みよこの部屋 コメントページ

2002 年 9 月 21 日

その101 『ツーハンマン』

カテゴリー: エンターテインメント — みよこ @ 12:00 AM

テレビドラマツーハンマン」が最終回を迎えた。このドラマ、通販会社の苦情処理課に勤めるジミな男が毎回仮面をかぶって身近な人々を幸せにするために商品のプレゼンテーションをしながらよくある行き違いについて話をするというものだ。平たくいえば説教だ。この説教で親子、恋人、夫婦、仲間などの間でのちょっとした行き違いや心の問題の糸をほぐしていった。ほのぼのとしたドラマだったなぁ。
この中で、親子が口を開けば喧嘩ばかりで、もう縁を切るというところまでいきそうになったときに、ツーハンマンが、無理に喋る必要はない。黙っていたって親子なんだから心は通じるといったことがあった。これ、夫婦でもいえるなと思った。まあ、夫婦の場合は元は他人なので、親子ほど無条件というわけにはいかないが。

私たちは出かけるとき、車で移動することが多い。というより、最近はほとんど車だ。で、以前は助手席で寝ることはとてもひどいことだと思って、一生懸命起きていたが、このごろどうも眠いことが多いので、気が付くと寝ている。また、車の中でほとんど一言もしゃべらないことも増えてきた。それでも別にぎこちない空気というわけではなく、お互いに気にしない。もちろん、喧嘩のために口を利かないこともあるので、そういうときは別だが。
それでも、私が仕事のことばかり考えて、気持ちが別の方向を向いている状態が何日も続いていたりすると、やはりお臍がだんだん横を向いていくらしい。なんだか変だと思って下手に機嫌をとろうとすると、ひどいことになる。でも、同じことを楽しみ、そのことについて他愛のない話をしたりすると、今までの険悪さがウソのように晴れる。
気付かないうちに相手にさびしい思いをさせていることってあるよね。

2002 年 9 月 12 日

その100 136s of YUMING and Illustrations

カテゴリー: ユーミン — みよこ @ 12:00 AM

これはぜひ行きたいと思いつつ、なかなか行けなかった展覧会。9日と11日についに見に行くことができた。
9日は時間がなく、大急ぎで見に行ったが、そのときに水曜日は夜8時30までで、イラストレーターの方々にも会えるということを知り、再度11日に行くことになった。
11日はマサノリが仕事、私も仕事で家に電話がひっきりなしの状態だったため、マサノリが仕事場から直接、つづいて私が家から行くという形になった。私は着いたのが8時を過ぎていたため、またしても大急ぎで、じっくりとはいかなかったのが残念だった。でも、その分マサノリは堪能したようなので、まあ良かったと思っている。
私は『TYPHOON』が特に印象に残った。放さないわよ!という感じがなかなかよい(^^)。でも、マサノリのイメージではシーツはシルクで、ゴージャスなイメージがあったのだそうだ。私はごく普通の1人暮らしの部屋を思い浮かべていたので、木綿の感じがちょうどいいと思った。つまり私のイメージにはかなり近かったことになる。ただ、女性の表情が明るすぎるのがいまいちイメージに合わないけど、まあ、それも解釈で、「どんどん曇ってきたわ、うふふ」と考えればまあ笑みが浮かぶのも無理はないかと(^O^)
マサノリが仕入れた情報では、あの窓から見える家に秘密があるそうで、そういう裏話が聞けたという点でも11日に行ってよかったと思う。

シーツの素材をどうイメージしていたかというのは心理テストになるかもしれない。

全作品が載っている本も買った。これからこれを毎日じっくり眺めることになるだろう。そうしたら、また別の作品にスポットがあたるかもしれない。また、もっと違った解釈もいろいろ出てくるだろうと思うと、またわくわくしてくる。

私ごとだが、はじめてドローソフトを買ったとき、絵入りのユーミンの歌詞カードを作った。買ったソフトは「COREL DRAW」という、値段の割に高機能が売りのソフトだった。今はIllustratorを使っているので、このソフトの出番はお正月ぐらいになってしまったが、多くのファイル形式に対応しているし、プロフェッショナルエディションにはさまざまなソフトやクリップアートがテンコモリなので、結構お得である。
このとき作ったのが『別れのビギン』と『満月のフォーチュン』だった。自分で絵を書く才能がほとんどない(何しろ子供の頃、チューリップしか書かないことを母親が心配してお絵かき教室に通わせたが、他のものも書けた時点でやめたようなわけで)のでCOREL
DRAWについているバタ臭いクリップアートを使ったものだったが、私としてはなかなかよくできていたと思う。ユーミンの曲は、絵にしたくなる衝動を与えてくれる。
でも、マサノリに見せたら、「あんたなんでみんな塗るの?」といわれてしまった。
つまり、白いところを残すのがなんとなく不安で、背景を塗りつぶしてしまったのだが、それがマサノリには不思議だったらしい。
これからまた絵が下手なのに何かを表現したくなる衝動に駆られるだろう。

ところで、11日に私が到着するまで、マサノリは随分いろいろな情報を収穫したらしい。これからこれを1つ1つ聞き出していくのが楽しみだ。で、そのときに、『罪と罰』を書いた人に、「この曲、うちの奥さんが好きなんです」といってサインをいただいたそうだ。
しっかり美代子さんへと書いてあるのを見て、感動してしまった。

2002.9.16
昔作ったデータを探していたら、「別れのビギン」が見つかった。
恥ずかしながら公開。

まあ、なんと直球な(^^;

