その108 文章読本さん江
エディカラーのMLで、この本を読まれた方が爆笑したと書かれたので、谷崎潤一郎ファンである私としてもこれはぜひ読まねばと思い、早速読んでみた。
タイトル『文章読本さん江』、斎藤美奈子著、筑摩書房が出していてる。
いや~、小気味良かったこと。どんな文豪だろうが大家だろうが、遠慮なく批評するこのすがすがしさ。特に、言文一致運動の頃の試行錯誤中に出てきたトンデモな文体を挙げていって、そのあとにそれを批評するのにその文体を使って書いているところなんか、もう大爆笑!ただ、結論の方になってくると、まじめになっていって、笑いも少なくなってきた。結局は、今までの文章読本をさまざまに取り上げた末に、彼女の文章読本としてのキャッチコピーである「レトリック」というのを持ち出して終わっている、文章読本論という文章読本だね。
でも、それは決して悪口ではなく、これだけ色々調べ上げて、しかも歯に衣を着せずに、楽に読める本を書かれたのには敬服する。いや~、本当に面白かった。
谷崎の文章読本といえば、私も途中まで読んだのだが、志賀直哉の暗夜行路を例文に持ち出した時点でやめた記憶がある。谷崎の文体といえば「だらだら文」とか言われるが、その生涯にはさまざまな文体の作品を編み出している。彼は文章読本で文章に芸術的も実用的もないと書いているが、一瞬ウッソーと思えるようなこの理屈も、意外や意外、結構実践しているのだ。その証拠に、明治大正の頃の作品でも、旧字体が難しいだけで、結構読みやすいのだ。
ただし、春琴抄だけは別だ。百恵友和の影響で、いきなりこれを読んで投げ出した人は数多いだろう。これは谷崎の実験的な小説なのだ。つまり、なるべく点や丸を省いて、せりふと地の文の境目をあいまいに、ずらずらと並べるという、源氏物語を真似た文体なのだ。
その一方で、短歌も書いている。この中にはもう、「サラダ記念日」も真っ青の口語体のものがある。
「我といふ人の心はたゝひとりわれよりほかに知る人はなし」
という作品が有名だが、他には、これ短歌?と思うようなものも多々ある。曰く、小便をたれるように短歌を作ればよいとのこと。手紙が候文なのを考え合わせると、結構面白い。
文体といえば、このLovelettersもねぇ、いつも自分に蹴り入れてるのよ
暗い!何でストレス解消サイトでこんな重い文体で書いてるのよ!
ってね。







