その104 『インストール』
昨日の夜、ベッドの脇に『インストール』という高校生の女の子が書いた小説が置いてあった。マサノリが読んだものだ。マサノリは、自分が読んだもので、お勧めのものは、私の目につくようなところに置いておく癖がある。私が自分ではまず買わないような小説でも、マサノリがこれはいいと思ったら、そのようにして私に情操教育を施してくれる。自分1人の選択ではどうしても範囲が狭まるので、このシステムには随分助けられている。
で、読んでみた。一気に読めた。今まで優等生でやってきた高校生の女の子とこれまた優等生の小学生の男の子が、ちょっと道を外してみて、気が済んでもとの世界に戻るお話である。この小説、不登校、引き篭もり、主婦売春など、キーワードがテンコモリである。テンコモリなのに、内容は実にシンプルかつわかりやすい。この作者がどこまで疑似体験したかはわからないが、パソコンのことなど全くわからない人にも読めるように書いてあるところがすごい。
(ここで年寄りの昔話)
インストールといえば、MS-DOSの時代はプログラムを特定のディレクトりにコピーしてから、やれファイルズ(一度に開けるファイルの数)だ、バッファーズだ、やれパスを通すだ、七面倒くさいことこの上なかった。ハードディスクに1つだけ大きなソフトをインストールするなら説明のとおりに設定すれば問題はないが、これが複数となると、やっかいだ。ファイルズやバッファーズはconfig.sysというファイルに設定する。この数値が不適切だと、ソフトが立ち上がらない。パスを通す方は、Autoexec.batというファイルに記述する。ウインドウズでは今でもDOS窓いうのがあって、ここから実行するソフトをインストールする場合には、これを編集しなくてはならないことがある。ここでそのプログラムのある場所を指定しておかないと、わざわざそのプログラムが保存されている場所に移動してから実行しなくてはならないからだ。でも、DOS窓を使わないソフトなら、今はインストール用のプログラムをダブルクリックすればあとはすべてソフトがやってくれるので楽チンこのうえない。だからウインドウズ95が出るまでは待ち遠しくて、出たときはもう嬉しくて嬉しくてしかたがなかったのだ。OSについてはその後しばらくは新しいバージョンが出ればすぐにというものだったが、最近では下手にバージョンアップなどしたら、今まで使えていたソフトや周辺機器が使えなくなったりする。利点といえば新しい周辺機器が簡単に使えるようになることくらいかな?
この本に出てくるパソコンはMacのようだから、
この昔話は全く関係ないけど(^O^)
(昔話終わり)
さて、文芸賞の選評の中には、この「インストール」というタイトルにイチャモンをつけて、ご親切にも実につまらないありきたりなタイトルをつけている人がいたが、高校生が部屋のものすべてを捨てて、その中にあったオンボロパソコンをもらった小学生がOSを再インストールして再生させたところからこの物語が転がっていくということを忘れているのではないだろうか。ちょっと見には?マークがつくタイトルだが、私はなるほどねと思った。
2002.10.25
1つ訂正。選者はタイトルにイチャモンはつけているが、タイトルをつけたわけではなかった。でも、言ってる意味はわからないでもないが、なんかズレている気がする。
第一、インストールというタイトルがどうして現代風俗を連想させるのだ?