2002 年 9 月 9 日

その99 江ノ電100周年

カテゴリー: 夫婦 — みよこ @ 12:00 AM

7日に、もう恒例になりつつある鎌倉歐林洞でのブレバタのライブを見に行った。
私たちは車で行ったが、歐林洞の駐車場が収容数が少ないことは承知しているので、車は鎌倉駅の近くの駐車場に止めた。
車を止めるなり、マサノリが一言。「お金はあるの?」いきなり詰問調である。
「郵便局に行けばあるよ」と私。ここでもうマサノリの顔は怒りングマークに変わっていた。
駐車場を出たらすぐに鎌倉郵便局があった(ホッとした)。早速郵便局に入った。このときマサノリの顔の怒りングマークはまだ健在。
用が済んで、ふと周りを見ると、マサノリがいないことに気付いた。私の頭を後ろから見たら、汗マークがついていただろう。外に出てみるが、やはりいない。ということは中にいるということで、勝手に外に出てしまったことでさらに厳しい状況を思い浮かべ、汗マークを増加させて慌てて中に入る。
ふと、奥を見ると…

すっかりニコちゃんマークに変わったマサノリの顔があった。奥には、江ノ電100周年を記念して、パネルや模型があったのだ。
マサノリはしばらく写真や模型を楽しんだあと、窓口で記念レターセットを購入した。

あ~良かった。江ノ電・鎌倉郵便局様様! おかげでどんなに助かったことか。

ライブは、初めのうちはブレバタが他の人と組んだときに作った歌などをいくつか演奏したあと、お馴染みの曲に入っていった。相変わらず訥々とした会話と進行が面白い。

今回はさらにユーミンと井上陽水夫人でもある石川セリが見に来ていて、アンコールではユーミンを目の前に、『あの頃のまま』を歌った。

幸也さんの「先生の前で歌うようで緊張しますが、この曲はこれからもずっと歌いつづけていくと思います。この曲のおかげで社会復帰ができました」というコメントとともに。

2002 年 9 月 1 日

その98 巨峰と奈良漬

カテゴリー: 思い出 — みよこ @ 12:00 AM

このところ、パソコンの調子が悪いことと、仕事が追い込みにかかってることで、更新が滞っている。9月に入ったので、壁紙も変えなくてはと思って、マサノリに絵を依頼したところ、あまりいい返事が来ない(^^;なので、また自分で作ろうと思ってはいるのだが、今しばらくはこのままになりそうだ。

ところで、私は埼玉県大宮生まれの大宮育ち、嫁ぎ先も大宮で、まあ、大宮に根を張っているようなものなのだが、短大はなぜか長野に行っている。で、長野で寮生活をしていたときのお話をしたい。
寮で生活している学生は、週末や夏休みなどに実家に帰る。そして、休みがあけると食料を持って寮に帰ってくるのだが、ほとんどの場合は白瓜の奈良漬、または季節にはビニール袋に入った巨峰だっだ。東京の大学では寮生の出身地は日本全国からだが、そこは県立だったせいもあるが、ほとんどが県内からである。長野県は山に囲まれているので、県内でも通うのは大変なのだ。

で、まず奈良漬。これはご飯のときのおかずにもなるのだが、お茶請けにも出てくる。大きなお皿に無造作に奈良漬を盛り、みんなでつまみながらお茶を飲むのだ。最後に1つ残ると誰ともなく「信州人の1つ残し」という。まあ、これは長野県人でなくても、心理的に手を出しにくいとは思うのだが、長野の人は何でも「信州人の」とつけたがる傾向がある。私など1つ残っていると気持ちが悪いので、あえてその1つをとって失敗したりする(^^;
で、この奈良漬が各家で味付けが微妙に違っていて、美味しい漬物が漬けられればその嫁は1人前なのだそうだ。私は白瓜自体見たのが初めてで、大根の奈良漬は結構好きだったのだが、この白瓜の奈良漬は苦手だった。それでも1切れ2切れは必ずつまんでいた。
奈良漬についてはもう1つカルチャーショックがあった。スーパーのレジのアルバイトをしていたのだが、季節になると、酒粕がドンッと積み上げられるのだ。それまで酒粕は板状だとばかり思っていたのだが、ぬかみそのような状態の酒粕が袋に入って積み上げられているのだ。いかに奈良漬がこの地域の人たちの食生活に根付いているかがわかるシーンである。
そうそう。お菜洗いというのもあった。これは11月頃、野沢菜を各家で洗うのだが、この時期は隣近所もお互いに手伝い合いながら野沢菜を洗う。そこら中一斉に洗い出すので、この時期は水の出が悪くなるそうで、クリーニング屋の娘がぼやいていたっけ。

次に巨峰。私は巨峰というのは綺麗な箱に一房入っているものとばかり思っていた。でも、長野は産地なので、生産している家の子は、ビニール袋に無造作に入れて寮に帰ってくる。これは本当に驚いた。私も長野にいたときは、巨峰をたくさん食べることができた。埼玉に戻ってからはそんなことはとてもできない。昔は産地と他の地方の物資の価格差を利用して廻船業が儲かったということだが、今のように流通が行き届いている時代でも、やはりそれなりの差はあるのだということを身をもって実感した。

今日は長野県知事戦。ふと昔話を思い出してしまった。
こういうことって、1泊や2泊の旅行ではあまり味わえないことかもしれない。2年ばかりの長野生活だったが、今思い出すと、これもいい経験だったなと思う。

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