赤坂ACTシアターで、石川セリのライブがあった。石川セリももちろんだが、私には村石ドラムも見たいところだった。
当日席につくと、ドラムセットがない。え?ドラム、ないの?と心配になったが、ライブの途中で後ろの幕が開いて、2台のドラムが出てきたときは感激した。
曲目は、懐かしいもの中心にやっていた。演奏する方も、観客も、双方平均年齢が高かった。ムーンライトサーファーは、もう少し盛り上がってもよかったと思うが、比較的新しいからねぇ。でも、デビュー曲の8月の濡れた砂は2回も歌って、やはり観客もこれを期待していたという感じかな。
それにしても豪華なメンバーだった。なんと、ブレバタがコーラスよ!もう嬉しくて嬉しくて。でも、セリさん本人がライブに慣れていないようで、最後をどのように締めたらいいのか戸惑っている感じが初々しかった。話題もダンナのことが多かったかな。井上がお世話になってますとか。せっかくのメンバーなんだから、もう少し何かあっても良かったと思うんだけど…
そうそう、もちろんダンナ(井上陽水)も出演した。仲良さそうに一緒に歌ったりして。ちょうど文春?かなにかに危機説が出てたけど、どうなんでしょ。同業者だといろいろあるのかな。真偽のほどはわからない。
まあ、私は仕事については束縛されたくないな。もともと仕事は当然するものと思っていたし、マサノリも当たり前のように受け入れてくれた。仕事をどうするかという考え方が一致していないと、難しいよね。
マサノリは私がフリーのDTPオペレーターとして開業することも反対しなかった。とっても感謝している。

2002 年 12 月 2 日

その110 アルジャーノンに花束を

カテゴリー: 小説・作家 — みよこ @ 12:00 AM

アルジャーノンに花束をダニエル・キイス著『アルジャーノンに花束を』を読んだ。この作品は、多くの人の涙を絞ったらしい。が、私は泣けなかった。あまりにもチャーリーと自分を重ね合わせすぎたから。

私は、かなりおバカな子供だった。小学校3年の頃の担任は、はっきりと知的障害者扱いをしていたと思う。5年の時の担任は、知能テストの結果を見せてくれた。ひどかった。そして、それがひどいということも、見た時点でわからなかった。でもそのとき、この担任は結果を見せながら、「みよこはのろいからなあ。本当はこのくらいはいくはずなんだけど」と1つ上の段階を指差した。どちらにしても低いことには変わりはないのだけれど、このとき、初めて自信が芽生えてきた。
この先生はその後、ずいぶんいろいろ教えてくれたように思う。例えばノートの使い方。ノートを横に使う場合は、表紙が上にくるように、毎回ノートをひっくり返さなくてはならないような書き方をしないようにとか。また、休むときの言い方については「休みます」と言ったら、まだ許可していないから、そういう言い方は違うだろうとか。ノートの使い方についははっきりと教えてくれたから良かったが、言い方については、当時の私にはとても難しかった。「休んでもいいでしょうか」と言ったら、「ダメといったら休まないの?」と聞かれたり。最終的に、私は「休ませてください」と言ったが、このとき先生はどう言ったら気にいってくれたのか。

中学2年のときの担任は、体育の先生だった。この先生は、クラス全員に、毎日大学ノートに2ページ分、何か勉強して、一週間に一度見せろと言った。で、一人一人見せにいくのだが、その内容について質問される。で、ちゃんと答えられるとほめられる。初めてまともにほめられたなあ。よくやってるねって、ほとんど驚いていた。このとき、書けば覚えるということを学んだ。それからだと思う。急に成績が上がったのは。
この頃、将来小説家になりたいと思った。で、いろいろ勉強していくうちに、小説家って、あまりいい性格の人いないなと、なぜか思った。なあんだ。性格が悪い方が小説家になれるんだと思った。これが後で響いたと、今になって思う。人に対する思いやりというものを一番勉強すべきときだったのではないかと思うのだ。

中学3年のとき、課外授業で、成績別クラスというのがあった。受験対策だ。業者テストの順位でクラスを分け、正規の授業のあと、机を大移動するのだ。AからEくらいまであったのだろうか。私はだいたいBの上の方にいたが、あるときまぐれでAのお尻に入ったことがある。Bのときには楽だったのに、いきなり高度になって、頭のいい人たちはこんなことがわかるんだと思って感動した。そのとき、心のケアも兼ねていたのだと思うが、一番頭のいい子の作文が読まれた。その子は県内で一番偏差値の高い学校を受けることがきまっていたが、今まで、そんなこと考えたこともなかったのに、どうしても受験する学校のレベルで人を見てしまう自分が怖いというようなことを書いていたと思う。その子については私は同じクラスになったことがなかったのでよくわからないのだが、性格は至ってまじめで頼り甲斐のありそうな子だった。

高校3年のときは、クラスの子数人と毎日放課後図書室に行って勉強した。わからないところがあるとみんなで教えあって、それでもわからないと、大挙して先生の部屋に行ったっけ。あの頃は、毎朝新聞配達のバイトをしてから学校に行き、放課後勉強して、家に帰ったらお昼代を貯めて買った文庫本を読むくらいだった。それでも一校しか受けなかった短大に受かって、うれしかったなあ。今でも一番のいい思い出だ。

社会に出ると、初めて知る社会の壁というのが襲ってきた。雑巾の絞り方でしつけがどうのこうのと言われたこともある。いやあ、びっくりしたね。学校は横社会だけど、会社は縦なのよね。
でね、2つ目の会社のとき、私はもともと頭が良くなかったから、自分がわかることが、本来わからなくてはならない上司が理解できないのが不思議だった。ほとんど許せない気持ちになって、突っかかったこともある。ひどいよね。でも、人間って、得意不得意があるわけで、ある分野でどんなに有名な人でもわからないことはあるんだということが、ここにきてようやくわかってきた。

本は、読む人を傷つけないように書いてある。「嫌なやつ」という表現はない。テレビでは、わかりやすくするためか、単純な表現方法をとる。本でチャーリーに自分を投影する人は多いという。チャーリーは決して「嫌なやつ」ではない。
そうそう。一時期、小説家に神経衰弱が多かった。自分を極限に置いて作品を作った人々には、そういう症状もいい作品を作るための試練だったのだろう。
日本語版序文には、「愛情を与えたり受け入れたりする能力がなければ、知能というものは精神的道徳的な崩壊をもたらし、神経症ないしは精神病すらひきおこすものである」と書いてある。
とってもよくわかる。

Powered by WordPress

ホットワード 部屋 コメント padding margin 地味
割引クーポンまとめ情報 - クー割