その86 北山准后九十賀
とはずがたり第7弾。香港のお話はこの位にして、再びとはずがたりの話に入りたい。
二条が御所を追放されてから、手元で育てている有明の月の遺児を見捨てるわけにいかず、出家できずにいたところ、大宮院から北山准后九十賀に、北山准后方の女房として出仕せよとの話があった。
北山准后というのは、二条の母方の祖父の妹であり、曙の祖母である。二条の母と二条自身の宮仕えに際しての親代わりでもある。二条母子はこの北山准后にとても可愛がられた。
大宮院というのは、後深草・亀山両上皇の母で、北山准后の娘である。東二条院の姉でもある。とはずがたりの中では常に二条に対してやさしい言葉をかけているが、それに対して二条はいつも後ろ向きである。どうも後深草院が譲位するときのいきさつから後深草院が母である大宮院を恨んだことと関係しているのか、二条自身はこの人を信用できないのかもしれない。
二条は、御所を追放された身で、何がうれしくてこんなところに出て行けるかと、断る。が、大宮院は諦めず、何度も言ってくるので、あまり断るのも意趣があるようでということで出仕することにした。初めは北山准后の女房としてということだったが、それもどうかということで、大宮院の女房としての出仕となった。
大宮院方の女房はみな同じ色の衣装で揃えていたが、二条には西園寺家の当主が飾りまでついた特別な衣装を用意してくれた。北山准后というのは西園寺家当主の祖母なのだ。西園寺家当主とは、曙のことである。もともと二条は特別扱いが大好きな人なのだが、このときはこんなの嬉しくないと言っている。確かに、追放された身であまり目立ちたいとは思わないだろう。
このめでたい行事の中で、胃の痛くなるようなやりとりが少なくとも二つあった。
まず1つは、賀宴二日目。大宮院方の女房の一人、権中納言局が歌を差し出したところ、亀山院が「雅忠卿の女の歌は、など見え候はぬぞ」と尋ねた。それに対して大宮院が体の具合が悪いようですと答えている。そのとき、西園寺(曙)が「なぞ歌をだに参らせぬぞ」と二条に言ったところ、二条は「東二条院より、歌ばし召されるなと、准后へ申されける由、承りし」と答え、前々からこの会の参加人数には入っていなかったと聞いているから、歌を差し出すことなど思いもよらなかったと心の中でつぶやいている。曙に甘えてこんなことを言っているのだろう。
もう1つは、賀宴三日目の夜、舟遊びの中で連歌が行われた。
亀山院、二条、春宮太夫(曙)、具顕、春宮御方、亀山院、と続いて、その次につけた二条の歌が、
「憂きことを心一つに忍ぶれば」である。これには後深草院が即座に反応して、
「絶えず涙に有明の月」と割り込んだ。そういう彼女の心の中は知っているぞとわざわざ前置きして。
これに対して、亀山院が「この有明の子細、おぼつかなく」と言った。
つまり、後深草院は、二条が追放のことを恨んで言っていることを知っていて、それを亡き有明の月への思慕にすりかえたのだ。得意のあてこすりである。でも、本当はこんな風にあてこするつもりなど、後深草院にはなかっただろう。この舟遊びにも気がすすまない二条を、とてもやさしく誘い出したのは後深草院なのだ。二条が都合の悪いことを言い出しそうなので、ついこんなことを言ってしまったのではないだろうか。亀山院の前だし…。
この会は、北山准后のことにかこつけて、気の毒なことをした二条との和解を大宮院がもくろんでのことではないかと思われる。第一日目に、あらかじめ両院に加えてまだ姫宮である遊義門院も来ていた。一説には、気の毒な二条にそれとなく会わせようという大宮院のはからいだといわれているが、そのあたりはどうなのか、私にはわからない。でも、特に目立つ衣装を二条に着せたことは、何か意味があるように思われる。それよりも、大宮院としては、自分の息子二人と二条の間のもやもやとか、曙からの口添えなどもあり、和解の機会をつくろうとしたのではないだろうか。
この宴のあと、後深草院が西園寺へ御幸するというので、二条にも来るようにと熱心に誘われたが、二条はかたくなに断った。この割り込みがなければまだなんとかなっていたかもしれないが、この歌のために、すべてはぶち壊しになった。
結局、後には一応の和解は成ったのだろう。西園寺実兼(曙)の女子が伏見天皇の女御として入内したときに二条はその女房として宮中に上がることになる。が、これはどうもあまりうまくいかなかったようだ。とはずがたりにはこの件については何の記述もないが、後に二条が後深草院が亡くなりそうだということで院に会いたいあまりに西園寺実兼を頼っていったときに、はじめは彼は歳のせいか忘れたと言って会わなかった。でも、後には二条に会って昔のことなどを親しく話している。微妙な揺れだ。
二条は御所追放があまりにもくやしかったため、この宴のときは周囲の優しさも何もかも信じられなかったのかもしれない。







